第12話 バカだからできること
シド:「クリス君」
アーポット亭の扉が開き、シドが姿を現した。
次の瞬間、その手から何かが放り投げられる。
くるくると宙を回る、一本の杖。
クリスは振り返り――
パシッ。
危なげない手つきで、それを受け止めた。
シド:「レックスがいねぇからな」
腕を組み、シドはにやりと笑う。
シド:「オメェが音頭を取るんだ」
クリス:「えっ……?」
一瞬、クリスはぽかんとした。
だが、シドの笑みを見た瞬間、その意味を悟る。
シド:「久々に見せてくれ」
口角を上げ、シドは告げた。
シド:「ソード・ダンスを」
その言葉に、クリスの表情がぱっと明るくなった。
クリス:「……わかりました」
満面の笑みを浮かべ、クリスは杖を掲げる。
その横で、ワードックが呆れたように肩をすくめた。
ワードック:「誰もソードは持っとらんけどな」
クリスはくすりと笑う。
クリス:「そういえば、そうですね」
シド:「細けぇことはいいんだよ」
そう言って、シドは肩にかけていたリュートをミアラへ放った。
ミアラはそれを両手で受け取ると、得意げに掲げる。
クリス:「ミアラさん。一曲頼むよ」
ミアラ:「あいよ!」
弦に指先が添えられる。
クリスは一歩前へ出た。
その背に、リーアとワードックが並ぶ。
ワードックは戦斧を。
リーアは短剣を。
クリスは杖を。
三人の武器が、同時に空へ掲げられた。
そして――
キンッ。
空中で、三つの武器が交差する。
その瞬間。
ミアラのリュートが、軽快な旋律を奏で始めた。
弾むような音色が、戦場に響き渡る。
クリス:「さあ――始めようか」
四人の声が重なった。
クリス・リーア・ワードック・ミアラ
「「「「ソーーーーード・ダンス!!」」」」
次の瞬間――。
クリス:「《雷よ!》」
杖の先端に、まばゆい光が集まった。
白銀の電光が唸りを上げて凝縮し、限界まで膨れ上がる。
そして。
バリバリバリッ!!
轟音とともに、稲妻が四方へ弾けた。
雷光が空を裂く。
幾筋もの稲妻が蛇のようにうねり、傭兵たちの頭上へ降り注いだ。
ロイドス:「なっ……!」
傭兵たちがひるんだ。
その一瞬を、三人は逃さない。
ミアラのリュートが、さらに速く鳴り響く。
軽快な旋律に背中を押されるように――
クリス、リーア、ワードックが同時に飛び出した。
クリス:「《雷よ!》」
クリスは踊るように傭兵たちの間を駆け抜ける。
杖をひと振りするたび、雷撃が走った。
バリッ!!
バチィッ!!
閃光が弾け、傭兵たちの身体を撃ち抜く。
鎧越しに電流が走り、男たちは悲鳴を上げる暇もなく膝から崩れ落ちた。
リーア:「ハッ!」
その雷光の中を、リーアが駆ける。
速い。
あまりにも速い。
二本の短剣が銀の軌跡を描き、傭兵たちの間をすり抜けていく。
シュッ!
ザッ!
刃が閃くたびに、武器が弾かれ、鎧の隙間が斬り裂かれる。
リーアは足を止めない。
まるで旋律そのものに乗っているかのように、身を翻し、跳び、斬り抜けていく。
ワードック:「おりゃあああっ!!」
そして、正面から戦場を叩き割るのはワードックだった。
片腕で振るわれる巨大な戦斧。
だが、その一撃は片腕とは思えぬほど重い。
傭兵の剣を受け流し――
ドガン!!
そのまま横薙ぎに吹き飛ばす。
ワードック:「次じゃあ!」
戦斧が唸る。
地を踏みしめるたび、石畳がきしむ。
傭兵たちは次々と襲いかかるが、ワードックの前ではまるで紙の盾だった。
ミアラ:「ほらほら、足止めるんじゃないよ!」
リュートの音色が跳ねる。
その旋律に合わせて、クリスの雷が走り、リーアの短剣が舞い、ワードックの戦斧が
唸る。
それは、ただの戦闘ではなかった。
雷と刃と斧。
そして音楽が一つになった、荒々しくも鮮やかな舞。
クリス:「《雷よ!》」
再び雷光が弾けた。
白い閃光が戦場を昼のように照らす。
その光の中で、傭兵たちは完全に翻弄されていた。
どこから攻撃が来るのか分からない。
身構えた先には誰もおらず、振り返った瞬間には雷が落ちる。
逃げようとすれば、リーアの短剣が行く手を塞ぐ。
踏み込もうとすれば、ワードックの戦斧がまとめて薙ぎ払う。
一人。
また一人。
傭兵たちはなすすべもなく、地面へ沈んでいった。
ミアラのリュートが、最後に高く鳴り響く。
キィン――。
余韻が、アーポット亭の前に広がった。
その中心で、クリスは杖を軽く回し、静かに構える。
クリス:「さて」
雷光の名残が、彼の眼鏡にきらりと反射した。
クリス:「まだ踊りたい人はいるかな?」
混乱の渦の中――。
一人の傭兵が、こっそりとアーポット亭の玄関へ近づいていた。
見るからにガラの悪い男だった。
周囲では雷光が弾け、刃と刃が打ち合わされ、怒号と悲鳴が飛び交っている。
その騒ぎに紛れ、男は身を低くしながら、そろりそろりと扉へ近づいていく。
ガラの悪い傭兵:(へへ……黄金さえ手に入れりゃあ……)
口元に、下卑た笑みが浮かんだ。
――その瞬間。
リーア:「あっ、待ちな!」
リーアの鋭い声が飛んだ。
すぐさま傭兵へ向かって駆け出そうとする。
だが――。
ボガッ!!
玄関の扉が、内側から勢いよく開いた。
次の瞬間。
傭兵の顔面に、巨大な拳がめり込んでいた。
ガラの悪い傭兵:「グエェぇぇっ!!」
鈍い音が響き、男の身体が宙を舞う。
まるで紙くずのように吹き飛ばされた傭兵は、そのまま地面を転がり、ぴくぴくと痙
攣した。
扉の向こうから現れたのは――。
昼間、宿で見かけた大柄な戦士だった。
その姿を見て、リーアは思わず足を止める。
リーア:「あんたは……」
大柄の戦士:「おお、女将」
戦士は豪快に笑い、親指を立ててみせた。
大柄の戦士:「ずいぶん面白ぇことしてるじゃねぇか」
にやりと口元を吊り上げる。
大柄の戦士:「俺も混ぜろや」
リーアは一瞬だけ目を丸くし――すぐに、にやりと笑い返した。
リーア:「当宿屋のサービスでございます」
軽く一礼する。
リーア:「――存分にご堪能くださいませ」
その笑顔は、間違いなく心の底から楽しんでいる者の顔だった。
そのとき――。
アーポット亭の奥から、次々と扉の開く音が響いた。
バン!
ガタン!
「おい、なんだこの騒ぎは!」
「表で喧嘩か!?」
「面白そうじゃねぇか、行くぞ!」
宿に泊まっていた冒険者たちが、次々と外へ飛び出してくる。
剣士。
魔導士。
弓使い。
斧を担いだ戦士に、槍を手にした女冒険者。
誰一人として、状況を細かく尋ねようとはしなかった。
アーポット亭が襲われている。
それだけで、彼らには十分だった。
冒険者たちは武器を手に、迷うことなくクリスたちの側へ加勢する。
その勢いは、すさまじかった。
傭兵たちは次々と打ち倒されていく。
さっきまでアーポット亭を包囲していたはずの陣形は、みるみるうちに崩れていった。
圧倒的な数の優位など――。
もはや、跡形もなかった。
ロイドス:「ちょ、ちょっと……これは、まずいですよ……!」
少し離れた場所から戦況を見ていたロイドスの額に、冷や汗がにじむ。
完全な形勢逆転。
それを悟った瞬間、ロイドスはそっと後ずさった。
ロイドス:「ふふ……」
周囲に集まり始めた野次馬の群れへ、するりと紛れ込む。
ロイドス:「退くのも、戦術のうちですからね……!」
小声でそう呟くと、何食わぬ顔でその場を離れていった。
そして――。
戦いは終わった。
クリス:「みなさーーん!」
クリスが杖を高く掲げる。
クリス:「やりましたよーーー! 僕らの勝利ですっ!」
その声が、夜空へ高く響いた。
アーポット亭を取り囲んでいた傭兵団は、すでに影も形もない。
倒れた者は引きずられ、動ける者は尻尾を巻いて逃げ出していた。
その光景に――。
冒険者たちと街の住人たちが、一斉に歓声を上げた。
「おおおおおっ!!」
「やったぞー!」
「アーポット亭の勝ちだ!」
拍手と歓声が、夜のレクリコスに響き渡る。
まるで祭りのような騒ぎだった。
シャルクス:「……なんだ、このバカ騒ぎは」
その喧騒から少し離れた場所で、シャルクスは腕を組んだまま、ぼそりと呟いた。
シャルクス:「祭りじゃないんだぞ」
すると隣で――。
シドが肩を揺らして笑った。
シド:「祭りさ」
軽く顎を上げ、騒ぎの中心を見る。
シド:「この街じゃ、こんなことは日常茶飯事なんだよ」
シャルクス:「……」
シャルクスは眉をひそめた。
アーポット亭の従業員だけではない。
そこに泊まる冒険者たちも。
集まってくる街の住人たちも。
このレクリコスという街そのものが――どこかおかしい。
シャルクス:「バカばっかりだな」
呆れたように呟く。
シャルクス:「どいつもこいつも」
そう言って、ぷいっと顔を背けた。
だが――。
シド:「バカだから、できるのよ」
シャルクス:「……え?」
思わず振り向く。
シドは、にやりと笑っていた。
シド:「オメェもよ」
ぽん、とシャルクスの肩を叩く。
シド:「バカになれよ」
それから、ほんの少しだけ声をやわらげた。
シド:「そうすりゃ、辛い人生でも……少しは楽しくなるぜ」
それだけ言うと、シドは歓声の中心へ歩いていった。
冒険者たちが笑い、住人たちが手を叩き、アーポット亭の前で勝利を祝っている。
その騒ぎの中へ、シドの背中が溶けていく。
シャルクス:「……そうかもな」
ぽつりと、呟いた。
その声は、自分でも驚くほど穏やかだった。
シャルクスは小さく笑う。
そして――。
シドの背中を追って、ゆっくりと歩き出した。
自分が、これから何をすべきなのか。
その答えが――。
ほんの少しだけ、見えた気がした。




