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食えない奴らの黄金争奪戦 〜アーポット亭の黄金〜凄腕の冒険者たちが営む宿屋に眠る伝説の黄金  作者: 春夏かなた
第4章 それが君の宿命

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第12話 生きていた因縁

クリストファー:「確かに、バルデン様の黄金には正式な受取人がおりますが……」


そこで、クリストファーはふいに視線を外した。


天井を仰ぐように小さく息をつき――その口元に、ほんのわずかな笑みが浮かぶ。


クリストファー:「条件次第では――お渡ししても構いませんよ」


ガスパー:「……条件?」


ガスパーの眉が、ぴくりと動いた。


冷え切った視線が、刃のようにクリストファーを射抜く。


ワッツ:「テメェのもんでもねぇだろうがよ……」


すっかり蚊帳の外に置かれていたワッツが、椅子にどかりと腰を落とし、ふて腐れたようにぼやいた。


――が、次の瞬間。


ガスパーとクリストファー。


二人の視線が、同時にワッツへ突き刺さる。


ワッツ:「……」


ワッツは、渋々と口を閉じた。


ガスパー:「――それで? 条件とは何だ」


ガスパーはワイングラスを指先で転がしながら、冷然と問いかける。


クリストファーは、そこで初めてゆっくりと口を開いた。


クリストファー:「あなたが“ファーミスト領”に関するすべての権利を放棄すること」


一拍。


クリストファー:「そして、領内の経済圏を――全商人へ開放することです」


ガスパーの指が、ぴたりと止まった。


揺れていた赤い液体が、グラスの中で静かに波紋を広げる。


ガスパー:「……それが狙いか」


クリストファーは答えない。


ただ、唇の端をわずかに持ち上げるだけだった。


短い沈黙。


ガスパーは一度視線を落とし、グラスの中で揺れるワインを見つめた。


やがて、ふっと顔を上げる。


ガスパー:「……いいだろう。その条件、飲んでやる」


その口元に、妖しい微笑が浮かんだ。


クリストファーの目が細まり、ゆるやかに頷く。


クリストファー:「取引成立――というわけですね」


その声には、すでに勝利を確信した者の余裕が滲んでいた。


ガスパー:「手続きはロイドスに任せる。後日、そちらへ向かわせよう」


クリストファー:「承知しました。では――また後日に」


軽く一礼し、クリストファーは踵を返した。


そのまま扉へ向かいかけ――ふと思い出したように足を止める。


クリストファー:「ああ、そうだ。言い忘れていました」


ガスパー:「……?」


怪訝そうに、ガスパーが眉を寄せる。


クリストファーは振り返った。


その顔には、穏やかな笑みが浮かんでいる。


だが、その目は笑っていなかった。


クリストファー:「たとえ“黄金”を手に入れたとしても――俺がいなければ、それは使い物になりません」


にこり。


あまりにも静かで、あまりにも不気味な笑みだった。


クリストファー:「そのおつもりで」


ガスパー:「なんだと……?」


ガスパーが声を漏らすより早く、クリストファーは言葉を重ねた。


クリストファー:「欲の張りすぎは身を滅ぼしますよ。マダム」


それを最後に――


クリストファーの姿は、霧がほどけるように掻き消えた。


あとに残ったのは、冷え切った空気。


そして、ゆらゆらと揺れる蝋燭の炎だけだった。


ガスパーの手の中で、ワイングラスがかすかに震えている。


ワッツ:「……あんたにしちゃ、ずいぶんあっさり引いたな」


爪を歯で軽く弾きながら、ワッツがぽつりと問いかけた。


その声には、わずかな訝しさが滲んでいる。


銀髪の老婦人:「引いたのは、ガスパーです。何か考えがあったのでしょう」


銀髪の老婦人は淡々と答えた。


すました顔のまま、グラスに残っていたワインを一息に飲み干す。


銀髪の老婦人:「黄金は――ラスパルの息子がこちらへ運ぶよう、メディルが仕込んだようですわ」


ワッツ:「……そんなこったろうと思ったぜ」


ワッツは短く応じ、席を立った。


ワッツ:「じゃあ、俺も行くぜ」


背を向け、出入り口の扉へ歩き出す。


その瞬間だった。


銀髪の老婦人:「お待ちなさい」


静かな声が、ワッツの背中に突き刺さった。


銀髪の老婦人:「あなたは道中でラスパルの息子を襲いなさい。始末して、黄金を奪うのです」


視線も向けずに告げられた命令。


ワッツは足を止めた。


そして、苦々しく吐き捨てる。


ワッツ:「黄金は手に入るんだろ。――わざわざ殺る必要ねぇ」


だが、老婦人の瞳に情の色はなかった。


銀髪の老婦人:「アーポットに私の存在を知られたのは、あなたの失態です」


氷のような声だった。


銀髪の老婦人:「……これ以上の失策は、許しません」


ワッツは一瞬、言葉を失った。


喉の奥で唸るように息を吐き、やがて肩をすくめる。


ワッツ:「……わかったよ。だが、仲間内にいた奴が相手だ。ウチの連中は使えねぇぞ」


いかにも不貞腐れた返事だった。


銀髪の老婦人:「ならば、ガスパーの兵隊を使いなさい。領内なら、秘密裏に始末できるはずです」


冷たく言い放ちながら、老婦人はナプキンで口元を拭った。


銀髪の老婦人:「――それと」


そこで、声がわずかに低くなる。


銀髪の老婦人:「アルジェリカの孫のことも、知っているのでしょう?」


沈黙。


ワッツの拳が、ぎゅっと握り締められた。


銀髪の老婦人:「彼女も、始末なさい」


氷の刃のような命令が、部屋の空気を凍らせる。


ワッツ:「……ロッドは始末した。あれで充分だろ」


俯いたまま、ワッツは絞り出すように呟いた。


ワッツ:「――あんた、どこまで満足しねぇつもりだ」


銀髪の老婦人:「私の言葉が聞けませんの?」


淡々とした声音に、容赦はない。


ワッツはしばらく黙っていた。


やがて、口の端を歪める。


ワッツ:「……わかりましたよ、クソババア」


吐き捨てるように言い残し、鋭い視線だけを投げて、ワッツは部屋を出ていった。


扉が閉まる音が、やけに重く響く。


――静寂。


老婦人はゆっくりと拳を握り、卓上へ押しつけた。


白い指先が、かすかに震えている。


銀髪の老婦人:「アルジェリカ……」


低く漏れた声は、怨嗟のように揺れていた。


銀髪の老婦人:「まだ、私から奪うつもりなのですね」


* * *


王都にある、クリストファー・アーポットの屋敷。


その一室。


床に描かれた魔法陣が、淡い光を放っていた。


その中心で、クリストファーは静かに目を閉じている。


やがて――


ゆっくりと瞳が開かれた。


クリストファー:「……まさか。あいつらの“因縁”の相手が、生きていたとはな」


微かな苦笑を浮かべ、遠い何かを見つめる。


クリストファー:「俺にできるのは、ここまでだ」


魔法陣の光が、音もなく消えていく。


クリストファーは踵を返し、部屋の扉へ向かった。


クリストファー:「後は任せたぞ、レックス」


扉へ手をかける。


そして、最後に小さく呟いた。


クリストファー:「あいつらの因縁――晴らしてやってくれ」


その言葉とともに、扉が閉ざされる。


部屋は再び、暗闇と静寂だけを取り戻した。



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