第5話 もう一人のアーポット
隊商の先頭――。
ワッツは軽やかに馬から飛び降りると、背に負っていた剣闘士の剣を抜き放った。
そして、周囲の盗賊たちへ短く顎をしゃくる。
それだけで、十分だった。
手下たちは即座に動き出し、後方の荷馬車へと散っていく。
その場に残ったのは、ワッツただ一人。
巨大な剣を片手で構え、真正面から迫ってくる男を待ち受けた。
ワッツ:「来たな……」
視界の先。
一直線に駆けてくるレックスの姿がある。
ワッツもまた、地面を蹴った。
互いに一直線。
二人の距離が、瞬く間に詰まっていく。
その瞬間――。
レックスの口元に、不敵な笑みが浮かんだ。
レックス:「とおぉぉっ!」
次の瞬間。
レックスは地面を強く蹴りつけ、宙高く跳び上がった。
ワッツ:「なにっ!?」
驚愕の声を置き去りに、レックスの身体が大きな弧を描く。
ワッツの頭上を。
盗賊たちの頭上を。
軽々と、飛び越えていった。
そしてそのまま、後方の荷馬車を襲っていた盗賊たちの真っ只中へ舞い降りる。
着地と同時に、レックスの手が腰の剣へ伸びた。
指先が柄に触れる。
ゆっくりと鞘が滑り――。
青白く輝く刃が、姿を現した。
レックスは魔剣を大きく振りかざす。
豪快でありながら、どこか舞のように滑らかな動きだった。
レックス:「唸れ、レディの剣!」
次の瞬間。
レックスは地を蹴り、一気に間合いを詰めた。
盗賊たちの間を風のように駆け抜ける。
魔剣が、青白い軌跡を描いて閃いた。
盗賊:「ぐぇっ!?」
鈍い呻きが連鎖する。
三人の盗賊が、まるで糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
盗賊:「野郎……!」
周囲の盗賊たちが、一斉にレックスへ殺到する。
レックス:「おっと」
迫ってきた盗賊の顔を、レックスは片手で鷲掴みにした。
そのまま軽々と持ち上げ――。
後ろから突っ込んできた別の盗賊へ、豪快に投げつける。
盗賊:「ぐっ……!」
二人まとめて地面へ転がった。
それを見届ける間もなく、レックスは返す刀で迫る盗賊を斬り伏せていく。
その時だった。
ワッツ:「どけぇぇぇっ!!」
戦場に、獣の咆哮が轟いた。
その声だけで、レックスと盗賊たちの動きが一瞬止まる。
全員の視線が、一斉に向けられた。
そこには――。
剣闘士の剣を抱え、一直線に突進してくるワッツの姿があった。
ガシンッ!!
レックスの魔剣と、ワッツの剣闘士の剣が激突する。
火花が弾けた。
互いに一歩も引かない鍔迫り合い。
ワッツはぐいと剣を押し込み、レックスの動きを封じる。
その一瞬。
ワッツの鋭い視線が、周囲へ飛んだ。
目配せ。
それだけで十分だった。
盗賊たちは即座にレックスから距離を取り、四方へ散開する。
狙いをキャラバンへと変え、一斉に襲いかかった。
レックス:「へぇ。お前がお頭か」
鍔迫り合いを外すと同時に、レックスはワッツへ剣を振り下ろす。
ワッツ:「おうよ。テメェが噂の凄腕か」
ワッツは紙一重でそれをかわし、不敵に笑った。
レックス:「いやあ、噂の凄腕ってほどじゃないけどね……」
途端に、レックスは顔を赤くして、ばつが悪そうに後頭部をかいた。
ワッツ:(いまだ……!)
その一瞬の隙を、ワッツは逃さなかった。
地面を蹴る。
電光石火の斬撃が、レックスへ走った。
――だが。
ワッツ:「!」
寸前で、ワッツは足を止めた。
反射的に身体をのけぞらせる。
ズバァァァッ!!
青い斬撃が、風を裂いて鼻先をかすめていった。
ワッツ:「あぶねぇ……」
ワッツは大きく後方へ飛び退き、額に滲んだ冷や汗を手の甲で拭った。
ワッツ:「ふざけた野郎だぜ……」
睨みつけながら、低く吐き捨てる。
レックス:「腕前を見せてやっただけさ。ちょっとだけね」
レックスは魔剣を肩に担ぎ、どこか楽しげに笑った。
ワッツ:「噂以上ってわけかい」
ワッツの口元も、同じように歪む。
そして――。
剣闘士の剣を、ゆっくりと構え直した。
次の瞬間。
ワッツは再び、レックスへ向けて突進した。
レックス:「さっさと帰った方が身のためだよ」
激しく剣を打ち合わせながら、レックスはまるで世間話でもするような調子で言った。
ワッツ:「敵の心配してる場合かよ。味方の心配でもしてな」
ワッツは鼻で笑い、さらに踏み込む。
剣闘士の剣が唸りを上げ、重い斬撃が次々とレックスへ襲いかかった。
レックス:「……」
レックスは魔剣を軽やかに操り、その猛攻を受け流していく。
刃と刃がぶつかる合間。
彼はちらりと、周囲へ視線を滑らせた。
――その時。
護衛隊の隊長が、迫る盗賊を鮮やかな剣さばきで斬り伏せた。
盗賊:「ぐはっ……!」
血飛沫が宙に散る。
隊長はすぐさま荷馬車へ駆け寄った。
荷台から略奪品を抱えて飛び出してきた二人の盗賊。
その前に立ちはだかり、容赦なく剣を振るう。
盗賊:「ぐっ……!」
二人は呻き声とともに地面へ崩れ落ちた。
手から離れた略奪品が、無惨に転がる。
隊長:「ふう……」
荒い息を吐き、隊長は周囲を見渡した。
護衛たちは必死に盗賊たちを食い止めている。
だが、その隙を突くように、別の盗賊たちが荷台へ飛び乗り、次々と荷を奪っていた。
隊長:(こいつら……やけに連携が取れてやがる)
苛立ちが、胸の奥でじりりと焦げつく。
そこへ、二人の護衛が駆け寄ってきた。
隊長:「行くぞ」
短い一言。
二人の護衛は、力強く頷いた。
三人は、略奪の続く荷馬車へ向かって一斉に駆け出す。
レックス:(こりゃ……まいったな)
レックスの脳裏に、嫌な予感がよぎった。
思ったより、被害が大きい。
そう判断した、その瞬間――。
ワッツ:「勝ちゃあいいんだよ。勝ちゃあな!」
ワッツは不敵に笑い、剣闘士の剣をさらに豪快に振るった。
レックス:「……仕方ない」
レックスはその斬撃を受け流すと、地面を蹴って大きく後方へ跳んだ。
距離を取る。
そして、魔剣を構え直した。
レックス:「確かに、悠長にやってる場合じゃなさそうだ」
その表情が、すっと引き締まる。
先ほどまでの飄々とした気配が、わずかに薄れた。
レックス:「速攻でいかせてもらうよ」
――その瞬間。
カミーア:「アーポットォォォーーーッ!!」
空を切り裂くような絶叫が、戦場に響き渡った。
レックス:「……なんだ?」
レックスは眉をひそめ、思わず空を見上げる。
ワッツ:「カミーア!?」
ワッツも目を見開いた。
二人の視線の先。
そこには――。
剣を振りかざしたカミーアが、空から一直線にレックスめがけて舞い降りてくる姿があった。




