第2話 運命に立ち向かう者たち
目の前に広がるのは、どこまでも続く平原。
そして、その向こうで風に揺れる深い森だった。
草原と森の境を縫うように、一台の幌馬車がゆっくりと進んでいく。
アーポット亭で黄金を手に入れたシャルクスは、その一部を荷台へ積み込み、一路――因縁の地、ファーミスト領を目指していた。
クリス:「もうすぐファーミスト領だよ」
御者をリーアと交代したクリスが、軽い足取りで荷台へ戻ってくる。
そして、座っていたシャルクスの隣へ腰を下ろした。
シャルクス:「本当に良かったのか。俺について来て。忙しかったんだろ」
申し訳なさそうに視線を向けるシャルクス。
それに対し、クリスはいつもの柔らかな笑みを浮かべた。
クリス:「大丈夫だよ。アーポット亭なら、ワードックさんとミアラさんだけでも回るだろうしね。いざとなったら、シドさんも手伝ってくれるさ」
その言い方に、シャルクスは少しだけ肩の力を抜いた。
クリス:「僕たちはね、君みたいに“運命に立ち向かう人”の支援もしてるんだよ。それがアーポット亭さ」
胸を張るクリスの横顔は、どこか誇らしげだった。
シャルクス:「運命に立ち向かう人、か……」
シャルクスは座ったまま、遠くの地平線を見つめる。
風に揺れる草の波。
その先にあるはずの、因縁の地。
シャルクス:「確かに……そうかもしれないな」
ぽつりとこぼれた声は、幌馬車の揺れに紛れて消えていく。
クリス:「なんか変わったね。シャルクス」
クリスは、地平線を見つめるシャルクスへ、そっと視線を向けた。
シャルクス:「……そうかぁ?」
どこか気の抜けた返事。
だが、その横顔にはわずかな警戒が滲んでいる。
クリス:「うん。昔はもっと取っ付きにくかったよ。近寄ると刺されそうな雰囲気だった」
シャルクス:「刺さねぇよ……」
ぼそりと返し、シャルクスは視線を逸らす。
その耳が、ほんの少し赤くなっていた。
クリスはそれを見逃さない。
クリス:「カミーアって子と会ったからかな」
シャルクス:「なっ!?」
一瞬で、シャルクスの顔が跳ね上がった。
目を見開き、あからさまに狼狽する。
シャルクス:「な、何言ってんだ! 関係ねぇよ!」
語尾がわずかに裏返った。
クリス:「何慌ててんだよ」
くすくすと笑いながら、クリスは肘で軽く小突く。
その顔は、完全に楽しんでいた。
シャルクス:「慌ててねぇ!」
完全に慌てていた。
そんな二人のやり取りを遮るように――
前方から、低い声が飛んできた。
リーア:「――待ち伏せされているわよ」
御者台で手綱を握ったまま、リーアが告げる。
その声音に、冗談の余地はなかった。
荷台の空気が、ぴたりと止まる。
クリスはすぐに腰を上げ、御者台へ向かった。
クリス:「また賊ですか。今日はやけに人気ですね、僕たち」
軽口まじりに言いながらも、目は笑っていない。
だが、リーアは首を横に振った。
リーア:「違うわ。格好は賊っぽいけど……動きが違う。たぶん、傭兵」
その一言で、周囲の音が一段遠のいた。
草を撫でる風の音。
車輪の軋む音。
馬の鼻息。
そのすべてが、妙にはっきり聞こえる。
クリス:「よく見えますね……どういう目をしてるんですか」
半ば本気で呟きながら、クリスは慌てて望遠鏡を取り出した。
リーアが示した方角へ向けて覗き込む。
だが――
見えるのは、ただ風に揺れる草原だけだった。
荷台でその会話を聞いていたシャルクスが、ゆっくりと顔を上げる。
その表情は、すでに険しかった。
シャルクス:「……ガスパーの子飼いだな」
低く、押し殺した声だった。
シャルクス:「野郎……俺と会う気はねぇってことか」
乾いた舌打ちが、幌馬車の中に落ちる。
リーアが横目で問う。
リーア:「どうするの?」
クリスはしばし黙った。
視線を草原から森の境へ走らせ、道と距離を測る。
そのとき――
シャルクス:「……ワッツ」
ぽつりと、その名がこぼれた。
クリス:「ワッツ? 誰です?」
クリスが振り返る。
シャルクスは奥歯を噛み締め、答えた。
シャルクス:「俺が盗賊団にいた頃の兄貴分だ。率いてるのは、たぶん奴だろうな」
拳が、わずかに震えている。
シャルクス:「奴は勝つためなら手段を選ばない。用心しろ」
その声には、軽く聞き流せない重みがあった。
クリスは一瞬だけ目を伏せる。
そして、すぐに顔を上げた。
クリス:「なら、あそこの分かれ道を曲がって森を行きましょう。平原は見通しが良すぎる」
指し示す先には、森へ続く細い道があった。
クリスの声に迷いはない。
クリス:「リーアさん、シャルクスと御者を交代してください。あなたは幌の上で見張りを。僕は荷台で守りを固めます」
淀みのない指示だった。
シャルクス:「了解」
リーア:「わかったわ」
二人は同時に頷く。
次の瞬間、三人は無駄のない動きで持ち場へ散った。
手綱が引かれる。
馬が進路を変えた。
幌馬車は草原を離れ、木々の影へと滑り込んでいく。
ワッツ:「あそこで気づかれたか。……ずいぶん遠くでバレたもんだな」
小高い丘の上。
草むらに身を伏せた男が、静かに呟いた。
ワッツは、遠見の魔法をかけた望遠鏡越しに、森へ滑り込んでいく幌馬車を見送っていた。
揺れる幌。
進路を変える馬。
その判断の速さは、ここからでもはっきり分かる。
ワッツ:「判断も悪くねぇ。……シャルクスめ」
口元が、わずかに吊り上がった。
ワッツ:「なかなか優秀なのを味方につけたな」
かつての弟分の顔を思い浮かべ、鼻で笑う。
やがて望遠鏡を外し、ゆっくりと振り返った。
そこには、盗賊まがいの粗野な装いをした一団が控えていた。
だが、その立ち姿は素人のそれではない。
無駄口を叩く者はいない。
ふざけている者もいない。
ただ、ワッツの次の言葉を待っている。
ワッツ:「さて――」
ワッツは立ち上がり、外套を翻した。
ワッツ:「テメェらはどうかな?」
挑発するような声だった。
何人かが不敵に笑い、何人かは無言で頷く。
ワッツは馬に跨る。
手綱を握り、森へ消えた幌馬車の方角を見据えた。
ワッツ:「いくぞ」
短い号令。
次の瞬間、馬蹄が丘を蹴った。




