第3話 幌馬車上の攻防
鬱蒼と生い茂る木々が、頭上で幾重にも絡み合っていた。
昼だというのに、林道は薄暗い。
湿った土の匂いが鼻をつき、馬車の車輪がぬかるみを蹴るたびに、泥が激しく跳ね上がる。
その林道を――一台の幌馬車が、狂ったような速度で駆け抜けていた。
御者台に座るシャルクスは、手綱を握りしめたまま歯を食いしばる。
シャルクス:「くそっ……!」
車輪が軋む。
幌が揺れる。
荷台が悲鳴を上げる。
だが、速度は落とせない。
落とした瞬間、終わる。
リーア:「来るぞ。来るぞ。来るぞ」
幌の上に立つリーアが、森の奥を睨み据えたまま、低く告げた。
次の瞬間――。
脇の獣道から、土煙を巻き上げて騎影が飛び出した。
先頭を駆けるのは、ワッツ。
その後ろに続く傭兵たちが、馬蹄で林道を叩き割るような勢いで迫ってくる。
ワッツが片手を高く掲げた。
それを合図に、数名の傭兵が疾走したまま馬上で弓を引き絞る。
弦が鳴った。
矢が、一斉に放たれる。
リーア:「そりゃあっ!」
だが、リーアは伏せなかった。
揺れる幌の上で軽やかに身を翻し、迫る矢を短剣で次々と叩き落とす。
キィンッ!
甲高い金属音が弾けた。
砕けた矢が、湿った空気の中へ散っていく。
その背後。
荷台の中から、凛とした詠唱が響いた。
クリス:《雷撃よ――地を走れ》
バリバリバリバリィッ!!
青白い閃光が、地面を這った。
蛇のようにうねる電撃が林道を駆け抜け、追撃してくる傭兵たちの馬の足元へ噛みつく。
轟音。
悲鳴。
馬の嘶きが重なり、追撃の隊列が大きく乱れた。
クリス:「シャルクス! 速度そのまま! 抜けるまで持たせるよ!」
鋭い指示が飛ぶ。
シャルクス:「言われなくても……!」
シャルクスは奥歯を噛みしめ、手綱をさらに強く握った。
林道は、まだ終わらない。
乱れた隊列の奥。
土煙の向こうから、ワッツが再び馬を飛ばしてくる。
ワッツ:「やぁぁぁぁっ!」
崩れかけた陣形の中から、態勢を立て直した数名の傭兵がその後に続く。
その中から二騎。
馬腹を蹴り、ワッツを追い越して前へ躍り出た。
砂利が弾ける。
馬蹄が林道を叩く。
クリス:《雷よ!》
詠唱と同時に、二騎へ向けて青白い閃光が走った。
――が。
二騎は左右へ分かれた。
疾走したまま身を伏せ、雷撃の軌道を紙一重でかわす。
稲光が大地を焼き、土を爆ぜさせた。
だが、わずかに届かない。
クリス:「ちっ……!」
二騎はそのまま滑り込むように、幌馬車の両脇へ逃れた。
クリス:「そっちに行ったぞ、シャルクス!」
警告を飛ばすや否や、クリスは視界から消えた敵を追うのを切り捨てた。
代わりに、後方から迫るワッツたちへ向けて、再び魔力を練る。
クリス:《雷よ!》
バチィッ!
放たれた電撃が、一直線にワッツへ走る。
ワッツ:「喰らうかああっ!」
ワッツは馬上で剣闘士の剣を振り抜いた。
分厚い刃が雷を叩き割り、青白い火花が四方へ散る。
その後ろから、傭兵たちが弓を構えた。
狙いは、荷台のクリス。
ヒュンッ!
矢が飛ぶ。
クリス:「うわっ!」
クリスが慌てて奥へ下がった直後、足元に矢が突き刺さった。
木板が割れ、破片が跳ねる。
シャルクス:「抜かせるかよ!」
御者台で叫び、シャルクスは手綱を強く引いた。
幌馬車が大きく蛇行する。
左へ。
右へ。
巨体が林道いっぱいに揺れ、並走しようとする傭兵の進路を荒々しく塞いだ。
クリス:「うわわわっ!」
荷台の中で、クリスの身体が右へ左へ大きく振られる。
リーア:「ちょ、ちょっと……!」
幌の上でも、リーアの身体が跳ねた。
慌ててしゃがみ込み、幌布にしがみつく。
頬をふくらませて抗議するが、シャルクスの耳には届かない。
その一瞬。
ほんの瞬きほどの隙。
左側の傭兵が、馬をさらに加速させた。
強引に馬体をねじ込み、御者台の横へ躍り出る。
シャルクス:「っ……!」
傭兵は馬上で剣を抜いた。
そして次の瞬間、鞍を蹴り、御者台へ飛び移ってくる。
同時に――。
リーア:「つっ……!」
リーアの頭上で、幌布が沈んだ。
右側から、もう一つの影。
いつの間にか馬から飛び移っていた傭兵が、幌の上へ這い上がっていた。
迷いなく剣を抜き、その切っ先をリーアへ向ける。
リーア:「……っ」
不安定な足場。
揺れる幌。
踏み外せば、即座に林道へ転落する。
それでもリーアは短剣を構え、迫る傭兵と対峙した。
林道は、まだまだ続く。
シャルクスは傭兵と取っ組み合いながらも、幌馬車を走らせ続けていた。
御者台は狭い。
そのうえ、馬車は凹凸だらけの林道を猛スピードで突っ走っている。
少しでも足を滑らせれば、そのまま車輪の下だ。
飛び移ってきた傭兵も、まともに剣を振るえない。
だが、シャルクスも同じだった。
手綱を離せば馬車が暴走する。
敵を突き落としたくても、その隙がない。
互いに襟元を掴み合い、腕を絡め、体勢を崩し合う。
ぎりぎりの均衡。
そのまま、数秒。
いや、もっと長く感じる時間が過ぎた。
その時だった。
ガタンッ!
車輪が林道の凹みに引っかかり、幌馬車が大きく跳ね上がった。
シャルクス:「ぐっ!」
傭兵:「うおっ……!」
衝撃で傭兵の身体がぐらりと揺れる。
後ろへ、大きくのけぞった。
そこへ――。
クリス:《雷よ!》
荷台から、鋭い詠唱が響いた。
放たれた電撃が、一直線に傭兵を撃ち抜く。
傭兵:「ぐはっ!」
傭兵の身体が弾け飛んだ。
御者台から投げ出され、林道へ転げ落ちていく。
シャルクス:「ふう……」
荒い息を吐きながら、シャルクスは一瞬だけ後ろを振り返った。
荷台の奥で、クリスが小さく笑っている。
シャルクスは親指を立てた。
クリスも、それに応えるように軽く笑みを返す。
だが、安堵している暇はない。
シャルクスはすぐに前を向き、手綱を握り直した。
まだ、終わっていない。
森の道は、さらに奥へ続いている。




