第4話 黄金に笑う女
その夜――。
冒険者の宿屋《アーポット亭》の地下倉庫に、二つの影が忍び込んだ。
シャルクスとメディルである。
二人は見張りの目を巧みにかいくぐり、物音ひとつ立てぬまま、薄暗い地下倉庫へと
足を踏み入れた。
だが――。
そこに広がっていたのは、想像していたよりもずっと狭く、雑然とした空間だった。
埃をかぶった樽。脚の折れた椅子。使われなくなった棚や生活雑貨の山。
どれも無造作に積み上げられているだけで、伝説の黄金が眠る場所とは到底思えない。
メディル:「何もないじゃないか」
壁にもたれ、腕を組んだまま、メディルがつまらなそうに言った。
シャルクス:「……」
シャルクスは答えない。
ただ静かにポケットへ手を入れ、一枚の金貨を取り出した。
淡い光を帯びたその金貨を、彼は目の前に掲げる。
シャルクス:《黄金よ。光の在り処を示せ》
低く唱えた瞬間――。
金貨が、眩い輝きを放った。
その光は細い一本の筋となり、地下倉庫の床の一点をまっすぐに指し示す。
メディル:「それが、アーポットのところにあった手がかりかい」
横から覗き込みながら、メディルが感心したように目を細める。
シャルクスはやはり答えなかった。
近くの棚に立てかけられていたスコップを手に取り、光が示す場所へ歩み寄る。
そして――。
ゴンッ。
迷いなく、床のレンガを叩き割った。
シャルクス:「ここだな」
砕けたレンガの隙間から、黒ずんだ鉄の縁が顔を出す。
現れたのは――古びたマンホールの蓋だった。
メディル:「そうみたいね」
メディルはあっさり頷くと、すっと一歩下がった。
そして、にっこり笑う。
メディル:「頑張ってね♪」
シャルクス:「……」
つまり、持ち上げるのは自分一人ということらしい。
シャルクスは無言のまま蓋に手をかけ、力を込める。
ギギ……と鈍い音を立て、重たい鉄蓋が少しずつずれていった。
やがて蓋が外れると、床にぽっかりと黒い穴が口を開ける。
底は見えない。
ただ、ひんやりとした空気だけが、暗がりの奥から這い上がってきた。
シャルクスは一度だけメディルを見た。
メディルは相変わらず、楽しそうに笑っている。
シャルクス:「……行くぞ」
二人は備え付けられた梯子を伝い、ゆっくりと地下へ降りていった。
降り立った先にあったのは、さらに奥へと続く細長い通路だった。
湿った石の匂い。
肌にまとわりつく冷たい闇。
どこまでも続いているような静けさの中で、シャルクスは小さく呟く。
シャルクス:《光よ》
指先に、淡い光が灯った。
柔らかな光が足元を照らし、石造りの通路をぼんやりと浮かび上がらせる。
二人は慎重に――しかし足を止めることなく、闇の奥へと進んでいった。
それから、どれほど時間が経っただろうか。
再び、梯子の上に人影が現れた。
降りてきたのは三人。
クリス、リーア、そして隻腕のドワーフ――ワードックだった。
クリスは軽やかに着地すると、周囲を一瞥し、指を鳴らした。
パチン。
クリス:《光よ》
その一言で、通路全体に光が満ちた。
壁も、床も、天井も。
闇に沈んでいた地下道の姿が、くっきりと浮かび上がる。
リーア:「まさかウチに、こんな場所があったなんてな」
リーアは物珍しそうに辺りを見回し、感心したように呟いた。
だが、クリスの顔に浮かんでいたのは驚きではない。
いつもの穏やかさを消した、引き締まった表情だった。
クリス:「さあ、行きますよ」
リーア:「ああ」
ワードックも黙って頷く。
三人は足並みを揃えた。
シャルクスたちが消えていった闇の先へ。
その後を追うように、地下通路の奥へと進んでいく。
濡れた石床に、三人分の足音が静かに響いた。
湿った空気の中、シャルクスとメディルの足音だけが、石造りの通路に静かに響いていた。
――が。
その行く手を、巨大な岩戸が塞いでいた。
通路いっぱいにそびえる、分厚い岩の扉。
古代の遺跡に眠る門のように重々しく、ただそこにあるだけで、人の侵入を拒んでい
るかのようだった。
シャルクスは指先の光を強め、岩戸を照らす。
すると、岩肌に刻まれた無数の紋様が、淡く浮かび上がった。
それは――魔術式。
シャルクス:(魔法による施錠か……しかも、かなり厄介だな)
小さく呟き、彼は岩戸に手を添えた。
冷たい石の感触が、指先から伝わってくる。
その奥には、複雑に絡み合った魔力の流れ。
いくつもの術式が重なり合い、簡単には解けないよう組み上げられている。
シャルクスは眉を寄せ、紋様をなぞりながら構造を探っていった。
だが――。
時間が経つにつれ、その顔は少しずつ険しくなっていく。
シャルクス:(……これは無理だな)
やがて、彼は小さく首を振った。
そして、後ろに立つメディルへ視線を送る。
その一瞬の仕草だけで、メディルは状況を察したらしい。
やれやれ、と言いたげに肩をすくめた。
メディル:「仕方ないね」
そう言うと、組んでいた腕をほどく。
ゆっくりと両手を掲げた。
次の瞬間――。
彼女の指先から、黒いものがぐにゃりと伸びた。
爪だった。
ただし、人のものではない。
異様に長く、鋭く、漆黒に染まったそれは、まるで彼女の影がそのまま刃になったか
のようだった。
メディル:「ハアッ!」
気合と共に、黒き爪が振り下ろされる。
ジャキィン!!
耳を裂くような硬質な音が、地下通路に響いた。
次の瞬間――。
分厚い岩戸に、斜めの亀裂が走る。
一つ。
二つ。
三つ。
まるで固い岩ではなく、柔らかな果実でも裂くように。
巨大な扉は、あっけなく切り刻まれていった。
ゴト……。
ゴトゴトゴト……!
崩れ落ちた岩の破片が、床に転がる。
その向こうに現れたのは――。
底の見えない闇だった。
通路の先に、ぽっかりと巨大な空洞が口を開けている。
シャルクス:「……」
シャルクスは息を呑み、すぐに短く詠唱した。
シャルクス:《光よ!》
指先に灯っていた魔導の光を、闇の中へ放り投げる。
光は吸い込まれるように奥へ飛び――。
ぱんっ、と弾けた。
その瞬間、暗闇が裂ける。
広がったのは、ただの白い灯りではなかった。
黄金色の輝き。
柔らかく、眩しく、それでいてどこか神々しい光が、巨大な地下空間を満たしていく。
石壁も、天井も、足元の岩肌も。
すべてが金色に染まった。
シャルクス:「これは、き……」
言葉が、喉で止まる。
だが、その続きを遮るように――。
背後から、耳をつんざく絶叫が響いた。
リーア:「金塊だあああああああ!!」
シャルクス:「!?」
思わず振り返る。
そこに立っていたのは、昼間、街中で自分を追いかけ回してきた女。
アーポット亭の女将、リーアだった。
しかも――。
その目が、完全に金色の輝きにやられていた。
リーア:「うおおおおおおおお!!」
リーアは雄叫びを上げ、一直線に突っ込んでくる。
シャルクス:「な、なんだぁ……!?」
呆然とするシャルクスとメディルの横を、リーアは風のように駆け抜けた。
迷いはない。
ためらいもない。
彼女の視線は、ただ一点だけを捉えていた。
黄金色に輝く地下空間の中央。
そこに――巨大な黄金の鉱塊が鎮座していた。
人の背丈を遥かに超える大きさ。
ごつごつとした表面からは、眩い黄金の光が溢れ出している。
まるで、この世の富という富を無理やり一つに押し固めたような、圧巻の輝きだっ
た。
リーア:「大金持ちだあああああ!!」
目を爛々と輝かせながら、リーアは黄金へ飛び込む。
そして――。
獲物に食らいつく獣のように。
巨大な黄金の鉱塊へ、勢いよく抱きついた。




