第7話 動き出す因縁
カミーア:(……なんだろう)
胸の奥で、何かがざわめいていた。
痛みでもない。恐怖でもない。
けれど、妙に懐かしい感覚だった。
カミーア:(まるで……親父に稽古をつけられてるみたいだ)
脳裏に浮かぶのは、父――ロッドの姿。
「剣は言い訳を許さねぇ」
低く、厳しい声。
「折れるか、折られるかだ」
その言葉が蘇った瞬間。
カミーアの背筋に、熱が走った。
レックス:「これで終わりかなぁ?」
軽い調子の声が耳に届く。
挑発するように笑うレックスの顔が――
一瞬だけ、父の笑みと重なった。
その瞬間。
胸の奥で、何かが弾けた。
カミーア:「――ッ!」
世界が、白く染まる。
音が遠のく。
痛みも、疲れも、足の痺れも、膝の軋みも。
全部、どうでもよくなった。
視界に映るのは――ただ一人。
目の前に立つ、越えなければならない相手だけ。
カミーア:(いくぞ、親父)
次の瞬間。
カミーアは地を蹴った。
地面を裂くような踏み込み。
砂煙が爆ぜ、彼女の身体が一直線にレックスへ迫る。
ワッツ:「ンなわけねぇだろがー!」
同時に、ワッツも剣を構えた。
正眼。
迷いのない構え。
その気配に応じるように、レックスも静かに魔剣を構える。
レックス:「お先にどうぞ」
余裕の笑み。
二人が踏み出そうとした――その刹那。
カミーア:「でやあああああッ!!」
咆哮が、戦場を裂いた。
レックス:「な――っ!?」
爆ぜるような勢いで、カミーアが突っ込んでくる。
振り抜かれた剣閃は、まるで閃光。
レックスは咄嗟に身をひねり、辛うじてその一撃をかわした。
だが――
終わらない。
ガキン!
ガガン!
キィン!
次の瞬間には、嵐のような連撃が襲いかかっていた。
重く、速く、荒々しい。
けれど、ただの力任せではない。
剣筋の奥に、確かな意志がある。
ワッツ:「……っ!」
その迫力に、思わずワッツの足が止まった。
カミーアはレックスの魔剣を押さえ込み、刃と刃の隙間から鋭い視線を突き刺す。
カミーア:「――あたいの“宿命”って、なんだ」
レックス:「は?」
唐突な問いに、レックスの表情がわずかに崩れた。
カミーア:「ふざけんなよ……!」
怒号とともに、剣が振り下ろされる。
ガキィン!
火花が散り、砂煙が舞った。
レックス:「ちょ、ちょっと! なに言ってんだ、君は!」
受け止めながら、レックスが一歩、二歩と後退する。
カミーアの剣は止まらない。
怒りに任せているようでいて、踏み込みは鋭く、狙いは的確だった。
ワッツ:「カミーア……」
片眉を上げ、ワッツはその様子を見守る。
カミーア:「あんたが言ったんだろ――“親父ィ”!!」
叫びが、戦場に響き渡った。
レックス:「親父……?」
レックスの顔に、困惑が浮かぶ。
カミーアは剣を下段に構え直した。
じり、と間合いを詰める。
荒い息。
燃える瞳。
そこにあるのは、敵意だけではなかった。
怒り。
迷い。
そして、ずっと胸の奥で燻っていた問い。
それらすべてを叩きつけるように、カミーアはレックスを睨み据える。
レックス:「……錯乱してるのか……!」
焦りを滲ませながら、レックスはさらに一歩、後ろへ下がった。
――その時だった。
セドウィック:《眠りの精よ、行け》
静かな詠唱が、戦場に落ちた。
次の瞬間。
淡い光の粒が、ふわりと宙に舞い上がる。
それは風に乗り、雪のように静かにカミーアの体へ降り注いだ。
カミーア:「……ふ、ぅ……」
小さく息が漏れる。
張り詰めていた力が、すっと抜けた。
膝が崩れる。
カミーアの身体が、地面へ倒れ込もうとした――その瞬間。
レックス:「っと!」
レックスが素早く踏み込み、その身体を腕の中で受け止めた。
眠りに落ちたカミーアは、もう動かない。
荒く乱れていた呼吸だけが、かすかに残っている。
その一瞬を、ワッツは見逃さなかった。
ワッツ:「……!」
剣を構え直し、地面を蹴る。
だが――。
ゴォォォォッ!!
突風が、戦場を横殴りに吹き抜けた。
砂塵が舞い上がり、ワッツの視界を奪う。
踏み込んだ足が、わずかに止まった。
その風の中から――
一人の男が姿を現す。
長い外套をはためかせ、静かに歩み出るその姿は、まるで風そのものが人の形を取ったかのようだった。
セドウィック。
レックス:「セドウィックさん……!」
カミーアを抱えたまま、レックスが声を上げる。
その背後。
ワッツのもとへ、もう一つの影が近づいていた。
ブルトス:「ワッツ」
低い声。
振り返らずとも分かる。
ブルトスだった。
ブルトス:「撤収だ。これ以上は、やべぇ」
ワッツ:「……っ」
ワッツの拳が震えた。
奥歯を噛みしめ、剣の柄を握る手に力がこもる。
悔しさは、隠しようもなかった。
だが――。
やがて、ワッツはゆっくりと剣先を下ろした。
セドウィック:「彼女は預からせてもらうよ」
静かな声だった。
それから、穏やかな顔のまま続ける。
セドウィック:「返すつもりはないけどね」
その一言に、ワッツの目が鋭く光った。
ワッツ:「そいつの宿命ってぇのは……“黄金”のことか」
セドウィック:「そうだよ」
短い答え。
ただ、それだけ。
一瞬の沈黙が落ちる。
冷たい風が、二人の間を通り抜けた。
ワッツはじっとセドウィックを睨みつける。
セドウィックもまた、静かにその視線を受け止めていた。
やがて――。
ワッツ:「……そうか」
ぽつりと呟く。
それ以上、何も言わなかった。
ワッツは踵を返す。
ワッツ:「撤収だ! けぇるぞぉ!」
怒鳴り声が、街道に響き渡った。
その声を合図に、盗賊たちが一斉に退いていく。
ブルトスも短く息を吐き、ワッツの後に続いた。
やがて、砂煙の向こうに、彼らの背中は消えていった。
残されたのは、夕暮れの風と、静まり返った街道だけ。
レックス:「……どういうことです?」
カミーアを抱えたまま、レックスがセドウィックへ詰め寄る。
セドウィックは、遠ざかっていくワッツたちの背中を見送りながら、静かに口を開いた。
セドウィック:「君のところの“黄金”の件さ」
レックス:「黄金……」
セドウィック:「どうやら――因縁が動き出したようだね」
その言葉に、レックスの眉がぴくりと動く。
すぐに思い当たる顔があった。
レックス:「兄さんだな……また余計なことを」
呆れたように呟く。
セドウィックは、くすりと笑った。
セドウィック:「あのクリストファーらしいじゃないか」
レックス:「押し付けられる方の身にもなってくださいよ」
苦笑しながら、レックスは肩をすくめる。
腕の中のカミーアが、かすかに身じろぎした。
レックスは反射的に抱え直し、その顔を見下ろす。
眠る彼女の表情は、さっきまでの激しさが嘘のように静かだった。
セドウィック:「いいじゃないか」
柔らかな声だった。
セドウィックはカミーアへ視線を落とす。
セドウィック:「――さ、彼女を街まで連れて行こう」
レックス:「……はい」
短く頷く。
二人は背を向け、街道を歩き出した。
夕暮れの風が、ゆっくりと砂を撫でていく。
その背後で――。
誰もいなくなった戦場に、ただ風だけが残っていた。




