第2話 深夜の再会はお静かに
ガッシャァァン!!
凄まじい破砕音とともに、シャルクスの身体が爆風に弾き飛ばされた。
「ぐっ……!」
受け身を取る暇すらない。
一直線に吹き飛ばされた身体は、商館の前庭へと放り出され――そのまま、庭の片隅にそびえる大木へ突っ込んだ。
バキバキバキッ!
枝が何本も折れ、葉が舞い散る。
だが、その枝が衝撃を殺してくれたおかげで、地面に叩きつけられることだけは避けられた。
シャルクスは木の枝に引っかかったまま、
ぶらーん。
情けない格好で、夜風に揺れていた。
シャルクス:「……助かったぁ……」
思わず、安堵の息が漏れる。
――が。
ミシ……。
ミシミシミシ……。
シャルクス:「……あれ?」
嫌な音がした。
次の瞬間――
バキンッ!
シャルクス:「うわわわわわっ!!」
支えていた枝が折れた。
そのまま身体は木の中を滑り落ち、枝という枝に引っかかりながら、ずるずると下へ落ちていく。
ズサササササッ!!
葉と小枝をまき散らしながら、最後は――
ドスン!!
見事に尻もちをついた。
シャルクス:「いったたた……」
顔をしかめながら腰をさする。
なんとか立ち上がろうとした、そのときだった。
こちらへ駆けてくる足音が聞こえた。
シャルクス:(……まさか)
ゆっくりと視線を上げる。
闇の中から駆け寄ってきた人影。
その姿を見た瞬間、シャルクスの瞳が大きく見開かれた。
シャルクス:「……カミーア」
駆け寄ってきた少女もまた、驚いたように足を止める。
カミーア:「シャル……」
シャルクス:「……」
言葉が出なかった。
久しぶりの再会だった。
けれど、あまりにも突然すぎて、何を言えばいいのか分からない。
問いかけたいことはある。
伝えたいことも、きっとある。
それでも、喉の奥で言葉は詰まったままだった。
シャルクスは何かを言いかけ――
その瞬間、背筋に鋭いものが走った。
シャルクス:(……ここじゃまずい)
壊れた二階の窓。
その向こうから、こちらを見下ろす気配がある。
先ほど自分を吹き飛ばした魔法使いだ。
まだ、見られている。
シャルクスは一瞬で判断した。
シャルクス:「……悪い」
小さくつぶやき、即座に踵を返す。
カミーア:「シャル――!」
呼び止める声が背中に刺さった。
だが、シャルクスは振り返らない。
そのまま夜の闇へと駆け出した。
カミーア:「……」
カミーアは、走り去っていくその背中を黙って見つめていた。
やがて――
ジャン:「姉さん。今の奴……」
遅れて駆け寄ってきたジャンが、息を整えながら問いかける。
カミーアは静かに頷いた。
カミーア:「シャルだよ」
ジャン:「やっぱりか……。でも、こんなところで何してたんだ? シャルクスさん」
カミーア:「さあね」
短く答える。
けれど、その視線はまだ、シャルクスが消えた闇の先を追っていた。
そこへ、最後に大柄な男が歩いてくる。
ブルトスは腕を組み、面倒そうに肩をすくめた。
ブルトス:「まさか、あいつとこんな場所で出くわすとはな」
そう言って、シャルクスが逃げた方向を見る。
ブルトス:「で? どうするんだ」
カミーアは一瞬だけ空を見上げた。
夜空には、薄い雲が流れている。
迷ったのは、ほんのわずかだった。
すぐに視線を戻す。
カミーア:「追うよ」
ブルトス:「へい」
ジャン:「了解」
三人は同時に地を蹴った。
夜の闇の中へ。
逃げたシャルクスの背中を追って――。
壊れた窓枠に、片足をかける。
夜風が吹き込み、クリストファーの長い髪をさらりと揺らした。
彼の視線の先には、闇の中へと消えていく一つの影。
シャルクス。
そして、その後を追う三つの影。
カミーア、ジャン、ブルトスだ。
クリストファー:「さてさて……」
唇の端が、ゆっくりと吊り上がる。
逃げる獲物を見つけた狩人のように。
いや――それ以上に、これから始まる遊びを楽しむ子供のように。
クリストファー:「この俺から、逃げきれるかな?」
低く、楽しげにつぶやく。
その瞳には、先ほどまでの余裕がそのまま宿っていた。
――が。
エリーゼ:「そんなことよりも」
背後から、氷よりも冷たい声が飛んできた。
クリストファー:「……ん?」
振り返った瞬間、そこには弓を背負った女性――エリーゼが立っていた。
腕を組み、眉間に深いしわを刻んでいる。
見た目だけで分かる。
かなり、機嫌が悪い。
エリーゼ:「ここの修理代」
短く告げると、エリーゼは壊れた窓枠、床に散らばった破片、荒れ放題になった保管室を順番に見渡した。
そして、何の感情も込めずに言い放つ。
エリーゼ:「あなたの今月のお小遣いから差し引いておきますからね。よろしく」
クリストファー:「なにぃーっ!?」
先ほどまでの余裕は、どこへやら。
クリストファーは目を剥き、両手を大げさに広げた。
クリストファー:「そりゃねぇぜ、エリーゼ! ただでさえ少ねぇってのによぉ! これ以上減らされたら、俺は何を楽しみに生きればいいんだよ!」
全力の抗議。
だが、エリーゼの表情は一ミリも動かない。
エリーゼ:「まだ終わってないわよ」
クリストファー:「……はい」
その一言で、完全に封殺された。
エリーゼはくるりと踵を返し、さっさと部屋を出ていく。
クリストファー:「ちぇ……わかりましたよ……」
しょんぼりと肩を落としながら、クリストファーも後に続く。
その途中で、彼は一度だけ荒れ果てた保管室を振り返った。
割れた窓。
散らばる破片。
吹き込む夜風。
そして、確実に消えていく今月のお小遣い。
クリストファー:「……あいつ、絶対捕まえてやる」
ぼそりと恨みがましくつぶやくと、深いため息をひとつ。
それから彼は、エリーゼの後を追って部屋を後にした。




