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食えない奴らの黄金争奪戦 〜アーポット亭の黄金〜凄腕の冒険者たちが営む宿屋に眠る伝説の黄金  作者: 春夏かなた
第4章 それが君の宿命

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第8話 回想:追いかけた父の背中を

その夜――闘技場は、異様な熱気に包まれていた。


根城に残っていたプラント盗賊団の者たちはもちろん、噂を聞きつけて各地から流れてきた荒くれ者たちまでが、所狭しと集まっている。


酒の匂い。

汗の匂い。

そして、どこからともなく漂う血の匂い。


それらが入り混じり、場内の空気そのものがざわざわと沸き立っていた。


――コツ、コツ、コツ。


喧騒の中に、硬い足音が響く。


重厚なブーツで石畳を踏みしめながら、ロッドは一人、闘技場へ向かって歩いていた。


人々のざわめきに呑まれてもおかしくない足音。

だが、不思議とその音だけは、妙にはっきりと耳に残った。


その時だった。


カミーア:「親父……」


背後から、かすかな声が届いた。


ロッドは足を止める。


ゆっくりと振り返ると、石柱の影から一人の少女が姿を現した。


カミーアだった。


その瞳は、不安げに揺れている。

言いたいことをいくつも抱えたまま、ただ確かめるように、ロッドを見つめていた。


ロッド:「カミーア。どこにいたんだ。探したぞ」


ロッドは向き直り、声をやわらげた。


まるで、少しでも強く触れれば壊れてしまうものを扱うような声だった。


カミーア:「……なんで、決闘なんて受けたんだ?」


唇を噛みしめたまま、カミーアが問いかける。

その声は、わずかに震えていた。


ロッド:「なんでって……お前」


ロッドは一瞬、言葉に詰まった。


ロッド:(てっきり……シャルクスのことを聞きに来たのかと思ったが……)


予想を外され、わずかな戸惑いが胸をよぎる。


カミーア:「もう、決闘なんて勝てる歳じゃないだろ」


必死な顔だった。


止めたい。

どうにかして、この決闘をなかったことにしたい。


そんな思いが、まっすぐに伝わってくる。


ロッドはしばらく娘の顔を見つめ――やがて、ふっと小さく笑った。


ロッド:「これはな、ワッツが他の連中に力を見せつけるための決闘だ」


肩をすくめる。


ロッド:「勝ち負けなんて、最初から関係ないんだよ」


カミーア:「だけど……」


カミーアの声が、頼りなく揺れる。


ロッド:「ワッツだって、そこまで本気は出さないさ。心配するな」


軽い調子でそう言った。


だが、カミーアの表情から不安は消えない。


少しの沈黙のあと、彼女はぽつりと口を開いた。


カミーア:「そもそもさ……なんでワッツを後釜にしたんだよ」


頬をわずかに膨らませ、拗ねたように口をとがらせる。


ロッドは一瞬、目を細めた。


それから、わざと冗談めかして言う。


ロッド:「なんだ? お前、私の後釜になりたかったのか?」


カミーア:「ンなわけないだろ!」


間髪入れずにツッコミが飛んだ。


そのあまりの勢いに、ロッドは思わず吹き出す。


ロッド:「はは……」


久しぶりに見た気がした。


いつもの、気の強い娘の顔。


その表情に、ロッドはほんの少しだけ――胸をなで下ろしていた。


ロッド:「あいつはな……私が憧れていた男に、よく似ているんだ」


ロッドは、静かに語り始めた。


カミーア:「親父が憧れてた男? 誰だよ、それ」


興味を隠しきれない様子で、カミーアがぐいっと身を乗り出す。


ロッド:「私と一緒に、この盗賊団をまとめ上げた男さ」


カミーア:「へぇ……そんな人がいたんだ。初耳だよ」


感心したように目を輝かせる。


だが、すぐに不満げに口を尖らせた。


カミーア:「なんで今まで話してくれなかったのさ」


ロッド:「……いろいろあってな」


ロッドはふっと目を伏せた。


その視線は、カミーアではなく、もっと遠い過去へ向けられているようだった。


カミーア:「でも、その人もワッツみたいに身勝手な奴だったんだろ?」


父の顔をうかがいながら、カミーアがそっと尋ねる。


ロッド:「いや」


ロッドは肩をすくめ、くすりと笑った。


ロッド:「ワッツ以上に身勝手な奴だったよ」


カミーア:「……あ、そうなんだ」


あまりにもあっさりした答えに、カミーアは苦笑するしかなかった。


ロッド:「身勝手な男だった。だがな……人生を楽しんでいた奴だった」


カミーア:「そりゃあ、身勝手なことばっかしてりゃ楽しいでしょ」


呆れたように言い放つ。


だが、ロッドは穏やかに首を横へ振った。


ロッド:「そうじゃない」


静かな声だった。


ロッド:「どんなに辛く、過酷な道でも……あいつは、それを楽しむように立ち向かっていた」


一拍置いて、ロッドは続ける。


ロッド:「ワッツにも、そういうところがあるだろう」


カミーア:「……」


その言葉に、カミーアの脳裏へワッツの顔が浮かんだ。


荒々しく、強引で、勝つことに異様なほど執着する男。


だが確かに――

どんな修羅場でも、あの男はどこか楽しそうだった。


カミーア:(……似てる、のかもな。ワッツに)


カミーア:「会ってみたかったな……その人」


ぽつりと零れた言葉に、ロッドは少しだけ寂しそうに笑った。


ロッド:「私はな……ワッツに、あいつの姿を重ねていたのかもしれない」


その声は、夜の喧騒の中でも、不思議とはっきり届いた。


ロッド:「だから、ワッツを後釜に選んだ」


迷いのない声だった。


けれど、カミーアは納得できなかった。


カミーア:「でもさ……それなら余計、ワッツと戦う必要なんてないじゃないか」


静かだった。


だが、その言葉は鋭くロッドへ突き刺さる。


ロッドは一瞬、視線を外した。


カミーア:「これが運命だって言うんなら……もう十分従ったよ。親父は」


声が震える。


それでも、カミーアは言葉を止めなかった。


カミーア:「だから、もう――」


ロッド:「これはな」


カミーアの言葉を遮るように、ロッドが口を開いた。


ロッド:「私だけの運命じゃないんだ」


カミーア:「ワッツの運命だとでも言うのか?」


カミーアも引かない。


ロッド:「そうだ」


ロッドは迷わず頷いた。


そして――静かに告げる。


ロッド:「そして、お前の運命でもある」


カミーア:「……あたいの運命?」


カミーアはぽかんと目を見開いた。


次の瞬間。


カミーア:「なんじゃ、それ」


思わず、素の声が漏れる。


首をかしげるその姿に、ロッドは小さく笑った。


ロッド:「そのうち分かるさ」


カミーア:「またそれかよ……」


ロッド:「今は――待つんだ」


そう言って、ロッドはカミーアに背を向けた。


再び、闘技場へ向かって歩き出そうとする。


カミーア:「……」


カミーアはうつむき、左手で右腕をぎゅっと抱きしめた。


言いたいことは、まだあった。


止めたい。

行かないでほしい。

そんな言葉が喉元まで上がってくる。


だが――声にならなかった。


そのとき。


ロッド:「シャルクスも……今、己の運命と戦っている」


背を向けたまま、ロッドが静かに言った。


カミーア:「えっ」


突然出たその名前に、カミーアは顔を上げる。


カミーア:(いけない……シャルのこと、話そうとしてたのに)


本来の目的をすっかり忘れていたことに気づき、カミーアは慌てた。


その様子を横目で見て、ロッドは苦笑する。


ロッド:「だがな……いずれ、またお前のもとへ戻ってくる」


カミーア:「……」


ロッド:「戻ってきて……共に戦ってくれる」


その言葉の意味は、正直よく分からなかった。


運命。

戦う。

共に。


どれも大きすぎて、今のカミーアには掴みきれない。


それでも――

ロッドの言葉だけは、不思議と信じられる気がした。


ロッド:「それまで……待っていてくれるな」


カミーア:「……うん!」


カミーアは力強く頷いた。


ロッドはそれを一瞥し、ほんのわずかに目元を緩める。


そして、再び前を向いた。


闘技場の奥から、歓声が轟く。

荒くれ者たちの叫び声が、石壁を震わせていた。


その中へ――

ロッドは一人、ゆっくりと歩いていく。


ワッツとの決戦の場へ。


カミーア:「……」


カミーアは、父の背中が闘技場の入口へ消えていくのを、ただ黙って見つめていた。


そして――


唇をきゅっと結ぶ。


次の瞬間、カミーアは意を決したように地面を蹴った。


ロッドが消えた闘技場へ向かって、駆け出す。


その小さな背中が闇に溶けていったあと――


石柱の影から、ひとりの男がゆっくりと姿を現した。


シャルクスだった。


シャルクス:「……ロッドさん。カミーア」


二人の名を、小さく呟く。


その瞳には、言葉にできない感情が揺れていた。


迷い。

後悔。

そして、まだ捨てきれない何か。


だが、彼は闘技場へは向かわなかった。


静かに目を伏せる。


そして――


シャルクスは闘技場とは反対の方向へ背を向け、ゆっくりと歩き出した。

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