第1話 回想:シャルクスとワッツとカミ―アと
警備兵A:「いたか?」
警備兵B:「いや……こっちには来てないみたいだ」
廊下の角で鉢合わせた二人の警備兵は、短く言葉を交わすと、それぞれ別の方向へ視線を走らせた。
宝石商の屋敷は、無駄に広い。
磨き上げられた床に、いくつもの足音が反響している。
あちこちで松明の火が揺れ、建物全体が張り詰めた緊張に包まれていた。
彼らが追っているのは、真夜中に忍び込んだ侵入者。
だが、その影は――いまだ捕らえられていない。
警備兵B:「……もう逃げちまったんじゃないのか?」
弱音混じりの声。
だが警備兵Aは、即座に首を横へ振った。
警備兵A:「手ぶらで逃げるとは思えん。あっちを当たるぞ」
警備兵B:「了解」
二人は再び駆け出し、薄暗い廊下の奥へと消えていった。
――その直後。
シャルクス:「《闇よ。姿を見せよ》」
囁くような呪文が、静かな廊下に落ちた。
次の刹那。
闇そのものが形を得るように、壁際の影がゆらりと揺らぐ。
そこから現れたのは――シャルクス、カミーア、ジャンの三人だった。
シャルクス:「……行ったか」
遠ざかる足音を確かめ、シャルクスは小さく息を吐いた。
ジャン:「す、すんません……シャルクスさん。助かりました」
息を切らしながら駆け寄ってきたジャンが、深々と頭を下げる。
シャルクス:「礼はここを抜けてからだ。行くぞ」
そう言って歩き出そうとした、その時だった。
カミーア:「待って」
背中に、カミーアの声がかかる。
シャルクスは足を止め、振り返った。
カミーア:「このまま手ぶらで帰ったら、ワッツに何を言われるかわからないよ」
不安げに眉を寄せるカミーア。
それを見て、シャルクスは軽く肩をすくめた。
シャルクス:「大丈夫だろ。あいつが俺たちに期待するわけねぇよ。せいぜい嫌味を二つ三つ浴びせられるくらいだ」
あまりにも投げやりな返答だった。
カミーアの眉間に、ぐっと皺が寄る。
カミーア:「その“嫌味”を聞かされるのが嫌なんだよ」
心底うんざりしたような声音。
シャルクスは一瞬だけ、意味ありげにカミーアを見た。
カミーア:「……なんだよ」
シャルクス:「別に。なんでもねぇ」
小さく言い捨てると、シャルクスは前を向いた。
シャルクス:「とにかく、警備兵に捕まるよりはマシだ。行くぞ」
カミーア:「あ、ちょっと……!」
ぶっきらぼうに告げて歩き出したシャルクスの背中を、カミーアとジャンは慌てて追う。
その途中。
ジャン:「なかなか振り向いてもらえませんねぇ、シャルクスさん」
ジャンがすり寄ってきて、にやつきながら小声で茶化した。
シャルクス:「やかましいわ」
ジャン:「いたっ」
シャルクスはカミーアの死角で、ジャンの脇腹を軽く小突いた。
そのやり取りを横目で見て、カミーアは思わずくすりと笑う。
――その時だった。
ピィーーーーッ!
甲高い笛の音が、屋敷中にけたたましく響き渡った。
カミーア:「見つかったか!?」
反射的に身構えたカミーアが、鋭い目で周囲を見回す。
だが、シャルクスはすぐに首を振った。
シャルクス:「いや」
耳を澄ませる。
廊下の向こう。
遠くで怒号が上がり、何かがぶつかり合うような音が響いていた。
シャルクス:「……向こうが騒がしい」
カミーア:「玄関の方だな」
ジャン:「まさか……」
三人は顔を見合わせた。
嫌な予感が、同時に胸をよぎる。
シャルクス:「行くぞ。だが、音を立てるな」
カミーアとジャンは、神妙な面持ちで頷いた。
ジャン:「……了解っす」
三人は気配を殺しながら、玄関ホールへと足を向けた。
* * *
ワッツ:「おおりゃあッ!」
玄関ホールに、野太い雄叫びが轟いた。
同時に、ワッツの剣闘士の剣が大きく振り抜かれる。
荒々しい斬撃が風を裂き、迫っていた警備兵たちは思わずのけぞった。
紙一重で刃をかわしながら、彼らは必死に距離を取る。
ワッツ:「ほぉ……なかなかやるじゃねぇか。――ん?」
ふと気づけば、屋敷中に散らばっていた警備兵たちが、ぞろぞろと玄関ホールへ集まり始めていた。
増えていく敵影。
それを前にして、ワッツはむしろ楽しげに口角を吊り上げる。
ワッツ:「ちったぁ楽しませてくれそうだな」
迫りくる兵たちを眺め、獣じみた笑みを浮かべる。
そこへ――。
カミーア:「ワッツ!」
奥の廊下から、カミーア、シャルクス、ジャンの三人が駆け込んできた。
ワッツ:「おお。オメェら、まだくたばってなかったようだな」
四人は自然と背中を合わせる形で陣形を組み、周囲を取り囲む警備兵たちに向き直った。
カミーア:「何しに来たのよ。あんたは行くなって、親父に言われてただろ」
ワッツ:「決まってんだろ」
ワッツは剣を肩に担ぎ、不敵に笑った。
ワッツ:「おめぇらの生ぬるいやり方じゃ、見てられねぇんだよ。だから、お手本ってやつを見せに来てやったんだぜ」
カミーア:「……ただ暴れたいだけでしょ」
呆れたように言うカミーア。
ワッツは否定もせず、にやりと笑った。
シャルクス:「ここの警備は手強いぞ。油断するな」
横からシャルクスが低く警告する。
ワッツ:「ああ。そのようだな」
ワッツは凶悪な笑みをさらに深くし、一歩前へ出た。
剣を担いだまま、周囲の警備兵たちをざっと見渡す。
ワッツ:「ここはズラかるぞ。ケツは持ってやる」
カミーア:「……いいのかい? お手本を見せてくれるんじゃなかったのかよ」
嫌味混じりに返すカミーア。
ワッツは振り返りもせず、鼻で笑った。
ワッツ:「そいつはまた今度だ。今は――逃げ道をこじ開ける方が先だろうが」
そして、低く咆哮する。
ワッツ:「――行け!」
それが合図だった。
警備兵たちが一斉に動き出す。
シャルクスが闇の刃で迫る剣を弾き、カミーアがその横をすり抜ける。
ジャンは低い姿勢で兵の足元をくぐり、隙を作った。
そしてワッツは、後方から迫る敵をまとめて薙ぎ払う。
ガキィンッ!
剣と剣がぶつかり合う甲高い音。
怒号。
足音。
割れた壺の破片が床を滑り、磨き上げられた玄関ホールに火花が散る。
その混乱の中、四人は迫りくる警備兵たちを次々といなしながら、出口へ向かって駆け抜けた。
玄関ホールは、怒号と剣戟の音で満ちていった。
* * *
四人はどうにか警備兵たちの包囲網を突破し、夜明け前の闇に紛れてアジト――プラント盗賊団の砦へと戻った。
石造りの広間で彼らを待っていたのは、盗賊団の頭領、ロッドだった。
ワッツ:「カシラァ。あそこに盗みに入るのはまだ早いって、言ったじゃないですか」
戻るなり、ワッツはずかずかと歩み寄り、ロッドに噛みついた。
ロッド:「お前が“いける”と言ったから、カミーアたちを行かせたんだがな」
椅子にもたれたまま、ロッドは面倒くさそうに返す。
ワッツ:「俺ならいける、って言ったんですよ。他のもんにやらせちまうなんて、話が違うでしょうが」
カミーア:「あんたが行ったら、盗みじゃなくて強盗になるでしょ。めちゃくちゃにして終わりよ」
横から呆れた声が飛ぶ。
ワッツはちらりとカミーアを見やり、鼻で笑った。
ワッツ:「ふん。手ぶらで帰ってきた奴に言われたかねぇな」
カミーア:「ぐっ……! あんたが勝手に撤退させたんじゃないか!」
痛いところを突かれ、カミーアは悔しそうに顔を歪める。
そのやり取りを少し離れた場所で眺めていたシャルクスが、無言のまま一歩前へ出た。
隣にいたジャンが、何かを察したように目を瞬かせる。
ワッツ:「……なんだ?」
怪訝そうに睨むワッツ。
シャルクスは答えず、懐から小さな袋を取り出した。
シャルクス:「手ぶらで帰ってきたのは、誰かな?」
しゃらり。
乾いた音が、広間に響いた。
袋の口が開かれる。
その瞬間――中からいくつもの宝石が、こぼれ落ちるように光を放った。
ワッツ:「なっ……!」
カミーア:「……いつの間に」
その場にいた全員が、目を見開く。
ジャンは思わず口をぽかんと開け、ロッドは低く笑った。
ロッド:「お前の負けだな、ワッツ」
ワッツ:「くっ……!」
悔しさを噛みしめ、ワッツは舌打ちする。
一方、シャルクスは宝石を袋に戻しながら、わずかに口元を緩めた。
勝ち誇るでもなく。
ただ、悪戯がうまくいった子どものように。
シャルクス:「だから言っただろ。礼は、ここを抜けてからだって」




