第2話 バンブス盗賊のお仕事事情
見晴らしのいい、小高い丘の上だった。
草原を渡る風が、ざわりと草を撫でていく。
遠くの地平線には、キャラバンの帆が見えた。
風を受け、ゆらゆらと揺れながら、こちらへ向かって進んでいる。
ワッツは無骨な望遠鏡を片手に、その一団をじっと見据えていた。
丘の周囲では、盗賊団の連中が襲撃の準備に追われている。
剣を研ぐ音。
荷を運ぶ荒っぽい足音。
獲物を前にした、低い笑い声。
だが――誰一人として、ワッツに近づこうとはしなかった。
その背中には、近寄るなと言わんばかりの空気があった。
そんな中で、ただ一人。
カミーアだけが、ゆっくりとワッツのもとへ歩み寄った。
何も言わず、少し離れた後ろで足を止める。
ワッツ:「……俺は、仕事まで手ぇ出せとは言ってねぇぞ」
望遠鏡から目を離さないまま、ぼそりと呟く。
カミーア:「勝手に来ただけだ」
つっけんどんな返事。
けれど、その声はいつものようには尖っていなかった。
カミーアは視線を足元へ落としたまま、風に揺れる前髪で表情を隠している。
ワッツ:「そうかい」
吐き捨てるように言って、ワッツは再びレンズの向こうへ意識を戻した。
遠くに見えるキャラバン。
獲物だ。
カミーア:「……手強いのがいるんだろ?」
ぽつり、と。
風の音に紛れそうな声だった。
けれど、かすかに震えていた。
ワッツは望遠鏡を覗いたまま、ゆっくりと目を離す。
ワッツ:「誰から聞いた」
カミーア:「……ジャンから」
ワッツは横目でちらりとカミーアを見た。
彼女の肩は、わずかに強張っている。
まるで、逃げ出したいのを必死に堪えている獣のように。
――いつも、ワッツと向き合うときのカミーアだった。
ワッツ:「だから、なんだ」
ぶっきらぼうに言い捨て、再び望遠鏡を覗く。
ワッツ:「オメェには関係ねぇだろ」
カミーア:「……関係ないから来たんだ」
珍しく、食い下がった。
震える声で。
ワッツ:「ああ?」
不機嫌そうに眉をひそめる。
カミーアは顔を上げない。
けれど、逃げもしなかった。
カミーア:「……頭は、お前だ」
小さな声だった。
カミーア:「悔しいけど……親父が選んだんだ」
ワッツ:「……」
返事はなかった。
丘の上を、風が吹き抜けていく。
草が波のように揺れ、遠くのキャラバンの帆がまたひとつ、大きく傾いた。
カミーアはそれでも顔を上げないまま、ぽつりと続ける。
カミーア:「言いたいことは、それだけだ」
一拍置いて。
カミーア:「邪魔したな」
くるりと踵を返す。
そのまま、とぼとぼと歩き出した。
小さな背中が、少しずつ遠ざかっていく。
そのとき――
ワッツ:「……フッ」
短い笑い声が、風に混じった。
ワッツは望遠鏡を下ろし、口元を歪める。
ワッツ:「リベリアに、ずいぶん鍛え上げられたじゃねぇか」
振り返りはしない。
ただ、去っていくカミーアの背中へ向けて、低く言葉を投げた。
カミーア:「……」
去りかけた足が、ふと止まった。
振り返ったカミーアの視界に、黒い影が飛び込んでくる。
ヒュッ――。
反射的に腕が動いた。
パシッ。
手の中に収まったのは、ワッツが使っていた無骨な望遠鏡だった。
ワッツ:「一番ケツにいる、栗毛の剣士とエルフだ」
ワッツは顎で、遠くのキャラバンの最後尾を示す。
カミーアは何も言わず、望遠鏡を目に当てた。
レンズの向こうで、キャラバンの列がゆっくりと揺れている。
風を受けてはためく帆。
軋む荷馬車。
その周囲を固める護衛たち。
カミーアはワッツの示した先を探るように、望遠鏡を少しずつ動かした。
そして――。
ぴたり、と。
その動きが止まった。
ワッツ:「おそらく、邪魔になるのはその二人だ」
横から、ワッツの声が飛ぶ。
だが、カミーアは答えなかった。
望遠鏡を覗いたまま、まるで時間を忘れたように固まっている。
カミーア:「……あいつは……」
かすれた声が、唇からこぼれた。
風に紛れて消えてしまうほど、小さな声だった。
ワッツ:「カミーア!」
怒鳴り声が飛ぶ。
カミーア:「あっ……悪い!」
はっとして、カミーアは望遠鏡から顔を離した。
ワッツ:「いいか、カミーア」
ワッツは面倒そうに息を吐き、それでも視線はキャラバンから逸らさない。
ワッツ:「俺の見立てじゃ、その二人を抑えりゃ勝てる」
カミーア:「そ、そうか」
ぎこちなく頷く。
落ち着かない様子で、指先が望遠鏡の縁を何度もなぞっていた。
カミーア:「それじゃあ……あたいが栗毛の方を引き受けるよ」
顔をそむけるようにして、そう言った。
だが。
ワッツ:「ダメだ」
返事は即座に返ってきた。
カミーア:「……」
ワッツ:「栗毛は、俺の獲物だ」
低く、鋭い声だった。
そこに譲る気配はない。
ワッツ:「オメェがやるなら、エルフの方をやれ」
カミーア:「……わかったよ」
項垂れるように頷く。
返事はした。
けれど、明らかに納得していない顔だった。
ワッツはその様子を横目で見て、怪訝そうに眉をひそめる。
だが――。
そのとき、遠くでキャラバンが動き始めた。
休憩が終わったのだ。
荷馬車が軋み、護衛たちが列を整える。
帆が風を受け、ゆっくりと前へ進み出した。
ワッツ:「行くぞ」
短く告げると、ワッツはカミーアから離れた。
そのまま盗賊団の方へ歩き出し、次々と指示を飛ばしていく。
男たちのざわめきが一気に大きくなった。
武器を取る音。
馬を引く声。
襲撃前の、ざらついた熱気。
準備が動き出す。
その背中を見送りながら――。
カミーアは、もう一度キャラバンへ視線を向けた。
カミーア:「……なんで……」
ぽつりと呟く。
見ているのは、キャラバンの最後尾。
そこにいる、栗毛の剣士。
カミーア:「あいつが……ここに……」
草原を渡る風が、彼女の声をさらっていった。




