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食えない奴らの黄金争奪戦 〜アーポット亭の黄金〜凄腕の冒険者たちが営む宿屋に眠る伝説の黄金  作者: 春夏かなた
第5章 人生は楽しんだ者の勝ち

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第8話 カミーアのために

月明かりが、白く滲んでいた。


森を縫う林道を、幌馬車が駆けていく。


馬蹄の音は夜気に吸われ、車輪の軋みだけが、やけに近くで鳴っていた。


揺れる御者台の上。


手綱を握るシャルクスは、隣に腰掛けた男へ、何度目かの視線を投げた。


ちらり。


また、ちらり。


ワッツ:「……なんだよ」


とうとう耐えかねたように、ワッツが口を曲げた。


月光を浴びた横顔は、妙に落ち着いている。


いつものように荒く笑うでもなく、怒鳴るでもない。


それが、なおさら癪に障った。


シャルクス:「……まさか、お前がガスパーの犬だったとはな」


鼻で笑い、わざとらしく言い捨てる。


だが、ワッツは眉ひとつ動かさなかった。


ワッツ:「逆だ」


低い声だった。


ワッツ:「ガスパーが“俺の犬”なんだよ」


言って、口の端だけを吊り上げる。


シャルクス:「そうかよ」


シャルクスは舌打ちした。


手綱を引きかけ、馬が小さく嘶く。


揺れるランタンの灯りが、二人の影を幌の内側に歪ませた。


ワッツ:「俺はな――バルデンの孫だ」


ぽつり、と。


ワッツが前を向いたまま言った。


ワッツ:「直系の、な」


シャルクス:「……なんだと」


手綱を握る指に、力が入る。


ワッツ:「ま、生まれてこの方、一度も顔を合わせたことはねぇがな」


自嘲するように鼻を鳴らす。


吐いた息が、夜の冷気に白く溶けた。


シャルクス:「じゃあ、お前は……バルデンの一族なのか」


前を向いたまま、横目で様子をうかがう。


月明かりの下、ワッツの顔に濃い影が差していた。


ワッツ:「勘違いすんじゃねぇぞ」


声が低くなる。


ワッツはゆっくりと夜空を見上げた。


枝の隙間から覗く星々が、幌馬車の揺れに合わせて流れていく。


ワッツ:「オメェらのためなんかじゃねぇ」


一拍。


ワッツ:「俺のためだ」


握った拳を、もう片方の手のひらへ打ちつける。


パシン、と乾いた音が鳴った。


ワッツ:「ぶっ潰してぇんだよ。あの、くそったれの因縁をな」


シャルクスは、しばらく黙っていた。


馬車は走り続ける。


月光が枝葉に遮られ、二人の顔を明滅させていく。


やがて、シャルクスは口を開いた。


シャルクス:「……お前、カミーアのことをどう思ってるんだ」


ワッツ:「……」


不意を突かれたのか、ワッツは答えなかった。


月明かりの下、わずかに目を細める。


沈黙が、車輪の音に紛れて流れていく。


ワッツ:「カミーア、か」


噛みしめるような声だった。


ワッツ:「分かってんだろ。俺はあいつの仇敵でしかねぇよ」


突き放すように言う。


シャルクスは小さく首を振った。


シャルクス:「それなら――ロッドさんはどうなる」


ワッツの眉が、ぴくりと動く。


シャルクス:「ロッドさんは、お前の仇敵じゃなかったのか」


ワッツ:「……けっ。知ってやがったか」


舌打ち混じりの声。


けれど、それも一瞬だけだった。


シャルクス:「ああ。ロッドさんから聞いた」


シャルクスは前を向いたまま、静かに続けた。


シャルクス:「ロッドさんが――お前の親父を殺したってな」


その瞬間。


幌馬車の軋みだけが、やけに大きく響いた。


二人はゆっくりと顔を向け合う。


視線がぶつかった。


シャルクス:「ロッドさんは、最後まで不思議がってたよ」


ワッツ:「……ああ? 何をだ」


低く唸る声。


次の瞬間、ワッツがぐっと顔を寄せてきた。


獣の威嚇のような眼光だった。


シャルクス:「なんでお前が仇討ちに来ねぇのか、ってな」


シャルクスも引かなかった。


手綱を片手で握ったまま、真正面から睨み返す。


シャルクス:「寝首をかこうと思えば、いつでもできる場所にいたってのによ」


二人の間で、見えない火花が散った。


ワッツ:「……俺の親父は“負け犬”だった」


吐き捨てるような声だった。


ワッツ:「負け犬の仇なんざ、討ちたくもねぇんだよ」


さらに顔が近づく。


額が触れそうな距離。


シャルクス:「違ぇな」


静かな声だった。


だが、そこには揺るがないものがあった。


シャルクス:「憎みきれなかったんだよ。ロッドさんを」


ワッツの瞳が、わずかに揺れた。


シャルクス:「お前、ロッドさんのことが好きだったんだろ」


一拍。


シャルクス:「親父よりも、よ」


ワッツ:「……んなわけ――」


否定しかけた言葉が、途中で止まる。


夜風が、御者台の隙間を吹き抜けた。


シャルクス:「カミーアも、同じじゃねぇのか」


ワッツは黙った。


握りしめた拳が、膝の上で震える。


やがて、ほんの少しだけ身を引いた。


月明かりが、二人の間に細い線を落とす。


シャルクス:「似てるんだよ。お前とカミーアは」


そう言うと、今度はシャルクスの方が視線を外した。


シャルクス:「……だから、俺はお前らの間には入っていけなかった」


ワッツは答えない。


ただ、夜空を仰いだ。


しばらくして、低い声が落ちる。


ワッツ:「俺は、逃げてただけだ」


シャルクスは手綱を操りながら、耳だけを傾ける。


ワッツ:「黄金にかけられた因縁からな」


馬車の車輪が、小石を弾いた。


ワッツ:「俺の親父は、カミーアの親父を殺った。だからロッドにやられた」


淡々とした声だった。


ワッツ:「因果応報ってやつだ。黄金の因縁が連れてきた結末さ」


シャルクス:「……」


何も言わない。


今は、それでよかった。


ワッツ:「どこまで逃げてもな――追ってくるぞ。この因縁は」


ワッツは視線を合わせない。


言葉だけが、夜の林道に落ちていく。


ワッツ:「俺たちか、テメェらか」


一拍。


ワッツ:「どっちかが消えねぇ限り、終わらねぇんだよ」


言い切ると、ワッツはそっぽを向いた。


シャルクス:「……そうか」


短く返し、シャルクスは前を見る。


しばらく、二人は何も言わなかった。


馬蹄の音。


車輪の軋み。


森の奥で鳴く夜鳥の声。


それだけが、幌馬車の周りを満たしていた。


やがて。


シャルクス:「残念だな」


ぽつり、と言った。


ワッツ:「あ?」


シャルクス:「またお前と一緒に戦いたかった」


声は静かだった。


飾りも、皮肉もない。


だからこそ、夜気の中にまっすぐ落ちた。


ワッツは一瞬だけ横目でシャルクスを見る。


それから、ふん、と鼻を鳴らした。


ワッツ:「甘ぇんだよ、オメェは」


不貞腐れたような声だった。


シャルクスは何も返さなかった。


ただ、手綱を握り直す。


幌馬車は軋みを響かせながら、月明かりの林道をさらに奥へと進んでいった。


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