第9話 リーアの天敵
シャルクスは、クリスの後ろについて歩き、アーポット亭の奥にある会議室へと足を踏み入れた。
部屋の中央には、大きな机。
その上には、地下室から運び出された金塊が、いくつも整然と並べられていた。
黄金色の輝きを前にして、真剣な顔でそれを調べていたのは――ワードックとリーア
だった。
リーア:「お、やっとお目覚めかい」
顔を上げたリーアが、シャルクスを見るなり、にやりと笑う。
椅子から立ち上がり、こちらへ歩み寄ってきた。
シャルクスは少し気まずそうに頭をかく。
シャルクス:「昼間は……すまなかったな。逃げちまって。シャルクス・ラスパルだ」
リーアは肩をすくめ、ひらりと手を差し出した。
リーア:「気にすんなよ。あたしはリーア・アーポットだ」
シャルクスは、その手をしっかりと握り返す。
二人は自然と笑みを浮かべ、軽く握手を交わした。
クリス:「そちらにいるドワーフは、ワードックさんです。君のことはもう紹介してあるので、ご存じですよ」
ワードック:「おう」
机の向こう側から、ワードックが片手を上げた。
口元には、穏やかな笑みが浮かんでいる。
リーアはそこで、思い出したように付け加えた。
リーア:「ああ、それと昼間あたしと一緒にいたホビットがミアラだ。今ちょっと出てるけど、すぐ戻ってくると思うよ」
軽く手を振りながら、なんでもないことのように説明する。
ひと通りの自己紹介が終わったところで――
リーアの視線が、すっとクリスへ向いた。
リーア:「ところでよ、クリス」
声が低い。
クリス:「……なんですか?」
クリスは眉間にしわを寄せ、いかにも面倒くさそうに振り返った。
リーアは腰に手を当てる。
リーア:「さっきは、よくも電撃を浴びせてくれたな」
じろり。
鋭い視線がクリスに突き刺さる。
クリス:「あ……つい、やっちゃいました」
クリスは一瞬で姿勢を正し、ぺこぺこと頭を下げた。
クリス:「ごめんなさい」
リーア:「まあ、それはいいんだけどさ」
あっさりだった。
シャルクス:(いいのか……)
あまりにも軽く流されたため、シャルクスは思わず内心で突っ込んだ。
だが、リーアの視線はまだクリスから離れない。
リーア:「お前さ」
一歩、近づく。
リーア:「黄金を見たとき、あんまり驚いてなかったよな」
怪しむように目を細める。
リーア:「さては……知ってたな?」
クリスの目が、すっと横へ泳いだ。
クリス:「え、ええ……まあ……」
小さく咳払いをしてから、観念したように答える。
クリス:「レックスさんから、聞いてましたので」
その瞬間。
リーアの頬が、ぷくっと膨らんだ。
リーア:「はぁ!? なんじゃそれぇ!」
会議室に、リーアの大声が響き渡る。
リーア:「あいつ、なんでいつもお前にだけ教えて、あたしには教えてくれないんだ
よ!」
腕を組み、ぷりぷりと怒り出す。
クリスは困ったように、さらに視線を泳がせた。
クリス:「さ、さあ……」
それから、ぽつりと余計なことを言う。
クリス:「リーアさんは、ネコババすると思ったんじゃないですか?」
リーア:「あたしはそんなこと――」
シド:「するだろ」
ガチャ。
絶妙なタイミングで、会議室の扉が開いた。
入ってきたのは、酒場の主人シド。
そして、その後ろにはホビットのミアラの姿もあった。
リーアの顔が、ぴしりと引きつる。
リーア:「うげっ、シド……」
思わず、一歩のけぞった。
シドは淡々とした顔で続ける。
シド:「オメェはすぐ物を盗むだろ」
リーア:「はい。盗みます」
即答だった。
シド:「だろうな」
リーアは観念したように、そっとポケットへ手を入れた。
そして――
中から、金塊を一つ取り出す。
リーア:「……はい」
しぶしぶと。
本当に、心の底から惜しそうに。
リーアはそれを、シドの差し出した手のひらに置いた。
クリス:「お忙しいところ、わざわざありがとうございます。シドさん」
クリスは丁寧に頭を下げた。
対するシドは、まるで気にした様子もなく、ひらひらと片手を振る。
シド:「いいってことよ。それで、なんの用だ?」
そう言って椅子を引くと、どっかりと腰を下ろした。
クリスは机の上に並べられた金塊へ視線を落とす。
黄金色の塊が、灯りを受けて鈍く輝いていた。
クリス:「地下室にあった金塊のことです」
指先で、ひとつの金塊を軽く叩く。
コン、と鈍い金属音が、会議室に小さく響いた。
クリス:「あの金塊……いったい何なんです?」
その問いに、シドはわずかに眉をひそめた。
シド:「なんでぇ。レックスから聞いてねぇのか?」
クリスは首を横に振る。
クリス:「以前聞いたのは、“地下室の奥に金塊がある”ということだけです。それ以
上のことは、何も」
シドは、しばらく黙っていた。
何かを思い出すように目を細め、それから小さく頷く。
そして――視線を、ゆっくりとシャルクスへ向けた。
シド:「……こいつは?」
クリスが横から説明する。
クリス:「彼は、この金塊のことを知って……取りに来たみたいなんですが」
その言葉を聞いた瞬間だった。
シドの顔が、ぱっと明るくなる。
シド:「そうか、そうか!」
突然の大声に、会議室の空気がびくりと揺れた。
シドは嬉しそうに笑うと、シャルクスの腕をバシバシと叩く。
シド:「ついに現れたのか! あの黄金の正統な受取人が!」
シャルクス:「は?」
思わず、間の抜けた声が漏れた。
シャルクス:「正統な……受取人?」
眉をひそめるシャルクス。
困惑した顔でシドを見返す。
クリスも、思わず身を乗り出した。
クリス:「どういうことです?」
シドは一度、ぐるりと周囲を見回した。
リーア。
ワードック。
ミアラ。
クリス。
そして、シャルクス。
全員の視線が自分に集まっているのを確認してから、シドはゆっくりと口を開いた。
シド:「あの黄金はな……」
机の上に置かれた金塊を、太い指で軽く叩く。
シド:「ラミアスさんが、ルーク・バルデンから預かったもんなんだ」
その名が出た瞬間。
誰かが息を呑んだ。
バルデン。
それは、この場にいる者たちにとって、ただの名前ではなかった。
シドは椅子の背にもたれ、ふう、と小さく息を吐く。
そして、ぽつりぽつりと語り始めた。
――バルデンの黄金。
それにまつわる、古い伝説を。




