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食えない奴らの黄金争奪戦 〜アーポット亭の黄金〜凄腕の冒険者たちが営む宿屋に眠る伝説の黄金  作者: 春夏かなた
第3章 バカだからできること

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第8話 シャルクスとクリス

薄暗い部屋だった。


ぼんやりと霞む視界の先に、白い天井が浮かんでいる。


シャルクスは、ゆっくりとまぶたを開いた。


重く沈んでいた意識が、少しずつ現実へ引き戻されていく。


しばらく天井を見つめたあと、彼は小さく息を吐き、上半身を起こした。


どうやら、簡易ベッドに寝かされていたらしい。


だが――。


ここがどこなのか。


なぜ自分が、こんな場所で眠っていたのか。


肝心な部分だけが、霧に包まれたように思い出せない。


シャルクス:(……俺は、一体、何をしていた……?)


頭の奥を探るように目を細める。


すると、途切れ途切れの記憶が、ぼんやりと浮かび上がってきた。


メディル。


あの謎めいた女と出会ったこと。


そして、彼女と共にアーポット亭へ潜り込んだこと。


地下へ続く隠し入口を見つけたところまでは、確かに覚えている。


だが――そこから先がない。


まるで誰かに切り取られたように、記憶はそこでぷつりと途絶えていた。


シャルクスは自分の体を見下ろす。


痛みはない。


目立った傷もない。


しかし、服のあちこちには黒く焼け焦げた跡が残っていた。


鼻先をかすめる、わずかな焦げ臭さ。


シャルクス:(……何があったんだ)


眉をひそめた、その時だった。


トン、トン。


隣の部屋から、軽い足音が近づいてくる。


そして――。


クリス:「お、目が覚めたようだね。シャルクス」


静かに扉が開いた。


姿を現したのは、ひとりの青年。


穏やかな笑みを浮かべ、何事もなかったかのように部屋へ入ってくる。


その顔を見た瞬間――シャルクスは思わず目を細めた。


シャルクス:「お前……」


胸の奥が、ざわりと揺れた。


遠い記憶の底に沈んでいた何かが、ゆっくりと浮かび上がってくる。


霞のかかった意識の中で、シャルクスは必死にその面影を手繰り寄せた。


クリス:「まだ、あの魔女の洗脳が解けてないのかい?」


からかうように、青年は目を細める。


その笑み。


その声音。


どこか、懐かしい。


シャルクス:「…………クリス、か」


掠れた声で、ようやくその名を口にした。


クリス:「そうだよ」


クリスは静かにうなずいた。


細められた瞳が、まっすぐシャルクスを見つめている。


その眼差しは、子どもの頃と少しも変わっていなかった。


シャルクス:「驚いたな。王子のお前が、こんなところで何してんだ?」


遠慮のない物言い。


昔と変わらない、気安い調子だった。


クリスは肩をすくめ、くすりと笑う。


クリス:「社会勉強さ。今はここで働いてるんだ」


シャルクス:「そうか。王になるのも、楽じゃねぇな」


二人は顔を見合わせる。


そして、どちらからともなく短く笑った。




だが――。


シャルクスの表情は、すぐに曇った。


シャルクス:「……俺は、何をしてたんだ」


静かな問いだった。


その声を聞いて、クリスは一瞬だけ視線を落とす。


ほんのわずかな間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。


クリス:「君は、あの魔女に操られていたんだ」


シャルクス:「……魔女」


ぽつりと、その言葉を繰り返す。


クリス:「その状態で、僕と戦わされた」


シャルクス:「……あの女、魔族だったのか」


脳裏に浮かぶのは、メディルの姿だった。


柔らかな微笑み。


耳に残る、優しげな声。


だが――。


あれも、すべて作り物だったのか。


シャルクスはゆっくりと目を伏せた。


シャルクス:(……最初から、術中だったってわけか)


胸の奥に、重いものが沈んでいく。


そんな空気を断ち切るように、クリスが軽い調子で口を開いた。


クリス:「ところでさ。君、地下室にあった黄金を取りに来たんだよね?」


シャルクス:「……黄金」


その言葉に、シャルクスの瞳がわずかに揺れた。


ぼやけていた記憶の奥から、断片がゆっくりと浮かび上がってくる。


暗い石の階段。


隠された扉。


そして――黄金の光。


シャルクス:「……ああ。そうだった」


小さく息を吐き、シャルクスは顔を上げる。


シャルクス:「でも、なんでお前がそれを知ってる?」


戸惑いの混じった視線が、まっすぐクリスを捉えた。


クリスはあっさりと答える。


クリス:「レックスさんから、出がけに聞いてたんだよ」


シャルクス:「レックスさん?」


聞き慣れない名に、シャルクスは小さく首を傾げる。


クリス:「レックス・アーポット。この宿のオーナーさ」


その名を聞いた瞬間、シャルクスはふっと息を吐いた。


シャルクス:「アーポット……か」


そして、少し納得したように続ける。


シャルクス:「俺はクリストファー・アーポットから、ここに黄金があるって聞いて

来たんだ」


クリスの表情が、ほんの少し柔らかくなった。


クリス:「クリストファーさんに会ったのか」


懐かしむように目を細める。


クリス:「レックスさんは、彼の弟だよ。たぶん、黄金のことも知ってるはずだ」


その言葉に、シャルクスの肩から力が抜けた。


胸の奥につかえていたものが、少しだけ消える。


シャルクス:「……よかった」


思わず、安堵の息が漏れた。


シャルクス:「ここに来てから、変な女にばかり会ってたからな。まともに話が通じる人がいて助かった」


クリス:「なるほどね」


くすりと笑い、クリスは肩をすくめる。


クリス:「だから昼間、リーアさんたちと鬼ごっこしてたわけか。まあ、君らしいけど」


シャルクスも苦笑するしかなかった。


シャルクス:「で、そのレックスさんは?」


クリス:「遠出していてね。今はここにいないよ」


シャルクスは小さく頷き、少しだけ視線を落とす。


だが、クリスはすぐに言葉を続けた。


クリス:「でもね」


意味ありげに微笑む。


クリス:「事情を知っていそうな人を、他に呼んである。一緒に話を聞こうか」


シャルクスは静かに頷いた。


ゆっくりとベッドから降り、床に足をつける。


まだ少し頼りない感覚はある。だが、歩けないほどではない。


先に歩き出したクリスの背中を、シャルクスは黙って追った。


医務室の扉が、静かに開く。


二人の足音が――


薄暗い廊下に、軽く響き始めた。



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