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食えない奴らの黄金争奪戦 〜アーポット亭の黄金〜凄腕の冒険者たちが営む宿屋に眠る伝説の黄金  作者: 春夏かなた
第4章 それが君の宿命

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第11話 殺伐とした食卓

薄暗い大広間に、燭台の炎だけが揺れていた。


石造りの壁に伸びる影が、ゆらゆらと踊る。


その中央。


長い食卓の端に、銀髪の老婦人が一人、静かに座っていた。


カチャリ。


ナイフとフォークが触れ合う、かすかな金属音。


広すぎる部屋に響くのは、それだけだった。


皿の上の肉を、老婦人は丁寧に切り分けていく。

ひと切れ、またひと切れ。


その所作は優雅だった。


だが、どこか奇妙だった。


食事を楽しんでいるというより、決められた手順を淡々となぞっているだけのように見える。


そこへ――。


ワッツ:「メディルは……まだ戻ってきてねぇようだな」


低い声が、闇の奥から響いた。


ずん。


重たい足音が床を踏む。


ずん、ずん、と音を響かせながら姿を現したのは、ワッツだった。


蝋燭の明かりに照らされ、無骨な顔が闇の中から浮かび上がる。


老婦人は、ちらりともそちらを見ない。


ただ、皿の肉を切り、口へ運ぶ。


それだけだった。


ワッツ:「まだ、くたばっちゃいねぇようだがな」


冷めた声で言いながら、ワッツは近くの椅子を引いた。


ギィ、と脚が床を擦る。


そのまま、どかりと腰を下ろした。


次の瞬間。


銀髪の老婦人:「……ここには来るなと申したはずですよ、ワッツ」


ぴたり。


ナイフの動きが止まった。


老婦人の瞳が、ゆっくりと持ち上がる。


氷のように冷たい視線が、まっすぐワッツを射抜いた。


ワッツ:「そうかい。悪かったな」


だが、ワッツは少しも動じない。


肩をすくめ、目を閉じて、わざとらしくすました顔をする。


ワッツ:「だがな――黄金は、アーポットの手の内にあるみてぇだぞ」


ぴくり。


老婦人の眉が、わずかに動いた。


銀髪の老婦人:「……それは、本当なの」


声は低く抑えられていた。


けれど、その奥に確かな揺らぎがあった。


クリストファー:「本当さ」


闇の向こうから、別の声がした。


ワッツの目が、鋭く細まる。


次の瞬間。


灯りの届かない影の中から、霧がほどけるように一人の男が姿を現した。


クリストファーだった。


ワッツ:「……テメェ」


唸るような声。


ワッツは椅子を蹴って立ち上がった。


背に負っていた剣闘士の剣――分厚い鉄の刃が、重たい音を立てて抜き放たれる。


だが、老婦人は微動だにしなかった。


まるで、その場で剣が抜かれたことなど関係ないとでも言うように、再びナイフとフォークを動かし始める。


カチャリ。


金属音だけが、静かに響いた。


クリストファー:「……なるほどな。なかなか姿を見せねぇと思ったら、そういうカラクリだったか」


顎をさすりながら、クリストファーは老婦人を見やった。


その目には、敵意よりも興味の色が強い。


ワッツ:「るっあぁッ!!」


怒号が炸裂した。


ワッツの剣闘士の剣が、唸りを上げて振り抜かれる。


ブオォォンッ!!


分厚い刃が空気を引き裂き、重い風圧が食卓の上を叩いた。


だが――。


クリストファーの身体が、蜃気楼のように揺らいだ。


刃は、その胴を捉えることなく、虚空を斬る。


ワッツ:「なにっ!?」


ワッツの目が見開かれた。


額に、じわりと脂汗が浮かぶ。


一歩。


さらに一歩。


後ずさる足音が、妙に大きく広間に響いた。


クリストファー:「残念。――オメェは俺に触れられねぇ」


クリストファーは、軽く片手を掲げた。


次の瞬間。


その掌から放たれた衝撃が、目に見えるほどの風圧となってワッツへ襲いかかる。


ワッツ:「ぐっ……!」


ワッツは剣を盾のように構え、必死に踏ん張った。


床板が軋む。


埃が舞い上がる。


クリストファー:「だが――俺は触れられるんだぜ」


そう言って、クリストファーは視線を横へ流した。


喧騒の中心にいながら、ただ一人、何事もなかったかのように食事を続けている老婦人へ。


クリストファー:「お食事中のところ、失礼いたします――マダム」


胸に手を当て、芝居がかったほど丁寧に頭を下げる。


老婦人は、やはり見向きもしなかった。


ナイフが肉を切る。


フォークがそれを持ち上げる。


カチャ、カチャ。


一定のリズムだけが、食卓の上で刻まれていた。


クリストファー:「今日は、直接交渉に参りました」


老婦人の手は止まらない。


けれど――。


カチャリ。


ほんのわずか、金属音の調子が変わった。


クリストファー:「僭越ながら、マダムには少々つまらぬ案件かと。ラッズ卿と代わっていただけないでしょうか」


深く一礼したまま、クリストファーは視線だけを持ち上げる。


その瞬間。


ガスパー:「いいぞ。……何の用だ、クリストファー・アーポット」


老婦人の口から出た声が、がらりと変わった。


先ほどまでの上品で冷えた響きは、跡形もない。


粗野で、下卑ていて、どこか人を見下したような声。


空気が、別物になった。


優雅だった所作も消える。


老婦人の身体は荒々しく椅子に身を乗り出し、テーブルに肘をついた。


そして大口を開け、肉を歯で噛み切る。


ただし――。


その冷たく鋭い視線だけは変わらない。


真正面から、クリストファーを射抜いていた。


クリストファー:「黄金の――取引ですよ」


クリストファーはゆっくりと頭を上げた。


口元には、不敵な笑みが浮かんでいる。


ガスパー:「黄金?」


ガスパーはワイングラスを軽く傾け、横目でクリストファーを見る。


クリストファー:「バルデン・ローガス様より、お預かりしている黄金です」


静かな声だった。


冷たく、澄み切っている。


その一言に、ワッツが思わず息を呑んだ。


ガスパー:「……それで?」


ガスパーはグラスを卓上に置いた。


コトン。


乾いた音が、広間の奥まで届く。


クリストファー:「近いうちに、正当な受取人のもとへ渡ることになるでしょう」


ガシャンッ!!


拳が食卓を叩いた。


ワイングラスが跳ね、赤い液体が揺れる。


銀髪の老婦人:「私が――正式な相続人です!」


叫びは、老婦人の声だった。


だがそこには、先ほどまでの品位など一片も残っていない。


顔に浮かんでいるのは、剥き出しの憎悪。


その迫力に、ワッツでさえ思わず一歩引いた。


クリストファーは静かに目を閉じる。


そして、小さく首を横に振った。


クリストファー:「いいえ。正規の遺言書にも明記されています」


ゆっくりと、言葉を置く。


クリストファー:「黄金は――アルジェリカ様のご子孫のものです」


沈黙が落ちた。


燭台の炎が揺れ、壁に映る影が細く伸びる。


ガスパーの瞳は、氷のように冷たい。


それを受け止めるクリストファーの微笑は、少しも揺らがない。


二つの視線が、食卓越しにぶつかり合う。


だが、その緊張は長く続かなかった。


ふいに、ガスパーが視線を逸らす。


そして、深いため息をついた。


ガスパー:「おいおい。儂と交渉したかったんじゃなかったのか? クリストファー・アーポット」


何事もなかったように、再び肉を切る。


それを一口で頬張り、にやりと笑った。


ガスパー:「小僧には商いはちと難しかったかな。ガハハハッ!」


下卑た笑い声が、大広間に響き渡る。


老婦人の姿をしたまま、そこにいるのはもう完全にガスパーだった。


クリストファー:「勉強にさせてもらってますよ。ガスパー・ラッズ」


こめかみに青筋を浮かべながらも、クリストファーは恭しく頭を下げる。


その横で。


ワッツ:「ふわぁぁあ……」


ワッツは興味なさそうに大きく伸びをした。


そして、退屈げにあくびを噛み殺す。


命がけの交渉が始まろうとしている広間で。


彼だけが、心底どうでもよさそうな顔をしていた。



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