第3話 頼れる剣士とエルフの精霊使い
真昼を少し過ぎたロメオドス街道。
頭上にあった太陽は、ゆっくりと傾き始めていた。
乾いた土の匂いが漂う道を、十台の荷馬車が列をなして進んでいく。
ぎし、ぎし、と車輪が軋む。
ゆっくりと。
だが確実に。
長く伸びたその隊列は、遠目には荒野を這う巨大な蛇のようにも見えた。
荷馬車には、それぞれ二、三人の商人が付き添い、馬が歩を進めている。
さらにその周囲を固めるのは、十五人ほどの屈強な護衛たち。
なかなかの大所帯だった。
その先頭付近で――。
商人:「隊長」
馬に跨った商人の一人が、護衛隊の隊長へ声をかけた。
呼ばれた隊長は手綱を緩め、振り返る。
商人:「予定より、だいぶ遅れているようだが? この調子では、日が暮れる前に着
けるかどうかも怪しいぞ」
露骨に不満げな顔だった。
眉間に皺を寄せ、苛立ちを隠すつもりもない。
隊長:「……お気持ちは分かります。ですが」
隊長は困ったように表情を曇らせる。
隊長:「この辺りは、いつ賊が出てもおかしくない危険地帯です。急ぎすぎれば、それこそ命取りになります。どうか、ご理解を」
丁寧な説明だった。
しかし、商人の顔は晴れない。
商人:「だがな、これ以上遅れれば商売に響く。客にも迷惑がかかるんだ。どうにか
ならんのか?」
隊長は小さく息を吐いた。
ほんの少しだけ考え込む。
隊長:「……分かりました。少しだけ速度を――」
言いかけて、顔を上げた。
その瞬間。
商人の表情が、凍りついていた。
隊長:「……?」
商人は空を見上げたまま、目を見開いている。
口をぱくぱくと動かしているが、声になっていない。
つられるように、隊長も視線を上げた。
隊長:「なっ……!」
空が、赤かった。
視界を埋め尽くすほどの火矢。
無数の赤い軌跡が、雨のように降り注いでくる。
隊長:「敵襲だああああっ!! 止まれぇぇぇぇ!!」
怒号が街道を震わせた。
ヒヒィィン!!
馬たちが一斉に嘶き、前脚を跳ね上げる。
荷馬車が軋み、隊列が大きく乱れた。
蹄の音が、乾いた道にばらばらと打ちつけられる。
その混乱の中――。
キャラバン後方から、澄んだ声が飛んだ。
セドウィック:「火の精霊よ、頼む!」
馬上で身を起こした、一人のエルフ。
セドウィックが片手を掲げた瞬間、空気がびりっと震えた。
彼の魔力に呼応するように、空を覆っていた火矢の群れが揺らぐ。
そして――。
ボシュッ!!
乾いた音を立てて、火矢が次々と燃え尽きた。
赤い光は煙のようにほどけ、空へ溶ける。
一瞬で、何も残らない。
街道に静寂が落ちた。
だが、その静けさは長く続かなかった。
ワッツ:「いくぞぉぉぉ!!」
盗賊団員:「おおおおおおおお!!」
丘の向こうから、咆哮が轟いた。
次の瞬間。
砂煙を巻き上げ、武器を掲げた男たちが一斉に姿を現す。
四十。
いや、五十近い。
血に飢えた盗賊たちが、獣の群れのように街道へなだれ込んできた。
隊長:「……来たか」
隊長は低く呟き、周囲を見渡した。
護衛たちはすでに剣を抜き、槍を構えている。
馬も、どうにか落ち着きを取り戻していた。
だが――。
荷馬車の陰では、商人たちが青ざめた顔で震えている。
隊長:(……まあ、無理もないか)
その時だった。
レックス:「隊長!」
若い剣士が馬から飛び降り、剣を携えて駆け寄ってくる。
隊長:「おお、レックスか」
その顔に、わずかな安堵が浮かんだ。
レックス:「俺とセドウィックさんで、主力を抑えます。隊長は商人と荷馬車の守りを!」
隊長は迷わず頷いた。
隊長:「頼んだぞ。奴らの勢いを止めてくれ」
レックスは剣を軽く肩に担いだ。
そして、にやりと笑う。
レックス:「任せてください」
ひゅう、と乾いた風が吹き抜ける。
レックスは迫り来る盗賊たちを見据えたまま、ぽつりと言った。
レックス:「俺、宿屋の親父なんでね――」
その声は軽い。
けれど、不思議とよく通った。
レックス:「人を止めるのは、得意なんです」
その瞬間。
戦場の空気が、わずかに冷えた気がした。
砂煙を巻き上げながら、バンブス盗賊団がキャラバン隊へ突進してくる。
まるで獲物を見つけた猛獣の群れだった。
その進路の先――。
逆方向から、二つの影が疾風のように駆けてくる。
一人は、鋭い眼光を宿した若き剣士。
もう一人は、風の精霊をまとったエルフの魔術師。
ワッツ:(来やがったな……やっぱり、あの二人か)
ワッツは馬上で目を細め、その姿を見据えた。
最近、盗賊団の仕事をことごとく邪魔している凄腕の冒険者。
間違いない。
――あいつらだ。
ワッツ:「分かってんだろうなぁ、カミーア!」
並走する馬の上から、ワッツが怒鳴った。
カミーア:「……分かってる」
カミーアはちらりとワッツを一瞥し、淡々と答える。
その声に迷いはない。
ワッツ:「散れぇっ!!」
怒号と同時に、ワッツは手綱を強く引いた。
馬の進路が、大きく右へ切れる。
カミーア:「はっ!」
カミーアも無駄のない手綱さばきで、反対側――左へと馬首を向けた。
それを合図にしたかのように、後続の盗賊たちが一斉に動く。
ワッツとカミーアを中心に、群れが左右へ割れた。
砂煙が広がる。
盗賊団は大きな波のように左右へ流れ、そのままキャラバン隊を呑み込むように迫っ
ていった。
レックス:「――っと、止まれぇ!」
目の前まで迫っていた盗賊の塊が、突然、ざあっと左右へ散った。
まるで、波が岩を避けるように。
あまりに異様な動きだった。
レックスは思わず手綱を引き、馬を急停止させる。
レックス:「お、おい……?」
少し後方を走っていたセドウィックも、慌てて手綱を引いた。
盗賊たちは二人を避けるように進路を変え、そのまま一直線にキャラバン隊へ向かっていく。
レックス:「どうどうどう……よしよし」
レックスは馬から飛び降りると、落ち着かせるように首筋を撫でた。
それから、ゆっくりと背後を振り返る。
その視線の先。
盗賊団は、すでに動き終えていた。
乱暴な突撃に見えて、その動きは妙に整っている。
左右へ広がった盗賊たちは、あっという間にキャラバン隊の周囲へ回り込み、包囲を作り上げていた。
レックス:「なるほど……そう来ましたか」
セドウィック:「賊にしては、なかなかの統率だね」
セドウィックが感心したように肩をすくめる。
レックスも苦笑した。
だが、その顔から余裕が消えるのは早かった。
二人は、互いに目を合わせる。
言葉はいらない。
レックスは右へ。
セドウィックは左へ。
次の瞬間、二人は同時に地面を蹴った。
砂煙が跳ね上がる。
疾風のように駆け出した二人は、それぞれ別々の方向から、盗賊の群れへと突っ込ん
でいった。




