第1話 回想:祭りの後の出来事
カミーア:「……そんな」
目の前の光景に、カミーアは声を失った。
信じたくない現実が、逃げ場もなく視界いっぱいに広がっている。
ワッツが振り下ろした剣闘士の剣は、ロッドの屈強な肩から胸元
までを、深々と斬り裂いていた。
次の瞬間――
ドバッ!!
鮮血が噴き上がった。
赤い飛沫が、闘技場の土を濡らす。
ワッツ:「ハア……ハア……ハア……!」
ワッツは獣のように荒い息を吐きながら、全身の筋肉を震わせていた。
そして――
ズズッ……。
肉を裂く嫌な音を立てながら、剣闘士の剣をロッドの身体から引
き抜く。
ドサリ。
糸の切れた操り人形のように、ロッドの巨体が地面へ崩れ落ちた。
舞い上がった土埃が、その姿をぼやけさせる。
カミーア:「お、親父ぃ――っ!!」
叫んだ時には、カミーアはもう走り出していた。
倒れた父のもとへ駆け寄り、転がるように膝をつく。
震える手でロッドの肩を掴み、顔を覗き込んだ。
だが――。
ロッドの瞳は、ただ虚空を見つめていた。
もう、二度と瞬きをすることはない。
カミーア:「……っ、う……」
声にならない嗚咽が、喉の奥から漏れた。
その背後で、ワッツは片膝をついたまま、荒れた呼吸を必死に整えていた。
闘技場には血の匂いが満ちている。
先ほどまでの歓声の名残だけが、耳の奥でまだざわざわと鳴っていた。
やがて。
ぼやけていた意識が、ゆっくりと輪郭を取り戻していく。
ワッツ:(……俺は……)
ワッツは、ゆっくりと顔を上げた。
視界に入ったのは、地に伏したロッド。
そして、その傍らで泣き崩れるカミーアの姿だった。
ワッツ:(……ケッ。ざまぁねぇな、ロッド)
唇の端が、わずかに歪む。
ワッツ:(俺を嵌めた……その報いだ)
ワッツは剣闘士の剣を地面に突き立てた。
その柄を支えにして、ゆっくりと立ち上がる。
肩で息をしながら、周囲を見渡した。
闘技場を埋め尽くす観衆たちが――。
一斉に、ワッツを見ていた。
誰も声を出さない。
息を潜め、次の瞬間を待っている。
ワッツ:(……仕方ねぇ)
ワッツは拳を握りしめた。
ワッツ:(やってやるよ。ロッド)
そして――。
血に濡れた闘技場の中央で、拳を高々と突き上げた。
ワッツ:「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
喉が裂けるほどの雄叫びが、闘技場に轟いた。
一瞬の静寂。
そして次の瞬間――。
「ワッツ! ワッツ! ワッツ! ワッツ!」
割れんばかりの歓声が爆発した。
熱狂の波が、闘技場を揺らす。
地鳴りのようなコールが、勝者の名を、何度も何度も叩きつける。
それはまるで、新たな盗賊団の頭領の誕生を告げる鐘の音だった。
ワッツはその熱狂に応えるように、両腕を高々と振り上げる。
――その時。
カミーア:「ワアァァァァァァァッツ!!」
歓声の嵐を切り裂いて、怒号が響いた。
観衆が一斉に振り向く。
その視線の先にいたのは――剣を握りしめ、怒りに顔を染めたカミーアだった。
獣のような勢いで、ワッツへ突っ込んでいく。
ざわめきが、一瞬で消えた。
闘技場は水を打ったように静まり返る。
ワッツ:「カミーア!」
ワッツが振り返った、その瞬間――
ギィンッ!!
鋭い剣閃が、首元を狙って走った。
ワッツは咄嗟に身体をひねり、紙一重で刃をかわす。
その刹那――。
「おおおおおおおっ!!」
観衆が再び沸き立った。
新たな戦いの始まりに、闘技場はまた狂乱の熱へと呑まれていく。
カミーアの怒りは、止まらなかった。
振るわれる剣は嵐のように、ワッツへ襲いかかる。
休む間もない連撃。
一撃、一撃に、怒りと悲しみが叩き込まれていた。
カミーア:「力を見せつけるだけで、よかったんだろッ!」
怒声とともに、剣が空気を裂く。
カミーア:「殺す必要……なかったのにィ!」
振り下ろされる刃。
ワッツは一瞬だけ、地面に突き立てた剣闘士の剣へ視線を向け
た。
だが――。
カミーアの猛攻は、その一瞬すら許さない。
ワッツ:(無理か……なら――)
次の瞬間。
ワッツは雷のような速さで踏み込んだ。
カミーアが剣を振り下ろす、その刹那。
ガシッ!!
ワッツの手が、剣を振り抜こうとするカミーアの腕を掴む。
同時に、もう片方の手が彼女の顎を捉えていた。
そのまま、軽々と持ち上げる。
カミーア:「ぐっ……!」
顎を掴む手に力が込められ、カミーアの顔が苦痛に歪んだ。
ワッツ:「やらなきゃ、やられてたんだよ」
低く、冷えた声が落ちる。
ワッツ:「こっちがな」
カミーア:「だったら……」
宙に浮かされたまま、それでもカミーアはワッツを睨みつけた。
カミーア:「あたいもやれよ」
ワッツ:「やらねぇよ」
あっさりと言い切り、ワッツは手を離した。
ドサッ。
カミーアの足が、地面を打つ。
カミーア:「……なんでだよ」
呻くように問いかける。
ワッツは肩をすくめた。
ワッツ:「オメェは、いい女になりそうだからな」
にやりと笑う。
ワッツ:「生かしといてやるよ」
カミーア:「誰がお前の女に――」
言いかけて、カミーアははっとしたように顔を赤らめた。
ワッツ:「誰も、オメェに俺の女になれなんて言ってねぇよ」
カミーア:「……っ」
悔しさに、剣を握る拳へ力がこもる。
ワッツは、もう興味を失ったように背を向けた。
ワッツ:「俺を殺したきゃ、いつでも殺しに来い」
振り返らずに言う。
ワッツ:「オメェには無理だろうがな」
それだけ言い残し、ワッツは歩き出した。
カミーア:「……ちくしょう」
唇を噛みしめる。
だが、身体は動かなかった。
遠ざかっていくワッツの背中を、ただ睨みつけることしかできない。
――その時。
リベリア:「いつまで、しょげてんだい」
背後から声が飛んだ。
カミーアはゆっくりと振り向く。
カミーア:「……リベリア」
そこには、腕を組んだリベリアが立っていた。
リベリア:「来な」
それだけ言って、リベリアはカミーアの横をすり抜ける。
闘技場の出口へ向かって歩き出した。
リベリア:「あたいが鍛え直してやる」
カミーア:「……」
カミーアは立ち尽くしたまま、動けなかった。
胸の奥で、迷いが重く渦巻いている。
リベリア:「なにやってんだい」
苛立った声が飛ぶ。
リベリアは振り返り、鋭く睨みつけた。
リベリア:「今のままでいいなら、別についてこなくていいさ」
それだけ言うと、再び歩き出す。
カミーアは、遠くへ視線を向けた。
そこには――。
立ち止まり、こちらを見ているワッツの姿があった。
カミーア:「……いいわけ、ないか」
ぽつりと呟く。
自分に言い聞かせるように。
そして、踵を返した。
カミーア:「待って、リベリア!」
カミーアは駆け出した。
リベリアの後を追い、闘技場の出口へ向かう。
その背中を、ワッツは遠くから黙って見送っていた。
その時――。
マクベル:「リベリアは、カミーアについたか」
マクベル、ハーディッシュ、グリルドの三人が、ワッツのもとへ歩み寄ってきた。
ワッツ:「オメェらは、俺についてくれるのか?」
探るように問いかける。
マクベルは肩をすくめた。
マクベル:「まさか」
あっさりと答える。
マクベル:「託されたのは、お前とシャル坊だ」
そして、軽く手を振った。
マクベル:「後は頑張れ」
ワッツ:「……そう言うと思ったよ」
ワッツとマクベルは顔を見合わせ、くくっと笑った。
ハーディッシュ:「でも結局、お頭には勝てなかったな。ワッツ」
からかうように、ハーディッシュが口を挟む。
ワッツ:「あの世でリベンジするさ」
ワッツは、遠ざかっていくカミーアとリベリアの背中を見ながら呟いた。
それから、口元をわずかに歪める。
ワッツ:「……まだ、くたばらねぇけどな」
その声には、かすかな笑みが混じっていた。




