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食えない奴らの黄金争奪戦 〜アーポット亭の黄金〜凄腕の冒険者たちが営む宿屋に眠る伝説の黄金  作者: 春夏かなた
第3章 バカだからできること

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第2話 ただ者でない女達

――その時だった。


すぐ脇を通り過ぎようとしていた冒険者パーティの戦士が、不意に足を止めた。


「……?」


リーアが視線を向けるより早く、男はぐるりと身体を反転させた。


次の瞬間。


何の前触れもなく、拳がリーアの顔面めがけて振り抜かれる。


ブンッ!


リーア:「……なんだ」


驚きはなかった。


リーアは片手をすっと上げる。


がしっ。


振り抜かれた拳は、彼女の掌の中でぴたりと止まっていた。


あまりにも自然な動きだった。


まるで、そうなることが最初から分かっていたかのように。


リーア:「……」


リーアの目が、男を射抜く。


次の瞬間、戦士の顔色が変わった。


戦士:「ひっ……!」


声にならない悲鳴が漏れる。


ただ見られただけ。


それだけで、男の背筋に冷たいものが走った。


だが――その隙を狙うように。


ミアラの背後から、もう一人の戦士が飛びかかってきた。


リーア:「ミアラ!」


リーアが鋭く叫ぶ。


しかし。


ミアラ:「……」


ミアラは振り向きもしなかった。


小さな身体が、すっと横へ流れる。


伸びてきた腕を掴み、軽く引き込む。


くるり。


次の瞬間。


ドンッ!


男の身体が宙を舞い、石畳へ叩きつけられた。


ミアラ:「……なに?」


ぽつりと呟く。


その声が落ちた直後。


ざわ……。


通りを行き交っていた冒険者たちが、町人たちが、ぴたりと足を止めた。


一人。


また一人。


ゆっくりと、こちらへ顔を向ける。


その目には、何も宿っていなかった。


リーア:「……おいおい」


次の瞬間。


人々が、いっせいにリーアたちへ襲いかかってきた。


リーア:「どうなってんだよ、まったく……!」


悪態をつきながらも、リーアの動きは速かった。


飛び込んできた男の懐へ踏み込み――


ドゴッ!


腹へ蹴りを叩き込む。


男の身体が吹き飛び、後ろの数人を巻き込んで転がった。


ミアラもまた、小さな身体をひらひらと動かしながら、次々と襲いかかる相手を投げ飛ばしていく。


掴む。


流す。


転がす。


その動きに、無駄はまるでなかった。


通りは、たちまち乱戦へと変わっていく。


その光景を――少し離れた場所から、シャルクスは見ていた。


シャルクス:「……操られているのか」


人々は、まるで糸で吊られた人形のように襲いかかっている。


そこに怒りも恐怖もない。


ただ、命じられた通りに動いているだけ。


異様な光景だった。


シャルクスはすぐに視線を走らせる。


そして――通りの向こう側に、ひとりの女を見つけた。


黒い服をまとった女。


シャルクス:(……あの女だな)


根拠はない。


だが、確信に近かった。


この騒ぎの中心にいるのは、あいつだ。


メディル:「……」


女――メディルと、目が合う。


その瞬間。


彼女は妖しく、にやりと笑った。


そして。


くるりと踵を返し、走り出す。


シャルクス:(誘ってきやがるか……)


罠かもしれない。


いや、ほぼ間違いなく罠だ。


それでも――


シャルクス:(……行くしかねぇか)


シャルクスは通りを横切り、メディルの後を追って駆け出した。


リーア:「待て!」


リーアの声が飛ぶ。


襲いかかってくる人間を蹴散らしながら、リーアもすぐに追おうとする。


だが、次から次へと人が押し寄せてくる。


邪魔だ。


あまりにも邪魔だった。


リーア:「ちっ……!」


舌打ちし、目の前の男を投げ飛ばす。


その一瞬の間に、シャルクスは曲がり角へ飛び込んだ。


リーアも遅れて角を曲がる。


だが――


そこに、シャルクスの姿はもうなかった。


リーア:「……逃げられたか」


ぽつりと呟く。


気がつけば、通りには静けさが戻りつつあった。


つい先ほどまで襲いかかってきていた人々は、糸が切れたようにその場にへたり込んでいる。


騒ぎの跡だけが、石畳の上に残っていた。


リーアは、シャルクスが消えた通りの奥をじっと睨む。


その背後から。


ミアラ:「もう」


頬をぷくっと膨らませたミアラが歩いてきた。


ミアラ:「リーアちゃんがサボろうとしたのが、いけないんだからね」


リーア:「……悪かったよ」


力なく答える。


それでも、リーアの視線は通りの奥から離れなかった。


まるで、その先に残った気配を探るように――。





女を追って辿り着いた先は、街外れにある小さな公園だった。


昼間だというのに、人影はない。


風に揺れる木々の葉擦れだけが、やけに静かに耳へ届いていた。


シャルクス:(……さて、どうするかな)


数歩先に立つ女の背中を睨みながら、シャルクスは慎重に足を止めた。


先ほどの異様な騒ぎ。


人々を操り、リーアたちを足止めしたのは、間違いなくこの女だ。


結果的に助けられた形にはなった。


だが――それと信用できるかどうかは、まったく別の話だ。


女は、ゆっくりと振り返った。


メディル:「そんなに構えなくてもいいわよ」


ふっと、口元が緩む。


メディル:「別に取って食おうってわけじゃないんだから」


甘く、柔らかな声。


けれどその笑みには、どこか底の見えない危うさがあった。


油断すれば、魂ごと飲み込まれそうな――そんな笑みだ。


シャルクス:「人を魔法で操ってこき使うような奴を、信用できるかよ」


シャルクスの声は低かった。


シャルクス:「何者だ、貴様」


警戒は解かない。


むしろ、目の前の女が笑えば笑うほど、シャルクスの指先には力がこもっていった。


女は肩をすくめる。


メディル:「私はメディル」


名乗りは、あまりにもあっさりしていた。


そして、続ける。


メディル:「私も――バルデンの黄金を探しているの」


その言葉を聞いた瞬間。


シャルクスの目が鋭く細まった。


シャルクス:「バルデンの黄金を……?」


次の瞬間、声に刃が混じる。


シャルクス:「まさか貴様……ガスパーの手下か!」


メディルは一瞬だけ黙った。


それから――ふっ、と鼻で笑う。


メディル:「そうとも言えるわね」


あっさりと認めた。


だが、その瞳には怯えも動揺もない。


むしろ、シャルクスの反応を楽しんでいるように細められていた。


メディル:「でも安心して。私は――」


その瞳が、一瞬だけ妖しく赤く輝いた。


メディル:「あなたの味方にもなれるわよ」


シャルクス:「味方だと……?」


身構えたまま、シャルクスは眉をひそめる。


馬鹿げた話だ。


だが、その言葉を無視できない自分がいることにも気づいていた。


メディルはゆっくりと近づいてくる。


一歩。


また一歩。


シャルクスとの距離を、わざと焦らすように詰めながら。


メディル:「黄金を手に入れて、ガスパー卿の元へ持っていけば――」


そこで、メディルは囁くように言った。


メディル:「彼に直接会えるわ」


その一言が、静かにシャルクスの胸を突いた。


ガスパー。


ラスパル家を破滅へ追い込んだ男。


そして、シャルクスが長年追い続けてきた相手。


だがガスパーは、極めて用心深い。


多くの人間から恨みを買っていることを、誰よりも本人が理解している。


だからこそ、人前に姿を現すことはほとんどない。


シャルクスは何度も追った。


何度も手がかりを探した。


だが、一度たりとも、その姿を捉えられなかった。


メディル:「その手引きをしてあげる」


メディルは、にこりと笑った。


メディル:「悪い話じゃないでしょ?」


確かに。


悪くない。


いや――シャルクスにとっては、願ってもない話だった。


だが。


シャルクス:「そんなことをして……」


鋭い視線を、メディルへ向ける。


シャルクス:「お前に何の得がある」


核心を突く問い。


しかしメディルは、からからと楽しそうに笑った。


メディル:「そんなの、あなたには関係ないことよ」


そのまま、すっと顔を近づける。


メディル:「そんなくだらないことで悩んで――」


赤い瞳が、シャルクスを覗き込んだ。


メディル:「絶好のチャンスを逃すつもり?」


シャルクスは黙った。


これまで、何度も復讐の機会を探ってきた。


だが、ガスパーに近づくどころか、その所在すら掴めなかった。


この女を信用する理由などない。


むしろ、疑う理由ならいくらでもある。


それでも――。


こんな機会は、二度と来ないかもしれない。


長い沈黙のあと。


シャルクスは、小さく息を吐いた。


シャルクス:「……わかったよ」


その声には、諦めにも似た響きがあった。


シャルクス:「どうすればいい」


その言葉を聞いた瞬間。


メディルの唇が、ゆっくりと吊り上がった。


それはまるで――


深淵へ誘う悪魔の囁きのような、妖しい笑みだった。



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