第5話 再会は運命に導かれて
グシャアッ――!
鈍く湿った破砕音が、荷台の中に響き渡った。
ワッツは無言のまま、剣闘士の剣を振り下ろす。
刃は荷台の床板をぶち抜き、そのまま林道の土へ突き立った。
土を抉る反動。
それを力ずくで利用し、身体に絡みついていた影の手を一気に引き剥がす。
黒い腕は、霧のようにほどけた。
散り散りになり――消える。
拘束が解けた。
ワッツ:「……ふん」
鼻で笑う。
その時だった。
視界の端。
破れた幌の向こうで、何かが揺れた。
パッカカ、パッカカ、パッカカ――。
林道を駆ける蹄の音。
ワッツはゆっくりと歩み寄り、目を細める。
一頭の馬。
その背に跨る男の姿を捉えた瞬間――ワッツの目が、見開かれた。
ワッツ:「アーポット……!」
忘れるはずがない。
つい先日、自分に屈辱を刻みつけた男。
その男が、まっすぐこちらへ迫ってくる。
ワッツの口元が、ゆらりと吊り上がった。
――面白ぇ。
レックス:「とうっ!」
十分に距離を詰めた瞬間、レックスは馬上で立ち上がった。
そして、迷いなく跳ぶ。
風を裂き、幌馬車の天幕へと舞い降りた。
ドンッ――!
着地の衝撃が、車体に走る。
だがレックスは膝を柔らかく使い、その衝撃を殺した。
次の瞬間には、ワッツが破った幌へ向かって一直線。
迷いのない踏み込み。
そのまま荷台の中へ飛び込む。
――ガシャンッ!!
ほぼ同時だった。
駆け寄ったワッツの剣と、レックスの刃が真正面からぶつかり合う。
火花が散った。
鋼が軋む。
至近距離。
互いの吐息すら届きそうな間合いで、二人の視線がぶつかった。
ワッツ:「また会ったな、アーポット。今度はサシでやれるじゃねぇか」
狭い荷台。
揺れる床板。
逃げ場など、どこにもない。
――にもかかわらず。
ワッツは巨大な剣闘士の剣を、まるで闘技場のど真ん中にでもいるかのように振り回した。
唸りを上げる鉄塊が、空気ごとレックスを叩き潰そうと迫る。
レックス:「……相変わらず無茶苦茶な奴だな」
だが、レックスは眉ひとつ動かさない。
荒れ狂う刃の軌道を見切り、最小限の動きで受け流す。
キィンッ!
ガギィンッ!
刃と刃がぶつかるたび、火花が弾けた。
天幕の内側が、一瞬だけ白く照らされる。
ワッツ:「んなろう……!」
苛立ちが、ワッツの顔に浮かぶ。
大きく踏み込み、剣を頭上へ振りかぶった。
そして――
グシャンッ!!
力任せの一撃が、叩き落とされる。
だが。
レックスは紙一重で身を捻り、その軌道から外れていた。
標的を失った剣は、荷台の奥へ。
積まれていた木箱を、容赦なく粉砕した。
バキンッ!
木片が四方へ弾け飛ぶ。
割れた箱の隙間から、中身がごろりと転がり出た。
その瞬間。
ワッツの表情が、凍りついた。
ワッツ:「なんだ……これは」
喉の奥で、声がひっかかる。
ワッツ:「黄金を運んでたんじゃねぇのか」
転がり出たものは、まばゆい金塊などではなかった。
鈍くくすんだ、灰色の塊。
ワッツの知る“黄金”とは、まるで違う。
その反応を見たレックスは、戦いの鋭さをほんの少しだけ引っ込めた。
レックス:「あちゃあ……見られちゃったか」
苦虫を噛み潰したように眉を寄せる。
次の瞬間。
レックスの剣が閃いた。
ギィンッ!
呆然と立ち尽くすワッツへ、容赦なく斬り込む。
一歩。
また一歩。
乗降口へと追い詰めていく。
レックス:「ガスパーには言わないでね。驚かせたいからさ」
ワッツ:「なっ、ぐわっ――!」
言葉は、最後まで続かなかった。
レックスが一気に間合いを詰め、そのまま体ごとぶつかる。
ドンッ!!
タックルの衝撃。
ワッツの身体が大きく揺れた。
そして次の瞬間――荷台の外へ弾き飛ばされる。
林道へ転がり落ちていくワッツを一瞥すると、レックスはくるりと踵を返した。
迷いなく、御者台へ向かう。
その直後。
シャルクス:「お、お前は……アーポット!」
荷台からぬっと姿を現したレックスを見て、シャルクスは目を見開いた。
シャルクス:「来てくれたのか……?」
その声には、はっきりと安堵が滲んでいた。
だが。
レックスは少しだけ眉を寄せ、頬をかく。
レックス:「あー……君が会ったのは兄さんのほう。俺は弟のレックスだよ」
シャルクス:「そ、そうなのか……」
期待が、ふっと空振りする。
御者台の上に、妙な沈黙が落ちた。
レックスは軽く咳払いする。
レックス:「シャル君だね。もうちょっと先まで行ってくれ。会わせたい人がいるんだ」
シャルクス:「会わせたい……人?」
レックスの笑顔を見て、シャルクスの眉がわずかに寄る。
シャルクス:(誰だ……? まさか……)
胸の奥にざわめくものを抱えたまま、シャルクスは手綱を引いた。
馬が再び、林道を駆け出す。
遠ざかっていく幌馬車。
その後ろ姿を見ながら、ワッツはよろよろと立ち上がった。
率いていた傭兵たちの気配は、もう近くにない。
林道に残されたのは、自分一人。
ワッツ:(アーポットにやられたか)
だが――。
ワッツの口元が、ゆっくりと吊り上がった。
ワッツ:「やってくれたな、アーポット」
誰もいない林道に、低い笑い声が漏れる。
ワッツ:「おもしれぇじゃねぇか」
すでに見えなくなった幌馬車へ向かって、ワッツは吠えるように笑った。
レックス:「あそこに入ってくれ」
レックスが指差したのは、林道を外れた先にある静かな川辺だった。
促されるまま、シャルクスは手綱を引く。
幌馬車はゆっくりと道を外れ、砂利を踏みしめながら川辺へ入っていった。
やがて、車輪が止まる。
シャルクス:「……誰もいないじゃないか」
周囲を見渡し、訝しげに眉をひそめる。
聞こえるのは、さらさらと流れる水音だけだった。
レックス:「もうすぐ来るよ」
余裕の笑み。
不満げに口を尖らせるシャルクスを、軽く宥めるような声音だった。
――その時。
カミーア:「シャル」
背後。
死角になっていた木立の陰から、一頭の馬がすっと姿を現した。
その背に跨っていたのは、カミーアだった。
続いて、セドウィックとリーアを乗せた馬。
さらに、レックスが乗ってきた馬には、クリスがしがみつくように跨っている。
シャルクス:「カミーア……なぜここに……」
シャルクスは目を丸くした。
カミーアは、まっすぐ彼を見つめる。
カミーア:「わかっていたんだ。お前なら、ここに来るって」
迷いのない声だった。
当然のことを言うような、静かな確信。
その姿を見た瞬間、シャルクスは気づいた。
彼女の背に、弓がある。
シャルクス:「……あの時、助けてくれたのは君か」
カミーアは少しだけ視線を逸らした。
そして、小さく頷く。
レックス:「まあ、話の続きは街に着いてからにしよう。そっちのほうが、ゆっくりできる」
レックスが軽く手を叩いた。
シャルクスとカミーアは顔を見合わせ、素直に頷く。
レックス:「それにしても危なかったな。お前らがついていながらさ」
にやり、とレックスの視線がクリスたちへ向く。
クリス:「す、すみません……!」
急に矛先を向けられ、クリスはびくりと肩をすくめた。
リーア:「あんたの見せ場があったんだから、よかったじゃないか」
リーアが口を尖らせ、からかうように言う。
レックス:「お前な、そういうことじゃないだろ」
即座に返す。
リーアはくすっと笑った。
リーア:「でも、かっこよかったよ」
レックス:「そ、そうかぁ……」
途端に声が柔らかくなる。
レックスは左手でうなじをかいた。
リーア:「ほら。すぐ調子に乗る」
半眼で、ばっさり斬る。
レックス:「やかましいわ」
今度はレックスが口を尖らせる番だった。
川辺に、穏やかな笑い声が広がっていく。
緊張に張りつめていた空気が、少しずつほどけていった。




