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食えない奴らの黄金争奪戦 〜アーポット亭の黄金〜凄腕の冒険者たちが営む宿屋に眠る伝説の黄金  作者: 春夏かなた
第3章 バカだからできること

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第1話 冒険者の宿屋アーポット亭

雄大な山脈に抱かれた大地。


果てしなく続く深い森と、風に波打つ広大な平原。その境目に、ひときわ人の熱を帯びた都市があった。


冒険者のレクリコス


人間、エルフ、ドワーフ――さまざまな種族が行き交い、剣士、魔法使い、盗賊といった職業(クラス)を持つ冒険者たちが、夢と野望を胸に、今日も腕を競い合っている。


そんな街の一角に、ひときわ目を引く宿があった。


その名は――《アーポット亭》。


ギィ、と扉が開いた瞬間。


リーア:「いらっしゃいませ! アーポット亭へようこそ!」


店内に、明るい声が弾けた。


満面の笑みで客を迎えたのは、この宿の女将――リーア・アーポット。


栗色の髪を揺らし、愛想よく頭を下げるその姿は、まさに宿の看板女将……と言いたいところだが。


よく見れば、その笑顔はほんの少しだけ引きつっていた。


入ってきたのは、鎧に身を包んだ大柄な戦士だった。


戦士は店内をぐるりと見回し、リーアを見るなり、ぱっと顔を輝かせる。


大柄の戦士:「おおっ! なんだい、べっぴんさんがいるじゃねぇか!」


腹の底から響くような笑い声。


リーアの精一杯の作り笑顔には、もちろん気づいていない。


リーアは口元に手を添え、営業用の笑みをさらに深くした。


リーア:「あらぁ、お上手ですこと。女将のリーアですぅ。どうぞ、ごひいきに!」


にっこり。


花が咲いたような笑顔。


ただし、そのこめかみには、ぴきりと青筋が浮かんでいた。


大柄の戦士:「おお、よろしくな!」


戦士は何も知らないまま豪快に笑い、ずんずんと奥の部屋へ向かっていく。


その背中が、完全に見えなくなった瞬間――


リーア:「あー……しんど……」


笑顔が消えた。


一瞬だった。


リーアは懐から小さな瓶を取り出すと、慣れた手つきで栓を抜く。


そして、そのままぐいっと一気にあおった。


琥珀色の液体が喉を滑り落ちていく。


ごく、ごく、ごく――。


飲み干すたび、張りつめていた顔が少しずつ緩んでいった。


リーア:「ったく……なんだよ、このクソ忙しさは……」


ぼやきながら、ぽりぽりと尻をかく。


さっきまでの看板女将の面影は、もうどこにもない。


リーアは瓶をしまい、店内をぐるりと見回した。


冒険者たちの笑い声。


食器の触れ合う音。


注文を叫ぶ声。


今日もアーポット亭は、朝から騒がしい。


そのときだった。


リーア:「……ん?」


視線の先に、見慣れた小さな背中が映った。


宿の従業員であるミアラが、ひとりの客の手をぐいぐい引っ張りながら、どこかへ連れていこうとしている。


しかも、その客はどう見ても抵抗していた。


リーア:「……なにか、あったのかな」


小さく息を吐く。


面倒事の匂いがする。


それも、かなり濃いやつだ。


リーアはカウンターから離れると、ミアラたちのもとへ歩き出した。


――アーポット亭の騒がしい一日は、まだ始まったばかりだった。


シャルクス:「放してくださいよ」


腕を掴まれたまま、シャルクスは身をよじった。


だが、外れない。


ミアラ:「ダメ。逃げる気でしょ」


宿屋《アーポット亭》の雑用係、ミアラは、にこにことした顔のままシャルクスの腕をぎゅっと握り直した。


ギリッ。


シャルクス:「いったたた……!」


思わず顔が引きつる。


シャルクス:「逃げませんって。ただ……歩きにくいので、放してもらえませんかね……?」


ミアラ:「だーめ」


即答だった。


ホビット族であるミアラは小柄だ。

だが、その小さな体のどこにそんな力があるのか、握力はやけに強い。


身長差もあって、シャルクスはまるで散歩を嫌がる子犬のように、ずるずると引きずられていた。


そのとき――


リーア:「どうしたの、ミアラ?」


背後から声がかかった。


振り向くと、そこには女将のリーアが立っていた。


ミアラ:「あ、リーアちゃん」


ミアラはシャルクスの腕を逃がさないよう、しっかり掴んだまま振り返る。


ミアラ:「この人がね、地下倉庫に入ろうとしてたんだよ」


リーア:「地下倉庫? なんでそんなとこに……?」


リーアの視線が、ゆっくりとシャルクスへ向く。


シャルクス:「…………」


シャルクスは答えなかった。


いや、答えられなかったと言うべきか。


ミアラ:「わたしが聞いても、何も言ってくれないんだよ。だから、クリス君のところに連れていくの」


その言葉を聞いた瞬間。


リーアの口元が、にやりと吊り上がった。


リーア:「ああ、それなら――こいつはあたしが連れていくよ。ミアラ、ちょっと受付代わってくれ」


しかし。


ミアラはじっとリーアを見つめた。


半眼で。


ミアラ:「またサボるつもりでしょ」


リーア:「ぐっ……!」


鋭すぎる一言に、リーアは思わず一歩たじろいだ。


リーア:「そ、そんなわけないだろ。ちょっとだけだって」

ミアラ:「ほんとかなぁ……」


疑いの目は、まったく緩まない。


――その瞬間だった。


シャルクスの腕を掴んでいたミアラの手から、ほんのわずかに力が抜けた。


シャルクス:(今だ)


次の瞬間。


バッ!


シャルクスは腕を振りほどくと、そのまま一気に駆け出した。


ミアラ:「あっ!」


リーア:「待てっ!」


二人が追いかけようとした、その時。


シャルクスは走りながら、短く呪文を唱えた。


シャルクス:《影よ――動け》


その声に応じるように。


リーアとミアラの足元に落ちていた影が、ぬるりと動いた。


リーア&ミアラ:「うわっ!?」


黒い影が足に絡みつき、二人の体勢が崩れる。


次の瞬間――


どたんっ!


見事に足を取られ、二人の体が宙に浮いた。


そして。


すってんころりん。


そろって床に尻もちをつく。


リーア&ミアラ:「いたたた……」


その隙を、シャルクスは逃さなかった。


玄関へ一直線に駆け抜ける。


バンッ!


扉を開け放ち、外へ飛び出した。


そしてそのまま、レクリコスの街中へと姿を消す。


リーア:「逃がすかよ……!」


リーアはすぐさま立ち上がった。


ミアラも尻をさすりながら、慌てて立ち上がる。


リーア:「行くぞ、ミアラ!」


ミアラ:「うん!」


二人は痛む尻をこらえながら、シャルクスを追って外へ駆け出した。

 


シャルクス:「ったく……なんなんだよ、あの女は!」


荒い息を吐きながら、シャルクスは思わず悪態をついた。


背後から迫る気配に、背筋を冷たい汗が伝う。


先に宿を飛び出したのは自分だ。


しかも、ただ走っているわけではない。


建物の影。


人影。


路地裏の暗がり。


シャルクスは闇魔法を駆使し、影から影へと飛び移るように移動していた。


ほとんど瞬間移動に近い逃走術。


普通の追っ手なら、とっくに振り切っているはずだった。


それなのに――


シャルクス:(こっちは魔法使ってんだぞ!? なんで追いついてくるんだよっ!)


振り返らなくてもわかる。


背後から迫っているのは、アーポット亭の女将――リーア。


しかも。


まったく息が乱れていない。


シャルクス:「ただの従業員じゃねーのかよ……!」


半ば呪いのように呟きながら、シャルクスは石畳の通りを駆け抜けた。


冒険者の街レクリコスの景色が、次々と視界の端へ流れていく。


露店。


荷馬車。


剣を背負った冒険者。


昼下がりの賑わい。


そのすべてを縫うように、シャルクスは走った。


それでも。


背後の気配は、離れない。


――いや。


むしろ、じわじわと近づいてきている。


一方その頃。


必死に逃げ回るシャルクスとは対照的に、リーアはまるで散歩でもしているかのような足取りで通りを駆けていた。


リーア:「やるじゃないの」


軽く息を弾ませながら、楽しそうに笑う。


追いつけそうで、追いつけない。


その絶妙な距離を保ったまま、リーアはシャルクスを追い続けていた。


リーア:「でもね――」


その言葉が発せられた、まさにその瞬間。


シャルクスの視界の端。


横道から、小さな影がぴょんっと飛び出した。


ミアラ:「ばあああっ!」


元気いっぱいの声とともに、ミアラが通りへ飛び出してくる。


シャルクス:「うわっ!?」


突然進路を塞がれ、シャルクスは慌てて足を止めた。


ミアラは、リーアほど脚が速いわけではない。


だが――この街の路地や抜け道なら、誰よりもよく知っている。


その結果が、見事な先回りだった。


リーアがゆっくりと歩み寄ってくる。


そして、くすりと笑った。


リーア:「ウチにはいないんだよねぇ」


一歩。


また一歩。


逃げ道を塞ぐように、リーアはシャルクスとの距離を詰める。


リーア:「“ただの従業員”ってのは」


シャルクス:「くっ……」


シャルクスは悔しげに歯を食いしばった。



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