第6話 因縁に縛られしものたちの反逆
森を抜けた一行は、街道沿いにぽつんと佇む小さな街へ辿り着いた。
石造りの宿屋に部屋を取り、それぞれが静かな夜の中へ散っていく。
そして――。
カミーアの部屋。
扉が閉まった途端、部屋の中は妙に静かになった。
窓から差し込む月明かりが、床に淡い光を落としている。
その光の中に、二人分の影が並んでいた。
シャルクスは落ち着かない様子で視線をさまよわせている。
壁。
机。
ベッド。
そして、また壁。
どう見ても挙動が怪しかった。
そんな彼を見て、カミーアは小さく笑う。
カミーア:「無事でよかったよ、シャル」
柔らかい声だった。
責めるでもなく、問い詰めるでもなく。
ただ、そう思ったから口にしたような声。
シャルクス:「……あ、ああ」
シャルクスの肩がびくりと揺れた。
ぎこちなく頷くその姿に、いつもの余裕はない。
軽口の一つでも返してきそうな男が、今はすっかり調子を崩している。
しばらく、沈黙が落ちた。
やがてシャルクスは、何かを振り払うように口を開く。
シャルクス:「……なぜ、俺がファーミストに来ると分かった?」
声は硬い。
けれど、そこに責める響きはなかった。
あるのはただ、戸惑いだけだ。
カミーアは一瞬だけ目を伏せた。
それから、照れ隠しのように頬をかく。
カミーア:「あたいも、ファーミストに向かってたんだよ」
一拍置いて。
カミーア:「あんたのことを……もっと知るために」
その言葉に、シャルクスの息が止まった。
胸の奥で、鼓動がひどくうるさい。
カミーアは続ける。
カミーア:「途中でレックスさんたちと会ってね。バルデンの黄金のことを聞いたんだ。あれは、あたいのために残されたものだって」
部屋の空気が、わずかに変わった。
シャルクスの表情が曇る。
それを見て、カミーアは一歩だけ距離を詰めた。
カミーア:「あんた、あたいのために黄金を探してくれてたんだろ」
真っ直ぐな瞳が、シャルクスを捉える。
シャルクスは天井を仰ぎ、深く息を吐いた。
シャルクス:「……それじゃあ、ロッドさんのことも聞いたんだな」
どこか気まずそうな声だった。
だが、カミーアはふっと笑う。
カミーア:「たとえ血が繋がってなくても、あたいの親父はロッド・プラントだよ」
迷いのない言葉だった。
シャルクス:「……そうだな」
その強さに、シャルクスもようやく小さく笑った。
だが、その笑みは長く続かなかった。
シャルクスは、少し遠くを見るように目を細める。
そして、静かに口を開いた。
シャルクス:「……ロッドさんとその話ができたのは、俺が破門された時だ」
空気が、また変わる。
カミーア:「あの時か」
カミーアの目が細くなった。
忘れたことなど、一度もない。
カミーア:「何があったんだよ。なんでシャルは破門になったんだ」
思わず身を乗り出す。
胸の奥でくすぶっていたものが、今もまだ消えていない。
あの時の悔しさは、はっきりと残っていた。
けれどシャルクスは、慌てることもなく軽く手を振った。
シャルクス:「ロッドさんが俺を破門したのは、黄金探しに出すためだよ」
穏やかな声だった。
カミーア:「……黄金探しに?」
シャルクス:「ああ」
そこで一度、言葉が切れる。
シャルクス:「ロッドさんは……何かに焦っているようだった」
視線が床へ落ちた。
カミーア:「焦っていた? 何を焦っていたんだ。親父は」
カミーアは眉を寄せる。
シャルクスは短く息を吸った。
シャルクス:「……ワッツだよ」
カミーア:「えっ?」
あまりにも唐突な名前だった。
カミーアは思わず目を見開く。
シャルクスは、ゆっくりと言葉を続けた。
シャルクス:「ロッドさんは、ワッツと黄金の因縁に気づいていたんだ。だから黄金を俺に探させて、自分は奴の一騎打ちを受けた」
握った拳が、わずかに震える。
シャルクス:「君を、その因縁から遠ざけるために」
静まり返った部屋に、その言葉だけが落ちた。
カミーア:「……それじゃあ、親父も……」
声がうまく出なかった。
胸の奥に、冷たいものが沈んでいく。
脳裏に浮かぶのは、ワッツの顔だった。
会えばケンカばかりしていた。
それでも、何度も助けられた。
背中を預けて戦ったこともある。
一緒に笑ったことだってあった。
その男が――。
因縁の相手。
カミーアは唇を噛んだ。
シャルクス:「……ショックかい」
遠慮がちな声だった。
カミーア:「……そりゃあね」
それ以上の言葉は出なかった。
怒りなのか。
悲しみなのか。
裏切られた気がしているのか。
どれも違うようで、どれも少しずつ混じっている。
シャルクス:「……」
シャルクスは何も言わなかった。
ただ、じっとカミーアを見ている。
その視線に気づき、カミーアはむっとして顔を上げた。
カミーア:「……なんだよ」
わざと強がるように、口を尖らせる。
するとシャルクスは、はっとしたように視線を逸らした。
シャルクス:「……なんでもねぇよ」
明らかに動揺していた。
その様子が、少しだけ可笑しかった。
カミーア:「まさか――妬いてるの?」
くすり、と悪戯っぽく笑う。
カミーアは一歩踏み込み、シャルクスの顔を下から覗き込んだ。
シャルクス:「い、いや……そういうわけじゃないが……」
声が裏返った。
視線は相変わらず泳いでいる。
あまりにも分かりやすい反応に、カミーアは吹き出しそうになった。
カミーア:「ワッツにはさ、尊敬とか憧れはあったよ。でも――」
ふっと、表情を和らげる。
カミーア:「愛情とは違うよ」
そう言って、カミーアはそっと両腕を伸ばした。
シャルクスの首に、ゆっくりと回す。
シャルクス:「っ!?」
一瞬で、彼の体が固まった。
カミーア:「一緒に挑んでくれるんだろ?」
至近距離。
悪戯っぽい瞳が、まっすぐシャルクスを射抜く。
カミーア:「あたいの因縁に」
シャルクス:「あ、ああ」
シャルクスは視線を逸らし、ばつが悪そうに頬をかいた。
その反応を見て、カミーアはくすっと笑う。
そして、ゆっくりと腕をほどいた。
ほんの少しだけ――名残を残すように。
カミーア:「因縁を断つために、ファーミストに来たんでしょ。どうするつもりなの?」
その問いが落ちた瞬間。
シャルクスの空気が変わった。
さっきまでのぎこちなさが、すっと消える。
瞳の奥に、鋭い光が宿った。
シャルクス:「ああ。黄金にかけられた因縁は――呪いなんかじゃない」
静かな声だった。
けれど、その奥に抑えきれない怒りがある。
シャルクス:「災いを起こしているのは、バルデンの一族の仕業だ」
窓から差し込む月明かりが、シャルクスの横顔を淡く照らす。
シャルクス:「ガスパーは、おそらくバルデンの一族だ。奴を炙り出して――」
一瞬、間が空いた。
シャルクス:「ケリをつける」
その眼差しは、真剣だった。
カミーアはその決意を、まっすぐ受け止める。
そして、強く頷いた。
カミーア:「今度は、あたいも行くよ」
迷いのない宣言だった。
その瞬間。
シャルクスの眉が、ほんのわずかに動いた。
けれど、カミーアは気づかない。
シャルクス:「ま、具体的なことはクリスたちと相談しとくよ」
シャルクスは少しだけ肩の力を抜き、いつもの調子に戻した。
シャルクス:「また明日」
カミーア:「うん、分かった」
シャルクスは扉へ歩み寄る。
取っ手に手をかけて、一度だけ振り返った。
何かを言いかける。
けれど――。
結局、何も言わなかった。
シャルクスは静かに扉を開け、部屋を出ていく。
ぱたり、と扉が閉まった。
残されたのは、静かな部屋。
そして、窓辺から差し込む月明かりだけ。
カミーアは、そっと胸に手を当てた。




