第6話 岩戸の前の対決 後編
クリス:《雷よ!》
短い詠唱が、地下空間に響いた。
刹那――。
ズドォン!!
ズドォン!!
蒼白の雷光が、闇を裂いて降り注ぐ。
頭上に天井など存在しないかのように、凄まじい轟音とともに雷撃が落ちた。狙いは
ただ一つ。シャルクスの頭上。
だが――。
シャルクス:「はっ!」
短く息を吐いた瞬間、シャルクスの身体が滑るように動いた。
雷が落ちる。
だが、当たらない。
彼は影が揺らぐようなしなやかな動きで、次々と雷撃の隙間をすり抜けていく。漆黒
の剣が闇を裂き、その姿は残像のようにぶれて見えた。
そして、次の瞬間。
シャルクスはすでに、クリスの懐へ踏み込んでいた。
シャルクス:「はああっ!」
漆黒の刃が振り抜かれる。
クリスは咄嗟に杖を構えた。
キィンッ!!
鋭い金属音が地下に響く。
闇の剣と光を宿した杖が、激しくぶつかり合った。
火花が散り、ぶつかり合った魔力が波紋のように周囲へ広がっていく。
だが、シャルクスは止まらない。
鋭い斬撃。
その合間に撃ち込まれる闇魔法。
息をつく暇もない連撃が、クリスへ襲いかかった。
対するクリスは、光魔法で闇を払いながら、杖を棒術のように操る。受け、流し、かわし、必要な分だけ押し返す。
剣と杖。
闇と光。
二つの力が、黄金に照らされた地下空間で激しく交錯した。
一見すれば――互角。
だが。
クリス:(まずいな、これは)
クリスの頭は、ひどく冷静だった。
シャルクスの動きは荒い。
攻撃は鋭く、重い。だが、その奥にあるのは焦りだ。
血走った瞳。
力任せの連撃。
理性ではなく、衝動に身体を任せている。
このまま続けば、先に限界が来るのはシャルクスの方だろう。
ただし――。
クリス:(……一撃が重すぎる)
下手に受ければ、こちらが先に持っていかれる。
クリスは小さく息を吐いた。
クリス:「少し、痛い目に遭ってもらうよ!」
言うなり、地面を蹴る。
一直線にシャルクスへ踏み込んだ。
シャルクス:「ほざけ!」
シャルクスが叫び、漆黒の剣を大きく振りかぶる。
闇をまとった刃が、真っ直ぐに振り下ろされた。
キィンッ!!
再び、剣と杖が激突する。
火花が弾けた。
その瞬間――。
クリス:《雷撃!》
クリスの杖が、眩く輝いた。
次の瞬間。
ドォォォン!!
雷の魔力が、至近距離で爆ぜた。
地下空間そのものを揺るがす衝撃。
シャルクス:「ぐぉおおおおおおっ!」
雷撃をまともに受けたシャルクスの身体が、宙へ吹き飛ばされる。
ゴンッ!!
背中から地面へ叩きつけられた。
その衝撃とともに、握っていた漆黒の剣が、霧のようにふっと消える。
シャルクスはそのまま仰向けに倒れ――。
動かなくなった。
完全に意識を失っている。
一瞬、地下空間に静寂が落ちた。
クリス:「ふぅ……」
クリスは大きく息を吐いた。
杖を軽く肩に担ぎ、乱れた呼吸を整える。
そして――視線を横へ向けた。
すぐ近くで金塊にへばりつき、今なおうっとりとした顔をしているリーアのことは、
あえて完全に無視する。
クリスの目は、静かにもう一つの戦場へ向けられていた。
隻腕のドワーフ。
ワードックの方へと。
ワードックとメディルの戦いは、いまだ決着を見せていなかった。
ガキィンッ!
ジャキンッ!
巨大な戦斧と、漆黒の爪が激しく噛み合う。
散った火花が黄金色の光に混じり、地下空間を一瞬だけ白く染めた。
ワードックの一撃は重い。
まともに受ければ、骨どころか身体ごと叩き割られる。
対するメディルの爪は、影の刃のようにしなやかだった。
踏み込めば逃げる。
退けば斬り込む。
戦斧が唸れば、黒い爪が受け流す。
黒い爪が喉元を狙えば、戦斧の柄がそれを弾く。
攻めても崩れず。
守っても逃げ切れない。
このままでは――決着はつかない。
その均衡を破ったのは。
クリスだった。
クリス:《雷よ!》
短い詠唱。
直後、二人の間で閃光が弾けた。
ズドォン!!
雷撃が地面へ叩き込まれる。
石床が爆ぜ、砕けた破片が四方へ飛び散った。
ワードックとメディルは同時に後方へ跳び、距離を取る。
ワードック:「そっちは済んだようじゃな」
近づいてきたクリスへ、ワードックが声をかける。
その声には、ほんのわずかに安堵が混じっていた。
クリス:「ええ。なんとか」
いつもののんびりした口調。
だが、クリスの表情はすぐに引き締まる。
視線の先にいるのは――メディル。
メディル:「まさか、死んじゃいないだろうね」
メディルはちらりと視線を投げた。
その先では、シャルクスが地面に倒れたまま動かない。
メディルは小さく舌打ちする。
クリス:「殺してはいませんよ。気を失っているだけです」
軽く肩をすくめるクリス。
そして、そのまま静かに問いかけた。
クリス:「それで。あなたはどうします?」
メディルはしばらく黙っていた。
やがて――。
すっと、指先の漆黒の爪を引っ込める。
メディル:「これ以上、やる気はないね。退散するよ」
両手をひらりと上げる。
形だけなら、降参のポーズだった。
それを見て、クリスの口元がわずかに歪む。
クリス:「手ぶらでお帰りですか?」
メディルは不敵に笑った。
メディル:「手ぶらじゃないさ」
顎で示したのは、気を失っているシャルクス。
メディル:「黄金なら、そいつがファーミストまで持ってきてくれる」
言い終えると同時に、メディルの身体がふわりと浮いた。
輪郭が揺らぐ。
まるで影が霧にほどけていくように、その姿が薄れていく。
メディル:「必ずね」
最後に残された言葉だけが、地下空間に落ちた。
次の瞬間。
メディルの姿は、完全に消え去っていた。
静寂が戻る。
クリスとワードックは、ゆっくりとシャルクスのもとへ歩み寄った。
ワードック:「……やりすぎじゃろ、これは」
呆れたような声だった。
シャルクスの服には、いくつもの焦げ跡が残っている。
雷撃の痕も、はっきりと見て取れた。
クリス:「手を抜ける状況じゃなかったんですよ」
クリスは苦笑しながら肩をすくめる。
ワードックは小さく首を振った。
そして、ふと別の方向へ視線を向ける。
そこには――巨大な金塊。
そして。
ワードック:「……あ奴は、まだやっとるのう」
リーアが、相変わらず金塊にしがみついていた。
うっとりとした表情で。
まるで一生離れる気などないと言わんばかりに。
ワードック:「少し痛い目に遭った方がいいのかもしれぬぞ」
ぼそりと呟く。
クリスは小さく頷いた。
クリス:「そうですね」
杖を構える。
そして、静かに呪文を唱えた。
クリス:《雷よ》
次の瞬間。
ズドォン!!
雷撃が一直線にリーアへ落ちた。
閃光。
爆音。
そして――。
リーア:「ぎゃあああああああ!!」
甲高い悲鳴が、地下空間に響き渡った。
リーアの身体が黒焦げになって吹き飛ぶ。
そのまま、どさりと仰向けに倒れた。
髪は見事に逆立ち、身体からはぷすぷすと煙が上がっている。
ワードック:「……やり過ぎじゃろ」
ワードックは目を丸くし、思わず一歩後ずさった。
クリスは首を傾げる。
クリス:「おかしいな。そんなに強く撃ってないんですけど」
そこで、ふと気づいた。
クリスの視線が、ゆっくりと金塊へ向く。
金。
電気を通しやすい金属。
そして、その金塊にべったり抱きついていたリーア。
クリス:「……」
一瞬の沈黙。
クリス:「……やり過ぎました」
苦笑しながら、クリスはぺろりと舌を出した。




