第4話 ワッツのターン
カキン、カキン――!
鋭い金属音が、夜の林道に弾けた。
幌馬車の天幕の上。
激しく揺れる不安定な足場で、リーアと傭兵の剣が火花を散らしていた。
リーアは揺れに逆らわない。
むしろ、その揺れさえ踏み台にするように跳び、滑り、身を翻す。
まるで大地の上で舞っているかのように、軽やかに刃を交えていた。
リーア:「やるわね」
巧みに間合いを詰めてくる傭兵に、リーアは思わず笑みを浮かべた。
追い詰められているはずなのに、その顔にはどこか楽しげな色さえある。
短剣と長剣が噛み合う。
火花が散り、夜気を裂いた。
――そのとき。
ガタガタと暴れていた幌馬車の揺れが、ふっと落ち着いた。
リーア:(……シャルクスが立て直した?)
一瞬だけ、リーアの視線が揺れる。
だが、すぐに両手の短剣を逆手に構え直した。
天幕をしっかりと踏み締め、息を整える。
リーア:「――そりゃあっ!」
次の瞬間。
リーアの姿が、風になった。
正面から振り下ろされた傭兵の剣を紙一重でかわし、その懐へ滑り込む。
駆け抜けざま、閃光のように短剣が走った。
傭兵:「ぐはっ……!」
遅れて血飛沫が舞う。
傭兵は声にならない息を漏らし、その場に崩れ落ちた。
ワッツ:「ずいぶんと余裕があるじゃねぇか」
低く、含みのある声。
振り向くと、いつの間にかワッツが天幕の上に立っていた。
リーア:「手加減しないと、旦那がうるさいんだよ」
リーアは肩をすくめ、軽口で返す。
ワッツ:「そうかい。じゃあ――俺にもしてくれよ」
次の瞬間。
ワッツの剣が、唸りを上げた。
先ほどの傭兵とは、まるで次元が違う。
重く、速く、そして容赦がない。
リーア:「っ……!」
リーアはとっさに身を沈めた。
頭上すれすれを、凶暴な風圧がかすめていく。
リーア:「手加減はいらないみたいだけど」
挑発混じりに笑ってみせる。
だが、その額にはうっすらと汗がにじんでいた。
ワッツの猛攻は止まらない。
一撃。
さらに一撃。
続けざまに叩き込まれる斬撃を、リーアは柳のように身体をしならせてかわしていく。
ワッツ:「かもな。だけどよ――」
ワッツが剣闘士の剣を大きく横へ薙いだ。
リーアは反射的に身を捻り、大きく後ろへ跳ぶ。
その瞬間。
ワッツの口元が、にやりと歪んだ。
ワッツ:「油断は大敵だぜ。後ろを見な」
リーア:「えっ――」
振り返った、その刹那。
横合いの木から突き出た太い枝が、目前まで迫っていた。
リーア:「ぐっ!」
リーアは反射的に天幕へ伏せる。
頭上を、太い枝が唸りを上げて通り過ぎた。
ワッツ:「おりゃああっ!」
だが、ワッツはその枝を軽々と飛び越えていた。
起き上がろうとしたリーアの腹部へ、容赦なく蹴りが叩き込まれる。
リーア:「しまっ――!」
衝撃が身体を貫いた。
視界が反転する。
リーアの身体は宙へ放り出され――
そのまま、幌馬車の外へと落下していった。
クリス:《雷よ!》
次の瞬間。
ワッツの足元で、幌幕が内側から弾け飛んだ。
ビリィィィィッ!!
布を突き破り、青白い閃光が天へと立ち上る。
ワッツ:「危ねぇ」
落下したリーアを確認しようと縁へ向かっていたワッツは、反射的に後ろへ跳んだ。
電撃は彼の足元をかすめ、焦げた布と煙だけを残して消える。
ワッツ:「チッ……クソが」
舌打ちと同時に、ワッツは迷わず剣闘士の剣を天幕へ突き立てた。
そして、そのまま力任せに引き裂く。
ビリッ、と布が裂ける。
ワッツは開いた穴へ身を躍らせ、荷台へ飛び降りた。
ドンッ、と重い着地音が響く。
同時に、クリスが杖を振り下ろした。
クリス:「はああっ!」
ガキンッ!!
だが、その一撃はワッツの左手に握られた剣闘士の剣に、あっさりと受け止められた。
衝撃が荷台を震わせる。
ワッツ:「魔法使いにしちゃあ、やるようだがな」
余裕を含んだ声。
クリス:「なっ……!」
クリスの目が見開かれる。
次の瞬間。
ワッツの右手が無造作に伸び、杖を掴んだ。
そのまま力任せに押し込む。
クリス:「ぐっ……!」
クリスの身体が後方へ弾かれ、荷台の壁へ叩きつけられた。
圧倒的な腕力。
まるで大人が子どもを扱うような差だった。
ワッツ:「テメェじゃ俺には敵わねぇよ」
ワッツは鼻で笑うと、杖ごとクリスを軽々と持ち上げた。
クリス:「うわああああっ……!」
そのまま振り回し――荷台の乗降口へ放り投げる。
ゴンッ、と縁に身体がぶつかり、クリスは半ば外へ投げ出された。
クリス:「おっとっと……!」
必死に縁を足で挟み、そのまま踏ん張る。
下を見れば、闇に沈んだ林道がものすごい速さで流れていた。
ワッツ:「とっとと落ちろや」
ワッツが、ゆっくりと歩み寄る。
だが――
シャルクス:「――《闇の手よ。掴め!》」
御者台から、低く通る声が響いた。
シャルクスの詠唱。
ワッツの足元の影が、不自然に揺らぐ。
次の瞬間。
影の中から黒い手が伸び、ワッツの足首をがっしりと掴んだ。
ワッツ:「……シャルクス」
歩みが止まる。
ワッツは忌々しげに、その名を吐き捨てた。
御者台では、シャルクスが手綱を引いていた。
馬の速度が少しずつ落ち、幌馬車の揺れがわずかに緩んでいく。
クリス:「ダメだああっ!」
だが、踏ん張りが利かなかった。
クリスの身体は荷台から外れ、そのまま地面へと転がり落ちていく。
シャルクス:「クリス!」
シャルクスは叫ぶ。
だが御者台からでは、クリスがどうなったのか分からない。
そこへ、速度の落ちた幌馬車に追いついた傭兵が、横へ並んだ。
シャルクス:「くそっ……!」
並走する傭兵が剣を抜く。
その時だった。
シュッ。
背後から一本の矢が飛来し、傭兵の胸を貫いた。
傭兵:「ぐはっ……!」
剣を振り上げたまま、傭兵は馬上から崩れ落ちる。
シャルクス:「なんだ? 今の矢はどこから……」
思わず振り返りかける。
しかし、何が起きているのか判断している余裕はない。
それでも――幌馬車を止めるわけにはいかなかった。
シャルクスは歯を食いしばり、手綱を握り直した。
荷台から放り出されたクリスの身体は、林道へと落ちていく。
クリス:「うわああああっ――!」
地面が迫る。
だが、次の瞬間。
ドサッ――ゴロゴロッ!
クリスはとっさに身体を丸め、肩から滑るように転がった。
土煙を巻き上げながら数回転し、最後は膝をついて止まる。
クリス:「いったたた……」
顔をしかめながらも、骨は無事だった。
受け身は成功している。
ほっと息を吐いた、そのとき。
クリス:「……ん?」
耳に届いたのは、規則正しい蹄の音。
パッパカ、パッパカ、パッパカ――!
林道の奥。
一頭の馬が、一直線に駆けてくる。
月明かりを背に、その影が徐々に大きくなっていく。
そして――騎手の姿がはっきりと見えた瞬間。
クリス:「……!」
クリスの目が大きく見開かれた。
クリス:「レックスさん!」
馬上の男は、一瞬だけクリスへ視線を向けた。
その瞳は揺るがない。
状況をすべて見抜いている者の、冷静で鋭い光が宿っていた。
レックス:「――あとは任せろ」
短い言葉。
だが、そこには絶対の自信と、仲間へ向けた信頼が込められていた。
レックスはクリスの横を疾風のように駆け抜ける。
そして、闇の林道を走る幌馬車へ向かって、一直線に駆けていった。




