第10話 それが君の宿命
レックス:「その意気なら……大丈夫そうだね」
カミーア:「何がだ?」
小首を傾げるカミーアを前に、レックスはふっと笑みを消した。
さっきまでの軽い調子が、ほんの少しだけ影を潜める。
レックス:「君なら、宿命を果たせそうだってことさ」
カミーア:「また宿命……」
カミーアは眉を寄せた。
カミーア:「なんだって言うんだよ。その宿命ってのは」
苛立ちを隠さない問いだった。
レックスは一瞬だけ言葉を選ぶように黙り、それから静かに口を開いた。
レックス:「バルデンが遺した黄金には、“因縁”がかけられているんだ」
カミーア:「因縁……?」
レックス:「その黄金に関わった者は、みんな不幸に見舞われてきた。君のお父さんも――たぶん、その一人だ」
カミーア:「親父も……」
低く呟き、カミーアは唇を噛んだ。
テーブルの上で、拳がぎゅっと握り締められる。
ロッドの背中。
ワッツの顔。
盗賊団で過ごした日々。
いくつもの記憶が、胸の奥でざわりと揺れた。
けれど――。
カミーア:「あたいは――そんなものには負けない!」
力強い声が、酒場の喧騒を押しのけた。
周囲の笑い声も、杯の鳴る音も、その一瞬だけ遠のいたように感じられる。
その宣言を聞いて、レックスは柔らかく微笑んだ。
レックス:「その因縁を祓って、黄金を使い、君自身が幸せになる」
そこで一度、言葉を切る。
レックス:「それがバルデンの望みであり……君に課せられた宿命なんだ」
カミーア:「……それが、あたいの宿命」
ぽつりと呟き、カミーアはそっと目を閉じた。
それから、ゆっくりと天井を仰ぐ。
その瞬間、脳裏に浮かんだのは――シャルクスの顔だった。
カミーア:「シャル……」
かすれるような声が、静かに零れる。
カミーア:「あたいのために、動いてくれてたのか」
レックス:「シャル?」
レックスは少しだけ目を細め、からかうように口元を緩めた。
レックス:「君の、心強い仲間かな」
カミーア:「……そうだね」
照れを隠すように、カミーアは視線を逸らした。
けれど、その声はどこか柔らかかった。
カミーア:「シャルとなら、なんでもできる気がする」
その言葉に、レックスは満足そうに頷く。
――そこへ。
セドウィック:「その心強いお仲間というのは、ひょっとしてラスパルという名ではないか?」
横から、セドウィックが口を挟んだ。
カミーア:「えっ?」
カミーアは怪訝そうに振り向く。
カミーア:「よくわかりましたね」
セドウィックの表情は、いつになく真剣だった。
セドウィック:「ラスパルは、君が因縁に立ち向かえるように、バルデンが遣わした弟子の一人だよ」
カミーア:「……」
その言葉が、胸の奥へ静かに沈んでいく。
カミーア:(それじゃあ……運命だったんだ。シャルとは)
じんわりと、温かなものが広がった。
偶然だと思っていた出会い。
遠回りだと思っていた時間。
そのすべてが、今の自分へ繋がっていたのだとしたら――。
セドウィック:「運命は、確実に君へ収束している」
セドウィックは静かに続けた。
セドウィック:「今こそ因縁を晴らし、宿命を果たす時だ」
カミーアは息を呑んだ。
そして、神妙な面持ちで深く頷く。
――と。
レックス:「いやあ、実を言うとさ。正直、ホッとしてるんだよね」
しんみりとした空気をぶち壊すように、レックスが明るい声を上げた。
カミーア:「……?」
思わず、カミーアは目を瞬かせる。
レックス:「うちは冒険者の宿屋をやっててさ。君の黄金を預かってるような形になってたんだ」
軽く肩をすくめる。
レックス:「これでやっと、肩の荷が下りたよ」
カミーア:「は、はあ……」
レックス:「いつウチの金食い虫が見つけ出して、ネコババするんじゃないかってヒヤヒヤしてたんだ。いやあ、持ち主が見つかってよかったよ」
カミーア:「よ、よかったですね……」
あまりにあっけらかんとした告白だった。
さっきまで胸に沈んでいた重さが、少しだけほどける。
カミーアの口元にも、思わず苦笑が浮かんだ。
レックス:「兄さんに会ってるなら、今頃シャル君はアーポット亭に来て、黄金を受け取ってるはずだ」
レックスはグラスを軽く揺らしながら言う。
レックス:「戻れば合流できると思うけど……どうする?」
その問いに、カミーアの表情が再び引き締まった。
彼女は静かに首を振る。
カミーア:「いや。ファーミスト領に行きます」
レックス:「ファーミスト領?」
カミーア:「シャルは、そこに行くはずです」
迷いのない声だった。
カミーア:「自分の因縁を晴らすために」
カミーアには、わかっていた。
シャルクスはきっと、立ち止まらない。
自分のために動いてくれたあの男は、今度は自分自身の過去へ向かって歩き出す。
ならば――。
カミーア:(今度は、一緒に行くよ。シャル)
胸の内で、そっと呟く。
もう迷いはなかった。
シャルクスが自分の運命へ進むのなら、自分もまた、その隣へ行く。
その決意を受け止め、レックスは力強く頷いた。
レックス:「わかった。行こう。ファーミスト領に」
一瞬だけ、彼の表情が引き締まる。
だが、それもすぐにいつもの柔らかな笑みに戻った。
レックス:「ま、それは明日にしてさ」
明るい声で、レックスは杯を掲げる。
レックス:「今日はもう――パァーッと飲もうよ!」
カミーア:「ふふ……そうですね」
ようやく、カミーアの顔に明るい笑みが戻った。
彼女はそっとグラスに手を伸ばす。
冷たい硝子の感触が、指先に触れた。
もう、俯いているだけの夜ではない。
カミーアはグラスを持ち上げ、レックスたちと共に、その夜を迎えた。




