第10話 バルデンの黄金伝説
シド:「――あの黄金はな。ルーク・バルデンが、かつて愛した女の……その子孫のために残したものなんだよ」
シドは、ゆっくりと語り始めた。
穏やかな声だった。
だが、その奥には――
長い年月を越えて沈殿した、拭いきれないものがあった。
シド:「だがな……その黄金には、呪いがかけられていた」
低く落ちた声。
その一言で、会議室の温度が一気に下がった。
リーア:「呪いぃぃぃっ!?」
甲高い叫びが、静寂をぶち破る。
全員の視線が、一斉にリーアへ集まった。
リーア:「……ごめん。続けて」
気まずそうに肩をすくめ、リーアは小さくなった。
シドは苦笑を浮かべながら、話を続ける。
シド:「その黄金に関わった者にはな……決まって不幸が訪れている」
ひとつひとつ、言葉を置くように。
シド:「バルデンの一族も、例外じゃねぇ」
その言葉に――
シャルクスは、何も言えなくなった。
胸の奥に、冷たいものが落ちていく。
――ラスパル家が没落したのも。
――あの黄金の呪いのせいだったのか。
シド:「このままじゃ、黄金を渡すはずだった子孫にまで呪いが及んじまう」
シドは腕を組み、深く息を吐いた。
シド:「だからバルデンは、一計を案じた」
クリスが身を乗り出す。
クリス:「どうしたんです?」
興味を隠しきれない顔だった。
部屋にいる全員が、シドの言葉を待っている。
シドは指を一本立てた。
シド:「バルデンが打った手は、二つある」
そう言って、机の上に置かれた金塊を指で軽く叩いた。
コン、と鈍い音が響く。
シド:「一つは、呪いが祓われるまで、黄金を安全な場所に預けることだ」
ワードックが顎に手を当て、低く唸った。
ワードック:「なるほどの……」
そして、納得したように目を細める。
ワードック:「それが、このアーポット亭というわけじゃな」
クリスが少しだけ胸を張った。
クリス:「世界一の冒険家が守ってくれるなら、これ以上安全な場所はありませんか
らね」
どこか誇らしげな笑みだった。
シドはニヤリと笑う。
シド:「そして、もう一つ」
ゆっくりと視線を巡らせる。
その目が――
シャルクスのところで止まった。
シド:「バルデンはな。二人の弟子に、子孫の保護を頼んだんだ」
その視線を受け、シャルクスはわずかに目を伏せた。
シドは意味ありげに笑う。
シド:「オメェには、その二人が誰なのか……もう分かってるんじゃねぇか?」
静かな沈黙が落ちた。
シャルクスは、これまでの出来事を思い返す。
父のこと。
盗賊団のこと。
そして――ロッドのこと。
やがて。
シャルクスは、小さく息を吐いた。
シャルクス:「……父さんと、ロッドさんか」
遠くを見るような目で、ぽつりと呟く。
シド:「オメェの兄ちゃんはな……父親やバルデンの意思を受け継いで、黄金に群がる欲望や呪いと戦っていたんだろうよ」
静かな声だった。
だが、その言葉はまっすぐに胸へ届いた。
シャルクス:「……ああ。そうかもな」
短く答える。
兄――ドナルドの背中が、ふと脳裏に浮かんだ。
シド:「だけどな」
シドは、さらに言葉を続ける。
シド:「どこかで限界を感じていた」
その一言は、重かった。
シャルクス:「……」
シャルクスは顔を伏せる。
拳が、自然と強く握られていた。
シド:「だから、クリストファーに相談したんだ」
シドは、机の金塊を指先で軽く叩く。
シド:「同じく、バルデンの意思を継ぐ者としてな」
シャルクスは、はっと顔を上げた。
シャルクス:「それじゃあ……これまでのことは……」
驚きと戸惑いの入り混じった瞳が、シドを見つめる。
シドは、ゆっくりとうなずいた。
シド:「そうだ」
口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
シド:「これは試練だ」
会議室が静まり返る。
シド:「オメェが、バルデンの意思を受け継ぎ――」
シド:「その呪いと欲望に立ち向かえるかどうかを試す……試練だったんだよ」
シャルクス:「……そうだったのか」
ぽつりと呟き、シャルクスは再び視線を落とした。
そして、小さく息を吐く。
シャルクス:「……俺は、合格したのか?」
その問いに、シドはにやりと笑った。
シド:「だから、ここにいるんだろ」
ぽん、と軽くシャルクスの腕を叩く。
その時だった。
クリス:「でも、まだ試練は終わっていませんよ」
柔らかな声が、横から差し込まれた。
クリスが微笑みながら、シャルクスへ歩み寄る。
シャルクス:「えっ?」
思わず眉をひそめる。
クリスは肩をすくめた。
クリス:「黄金を届けなきゃいけない人がいるんでしょう?」
その言葉に、シャルクスは一瞬だけ目を見開いた。
だがすぐに、静かにうなずく。
シャルクス:「ああ……そうだな」
クリス:「誰に届ければいいか――」
そこで、クリスは少しだけ意地の悪い笑みを浮かべた。
クリス:「ちゃんと分かっていますよね?」
その問いに、シャルクスはかすかに笑った。
もう迷いはなかった。
シャルクス:「ああ」
はっきりと言う。
シャルクス:「カミーアだ」
クリス:「カミーア?」
クリスが聞き返した――
その、次の瞬間だった。
ワードック:「そこ――何をしておる!」
突如、会議室に怒号が轟いた。
次の瞬間、ワードックの腕が大きく振りかぶられる。
その手に握られていた戦斧が、豪快な弧を描き――
天井めがけて投げ放たれた。
ズガァン!!
耳をつんざく衝撃音。
戦斧は天井板を易々と突き破り、その奥に潜んでいた暗殺者の身体を、寸分違わず貫
いていた。
天井裏に、血飛沫が散る。
そして――
天井に開いた大穴へ向かって、一つの影が跳んだ。
リーアだ。
猫のようなしなやかな身のこなしで天井裏へ躍り込むと、くるりと振り返る。
リーア:「はーい♪」
満面の笑みで、下にいる仲間たちへ手を振った。
そのあまりにも場違いな明るさに、天井裏に潜んでいたもう一人の暗殺者が、思わず
動きを止める。
その隙を――リーアが見逃すはずもなかった。
グサッ。
短剣が、迷いなく暗殺者の胸を貫く。
男は声を上げる暇もなく、その場に崩れ落ちた。
リーア:「さて……次は」
リーアは天井裏を見回す。
そして、死体に突き刺さったままのワードックの戦斧を見つけると、にこりと笑っ
た。
リーア:「ちょっと借りるよ」
柄を掴み――
ズボッ。
一息に引き抜く。
鈍い金属音が、暗い天井裏に響いた。
その瞬間だった。
バリーン!!
激しい破砕音とともに、会議室の窓ガラスが粉々に砕け散る。
黒装束の暗殺者が一人、部屋の中へ飛び込んできた。
リーアは天井の縁から、ひょいと顔を覗かせる。
リーア:「あと三人」
そう言いながら、手にした戦斧を軽く振りかぶり――
ひょい、と下へ投げ落とした。
リーア:「ワードック、お願い!」
ワードック:「すぐに終わる」
落ちてきた戦斧を、ワードックは空中で難なく受け止めた。
次の瞬間。
床を蹴る。
重いはずの身体が、驚くほど鋭く前へ跳んだ。
窓から侵入してきた暗殺者との距離が、一瞬で消える。
ズバァッ!!
戦斧が閃いた。
暗殺者は何かをする暇もなく、床へ斬り伏せられる。
ワードックはその勢いのまま体をひねり、今度は出入り口へ向き直った。
直後――
バンッ!!
扉が勢いよく開き、二人の暗殺者が雪崩れ込んでくる。
だが、遅い。
ズバッ!
ズバッ!
ワードックの戦斧が唸りを上げた。
二人の暗殺者は反応する間もなく、続けざまに床へ沈む。
あまりにも一瞬の出来事だった。
シャルクス:「……なんだ、こいつらは」
倒れた暗殺者たちを見下ろし、シャルクスが低く呟く。
その横で、ミアラが壊れた窓の縁によじ登った。
ミアラ:「なんか、外が騒がしいよ」
身を乗り出して外を覗き込む。
そして、眉をひそめて振り返った。
ミアラ:「まだいるみたい」
クリスが静かに目を細める。
クリス:「行ってみましょう」
その一言で、全員が動いた。
シャルクス。
クリス。
リーア。
ワードック。
ミアラ。
そして、シド。
六人は足早に会議室を飛び出し――
アーポット亭の外へと駆け出した。




