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食えない奴らの黄金争奪戦 〜アーポット亭の黄金〜凄腕の冒険者たちが営む宿屋に眠る伝説の黄金  作者: 春夏かなた
第3章 バカだからできること

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第7話 回想:燃える屋敷を後にして

カツ、カツ、カツ――。


夜の帳が降りた屋敷の廊下に、乾いた足音だけが響いていた。


歩いているのは、シャルクスただ一人。


広い屋敷の中に、人の気配はない。


つい先ほどまで誰かがいたはずの場所は、まるで屋敷ごと眠りについたかのように


静まり返っている。


開け放たれた窓から、冷たい夜風が流れ込む。


廊下に並ぶ燭台の火が、かすかに揺れた。


ゆらり、ゆらり――。


頼りない炎が、これから起こる何かを告げるように、暗い廊下を淡く照らしている。


やがてシャルクスは、一つの扉の前で足を止めた。


ノックはしない。


扉を一瞬だけ見つめると、迷いなく取っ手に手をかける。


そして――静かに押し開けた。


部屋の中もまた、廊下と同じように静まり返っていた。


窓から吹き込む風にカーテンが揺れ、差し込む月明かりが室内を青白く照らしてい

る。


その光の中に、一人の男が立っていた。


ドナルドだった。


窓辺に立ったまま、外の闇を見つめている。


シャルクスが入ってきても、振り返ろうとはしなかった。


ドナルド:「……皆は、もう行ったのか」


低く、落ち着いた声が部屋に響く。


シャルクス:「……ああ。もう全員出ていった。誰も残ってないよ」


入口に立ったまま、シャルクスは短く答えた。


その言葉のあと、しばらく沈黙が落ちる。


やがて――ドナルドがゆっくりと振り返った。


月光に照らされたその顔には、深い疲れが刻まれていた。


それでも、瞳だけは揺らいでいない。


ドナルド:「そうか。なら、お前ももう行きなさい」


穏やかな声だった。


だが、シャルクスは動かなかった。


一歩も。


ドナルド:「どうした?」


問いかける声は静かだった。


窓の外では、夜風が木々を揺らしている。


葉擦れの音だけが、やけに大きく聞こえた。


シャルクスは兄を見つめたまま、唇を噛む。


そして、ようやく声を絞り出した。


シャルクス:「……ほんとに、ここまでやらなきゃいけないのかよ」


使用人たちは、すでに全員解雇された。


この広い屋敷に残るのは、ドナルドただ一人。


それが何を意味するのか。


わからないほど、シャルクスは子どもではなかった。


ドナルドは弟を見据えた。


ドナルド:「言ったはずだ。これくらいやらねば、奴の目は誤魔化せん」


その一言で、シャルクスの脳裏に一人の男の名が浮かぶ。


――ガスパー・ラッズ。


ラスパル家を破滅へと追い込んだ貴族。


ガスパーはファーミストの交易圏を狙い、巧妙に手を回してきた。


領主として抗い続けたドナルドだったが、資金源を断たれ、味方を削られ、逃げ道

を塞がれ――。


ついに、破産へと追い込まれた。


シャルクス:「……ガスパーめ……!」


拳が、ぎり、と鳴る。


顔を伏せたシャルクスの肩が、かすかに震えていた。


そんな弟を見つめながら、ドナルドは静かに口を開いた。


ドナルド:「復讐など果たしたところで、虚しさしか残らんぞ」


落ち着いた声だった。


けれど、その言葉は軽くなかった。


シャルクス:「だけど、兄さん……!」


思わず声が荒くなる。


だが、ドナルドは首を横に振った。


ドナルド:「怒りは胸にしまっておけ」


そして、まっすぐに弟を見据える。


ドナルド:「それよりも……お前には、先にやるべきことがあるはずだ」


その言葉に、シャルクスは息を呑んだ。


返す言葉が見つからない。


握りしめていた拳から、少しずつ力が抜けていく。


やがて彼は視線を落とし、ただ黙って肩を落とした。




シャルクス:「……それなんだけどさ、兄さん」

部屋を出かけた足が、ふと止まる。

シャルクスは振り返らないまま、低く問いかけた。

シャルクス:「本当に残ってるのかよ。バルデンの黄金が」

疑い。

そして、捨てきれない希望。

その二つが混じった声だった。

ドナルドはわずかに眉をひそめると、困ったように苦笑した。

ドナルド:「そう言われると……私も正直、半信半疑なんだがな」

シャルクス:「今さらなんだよ、それ……」

思わず、シャルクスの口元にも笑みが浮かんだ。

張り詰めていた空気が、ほんの少しだけほどける。

だが――それも一瞬だった。

ドナルドの表情から笑みが消える。

月光に照らされた横顔に、静かな厳しさが戻っていた。

ドナルド:「だがな。父さんは、バルデンから譲り受けた黄金のおかげで今の地位を築いた」

その声は、穏やかだった。

けれど、揺らぎはない。

ドナルド:「その父さんが、私に教えてくれたんだ」

ドナルドはまっすぐにシャルクスを見る。

ドナルド:「だから――黄金は必ずある」

迷いのない言葉だった。

その一言に、シャルクスの背筋が自然と伸びる。

ドナルド:「必ず黄金を見つけ出せ。そして、ラスパル家を復興させてくれ」

一拍置いて。

ドナルドは静かに告げた。

ドナルド:「頼んだぞ、シャルクス」

シャルクス:「……わかったよ」

短い返事だった。

だが、その声にはもう迷いはなかった。

兄の覚悟を受け取った。

ならば、自分も進むしかない。

重い沈黙が、二人の間に落ちる。

言葉にすれば、きっと崩れてしまうものがある。

だから二人は、何も言わなかった。

やがて――

ドナルドが静かに口を開いた。

ドナルド:「お別れだ」

その一言が、夜の静けさを断ち切った。

シャルクスは目を伏せる。

わずかに口元を歪め、それでも顔は上げなかった。

シャルクス:「ああ」

そして、背を向ける。

シャルクス:「さよならは言わないけどな」

それだけを残し、シャルクスは部屋を出た。

振り返らない。

振り返ってしまえば、足が止まる。

そうわかっていたからだ。

ドナルドは、その背中を黙って見送った。

扉が閉まる。

部屋に残されたのは、月明かりと、夜風に揺れるカーテンだけ。

ドナルドはゆっくりと椅子に腰を下ろした。

深く、長い息を吐く。

ドナルド:「……無事に戻って来い、シャルクス」

ぽつりと落とされた声は、もう弟には届かない。

屋敷の廊下は、時間が止まったかのように静まり返っていた。

カツ、カツ、カツ――。

夜の闇の中に響くのは、シャルクスの足音だけ。

玄関を抜ける。

門を越える。

屋敷から続く一本道へと、シャルクスは歩き出した。

誰もいない屋敷。

誰も残っていない家。

その背後で――

突如、赤い光が弾けた。

ドナルドの部屋のあたりから、火の手が上がる。

炎は瞬く間に広がり、屋敷の壁を舐め、窓を割り、夜空へと立ち昇っていく。

赤い光が、闇を染めた。

それでも――

シャルクスは振り返らなかった。

足を止めない。

顔も上げたまま。

その瞳が見据えているのは、ただ前だけだった。

シャルクス:(……必ず戻ってくるから、兄さん)

胸の奥で、静かに誓う。

シャルクスは歩き続けた。

燃え盛る屋敷の光を背に受けながら。

その炎は、まるでラスパル家の終わりを告げる弔いの火のように――

闇の中へ進む弟の背中を、いつまでも照らし続けていた。



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