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食えない奴らの黄金争奪戦 〜アーポット亭の黄金〜凄腕の冒険者たちが営む宿屋に眠る伝説の黄金  作者: 春夏かなた
第5章 人生は楽しんだ者の勝ち

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第7話 人生は楽しんだ者の勝ち

その日の深夜――。


宿の喧騒は、とうに消えていた。


廊下を軋ませていた足音も、酒場から漏れていた笑い声も、今はもうない。


すべてが、夜の底へ沈んでいる。


淡い月明かりが差し込む馬小屋の中で、ひとつだけ影が動いていた。


シャルクスだ。


藁の匂いが立ちこめる狭い通路を、彼は足音を殺して進む。


柱の陰。


窓の外。


扉の隙間。


視線を巡らせ、誰もいないことを何度も確かめる。


やがて、彼は一頭の馬の前で足を止めた。


幌馬車を引いてきた馬だ。


シャルクス:「……疲れているだろうが、また頼むぞ」


荒れた掌で首筋を撫でる。


馬は小さく鼻を鳴らし、わずかに頭を寄せてきた。


シャルクスは手綱を取り、蹄の音が響かないよう、ゆっくりと馬を歩かせる。


馬小屋の脇に停めてある幌馬車まで来ると、手早く、しかし確実に馬具を繋いでいった。


革紐を締める。


金具を留める。


最後に、車輪の脇へ目を走らせる。


問題はない。


これで行ける。


シャルクスは深く息を吸い込み――


御者台へ飛び乗った。


その瞬間。


カミーア:「シャル」


シャルクス:「っ……!?」


背中が強張った。


握りかけた手綱が、指の間でぎしりと鳴る。


柱の影。


そこに、カミーアが立っていた。


腕を組み、じっとこちらを見ている。


月明かりを受けた瞳は、まっすぐだった。


カミーア:「あたいも行くって言ったじゃないか」


一歩。


また一歩。


迷いのない足取りで、御者台へ近づいてくる。


シャルクス:「ダメだ」


シャルクスは御者台の上で立ち上がり、彼女の前に立ちはだかった。


カミーア:「……やっぱり、あたいを置いていくつもりなんだな」


そこで、一度だけ声が沈む。


カミーア:「親父みたいに」


その言葉が、馬小屋の冷えた空気を切った。


シャルクス:「違う」


すぐに首を振る。


シャルクス:「これは俺の因縁だ。君を巻き込みたくない」


静まり返った馬小屋に、張り詰めた沈黙が落ちた。


カミーアは一歩も引かない。


シャルクスも退かない。


二人の視線が、月明かりの中でぶつかる。


そのときだった。


ワッツ:「抜け駆けは、こいつの得意技だったろうがよぉ。カミーア」


場違いなほど気の抜けた声が、荷台の奥から響いた。


ガタン、と幌が揺れる。


次の瞬間、ひらりと荷台から飛び降りた影が、月光の下に姿を現した。


シャルクス:「ワッツ……」


ワッツはにやりと口の端を吊り上げる。


そして、背負っていた剣闘士の剣(グラディウス)をすらりと抜き放った。


冷たい刃が、シャルクスの喉元へ突きつけられる。


ワッツ:「一人で格好つけるのは感心しねぇな。シャルクス」


馬小屋の空気が、一瞬で凍りついた。


カミーア:「ワッツ……!」


名を呼ぶと同時に、カミーアは腰の剣を抜いた。


銀の刃が月光を弾く。


そのまま御者台へ跳び乗ろうと、足を掛けた――


ワッツ:「おりゃあ!」


風を裂く一閃。


剣闘士の剣が横薙ぎに振るわれ、カミーアの身体を弾き飛ばした。


カミーア:「ぐっ……!」


藁の上に叩きつけられ、息が詰まる。


それでも、彼女はすぐに地面へ手をつき、跳ね起きた。


剣を構え直し、鋭い眼差しでワッツを睨み据える。


ワッツ:「悪ぃな、カミーア」


軽く肩をすくめる。


けれど、その剣先は少しも揺れない。


ワッツ:「ご招待できるのはこいつだけだ。お前は後から来な」


シャルクス:「ご招待……?」


シャルクスの眉が寄る。


ワッツ:「ガスパーに会わせてやるって言ってんだよ」


舌打ち混じりに、ワッツは剣をさらに近づけた。


刃の冷たさが、喉元に触れる。


シャルクス:「なぜ、お前が……」


ワッツ:「ガタガタうるせぇな」


にやりと笑う。


ワッツ:「その方が面白ぇからだ。四の五の言ってねぇで、さっさと手綱を握れ」


シャルクスは奥歯を噛み締めた。


逆らえば、首が飛ぶ。


それくらいは、分かる。


ゆっくりと御者台へ座り直し、手綱に指をかけた。


そのとき。


レックス:「どういうつもりだ、ワッツ」


低く、よく通る声が、闇を切り裂いた。


物陰から現れたのは、レックスだった。


彼は幌馬車の前へ歩み出ると、進路を塞ぐように立ちはだかる。


その目は、ワッツから一瞬たりとも逸れない。


ワッツ:「人生なんてもんはな、楽しんだもん勝ちなんだよ。アーポット」


わざとらしく肩をすくめ、ワッツは笑った。


レックス:「……あくまでも、勝つことにこだわるってわけか」


レックスの口元が、わずかに動く。


ワッツ:「そうだよ」


即答だった。


言い終えるや否や、ワッツは剣闘士の剣をぐいっと押しつける。


ワッツ:「行け」


シャルクス:「しかし……」


ワッツ:「首を失いたくなけりゃ、行け」


刃が、薄く皮膚を噛んだ。


――くそっ。


シャルクスは歯を食いしばり、手綱を強く引いた。


ヒヒンッ!


馬が嘶く。


次の瞬間、幌馬車は勢いよく走り出した。


カミーア:「レックスさん!」


叫びが夜を裂く。


だが、レックスは動かない。


迫る馬車を、ぎりぎりまで引きつける。


そして――


ひらり、と横へ跳んだ。


疾走する幌馬車が、風を巻き起こしながら脇をすり抜ける。


車輪が石畳を蹴る。


土煙が舞い上がる。


街道へ出た幌馬車は、そのまま闇の向こう――街の出口へと消えていった。


あとに残ったのは、揺れる藁と、遠ざかる車輪の音だけだった。


カミーア:「……」


カミーアは唇を噛みしめる。


握った剣の柄が、小さく軋んだ。


その背後から、足音が近づいてくる。


振り返れば、クリス、リーア、セドウィックがいた。


三人は物陰から現れ、黙ってカミーアのそばへ歩み寄る。


カミーア:「……シャル」


遠ざかっていく馬車の影を、カミーアは見つめ続けた。


レックス:「大丈夫だよ」


土埃を払いながら、レックスが静かに近づいてくる。


レックス:「あの様子なら、ワッツはすぐにシャル君を殺したりはしない」


淡々とした声だった。


けれど、その視線は幌馬車が消えた街道の闇へ向けられたままだ。


カミーア:「……だといいけど」


剣の切っ先が、わずかに下がる。


それでも、カミーアの目は街道から離れなかった。


レックス:「君たちに掛けられた因縁は――俺たちが横から断ち切ってやれるものじゃない」


静かな声が、夜に落ちる。


レックス:「自分たちでケリをつけるしかない」


一拍。


レックス:「あの二人は、そのつもりで動いている」


カミーア:「……」


返事はない。


ただ、握られた拳だけが強くなっていく。


レックスは、ゆっくりと彼女へ振り返った。


レックス:「君もそうだろ」


その一言に、カミーアの顔が上がる。


夜風が、乱れた髪を揺らした。


カミーア:「……とっくにできているさ」


強い声だった。


レックスの口元が、かすかに上がる。


レックス:「ならば――これを君に預けよう」


レックスは腰に差していた魔剣を、鞘に収めたまま抜き放った。


重厚な意匠が施された一振り。


月光を受けた鞘が、鈍く光る。


それを、カミーアへ差し出した。


カミーア:「これは……魔剣」


両手で受け取り、まじまじと見つめる。


柄から、微かな鼓動のような震えが伝わってきた。


レックス:「“レディの剣”だ」


レックスは、まっすぐに言い切った。


レックス:「これで君は負けん」


しん……。


なんとも言えない沈黙が流れた。


クリスが微妙な顔をする。


リーアが、そっと視線を逸らす。


セドウィックが、気まずそうに咳払いをした。


レックス:「……き、君に力を貸してくれるはずだ」


レックスはわずかに顔を引きつらせながら、取り繕うように続ける。


レックス:「そうだろ、トレント」


すると――


トレント:「おうよ」


カミーア:「うわっ!? なんだ!?」


手にした“レディの剣”が、ぶるりと震えた。


声は、耳元ではない。


頭の奥へ、直接響いてきた。


カミーア:(剣が……喋ったのか!?)


目を見開く。


だが、それも一瞬だった。


カミーアはすぐに表情を引き締め、剣を握り直す。


レックス:「これから、すべてのケリをつけに行く」


レックスの声が、馬小屋の闇を払うように響いた。


レックス:「行くぞ、みんな」


カミーア・クリス・リーア・セドウィック:「おー!」


次の瞬間、五つの影が一斉に馬小屋へ飛び込んだ。


それぞれが馬に跨り、手綱を握る。


蹄が地面を蹴った。


土煙が舞い、夜の空気が裂ける。


彼らは馬車の消えた街道へ向かい、闇に沈む街の出口へと駆け出していった。


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