表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
食えない奴らの黄金争奪戦 〜アーポット亭の黄金〜凄腕の冒険者たちが営む宿屋に眠る伝説の黄金  作者: 春夏かなた
第2章 無法者たちの憂鬱

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/49

第7話 無法者たちの憂鬱

夕暮れが、街並みを茜色に染めていた。


店先に灯された電灯が、淡く揺れる。


開いたばかりの酒場の中は、まだ客もまばらで、いつもの喧騒にはほど遠い。


そんな静かな時間に――


カミーアはひとり、カウンター席に腰を下ろしていた。


目の前には、琥珀色の酒が入ったグラス。


だが、彼女の手は伸びない。


カミーアは、グラスの向こうにある何かを見つめるように、じっと目を細めていた。


時折、ふと視線を落とし、自分の手元を見る。


そして、ほんの少しだけ笑う。


その横顔を、マスターは何も言わずに見守っていた。


――しばらくして。


カミーア:「なあ、マスター」


ぽつりと落ちた声が、カウンターに染み込んだ。


マスター:「なんだい?」


マスターは磨いていたグラスを置き、ゆっくりとカミーアの前へ歩み寄る。


カミーアはグラスの中の酒を見つめたまま、少しだけ俯いていた。


カミーア:「昨夜、シャルと会ったよ」


マスター:「それはよかったね」


マスターは、にこりと口元を緩めた。


マスター:「元気だったかな、シャルクス君は」


二人の再会を素直に喜ぶような、穏やかな声だった。


だがカミーアは、ちらりと横目でマスターを見る。


カミーア:「わざとらしいなぁ」


そして、少し拗ねたように続けた。


カミーア:「ここにも来たんだろ? 情報を聞きに」


その指摘に、マスターは一瞬だけ目を丸くし――すぐに、にやりと笑った。


マスター:「ああ、来たよ」


あっさりと認める。


それを聞いた途端、カミーアは視線をグラスへ落とした。


頬に、わずかな赤みが差す。


カミーア:「それでぇ……あのぉ、そのぉ……」


声が、だんだん小さくなっていく。


カミーア:「あたいのこと、なにか……言ってなかったかな?」


最後の方は、酒場の静けさに紛れてしまいそうなほど小さかった。


マスターは少しだけ考えるように目を上げる。


マスター:「君のことは……特に何も言ってなかったな」


カミーア:「……あ、そう」


カミーアの肩から、ふっと力が抜けた。


それから彼女は、小さく息を吐く。


気を取り直すように顔を上げると、グラスの縁を指先で軽くつついた。


カミーア:「じゃあさ」


少しだけ上目遣いになる。


カミーア:「シャルが何をやってるのか……教えてくれたりは、しないよね?」


マスターは申し訳なさそうに笑った。


マスター:「そうだね。悪いけど」


カミーア:「だよね」


それでもカミーアは、怒らなかった。


ただ小さく微笑み、ふっと視線を落とす。


しばらく、二人の間に静かな時間が流れた。


やがて、マスターが何気ない調子で尋ねる。


マスター:「シャルクス君は、一緒に行こうって言わなかったのかい?」


カミーアは俯いたまま、グラスを持ち上げた。


琥珀色の酒を、ひと口だけ含む。


カミーア:「……言ってくれたよ。でも……」


そこで、言葉が止まった。


行きたくなかったわけじゃない。


むしろ、行きたかった。


あの背中を追って、一緒に歩きたかった。


けれど――足が動かなかった。


どうしてなのか。


その理由は、カミーア自身にもまだ分からない。


グラスを置いたまま黙り込むカミーアを、マスターは静かに見つめていた。


やがて、穏やかな声が落ちる。


マスター:「理由わけなんて、後から付けりゃいいんだよ」


カミーアは、はっと顔を上げた。


マスターは静かに笑っている。


マスター:「あの時も、そうだったろう?」


――あの時。


初めてシャルクスと出会った、あの夜。


酒場の片隅に座っていた、場違いなほど静かな青年。


苛立つように声をかけたはずなのに、いつの間にか話し込んでいた。


そして気づけば、手を差し出していた。


カミーア:「……そうだね」


カミーアは、小さく笑った。


カミーア:「ありがとう」


そう言って、ゆっくりと席を立つ。


マスター:「頑張れよ」


背中越しにかけられた声に、カミーアは振り向かず、軽く手を振った。


そして視線の先――


ブルトスとジャンが酒を飲んでいるテーブルへ向かって、歩き出した。




カミーアは、ブルトスとジャンが陣取るテーブルへ向かって歩き出した。


だが、その足が途中で止まる。


ぴたり、と。


そこに――見覚えのある男がいた。


カミーア:「ワッツ……」


低く、その名をこぼす。


視線の先。


下卑た笑い声を上げながら、豪快にジョッキをあおっている男。


ワッツだった。


カミーアは何も言わず、その男を鋭く睨みつける。


ワッツ:「おう、カミーアじゃねぇか。久しぶりだな」


その視線に気づいたワッツは、ジョッキをテーブルへ置いた。


口の端をにやりと吊り上げる。


カミーア:「……」


カミーアは答えない。


ふいっと顔を背け、そのまま押し黙った。


ワッツ:「何をしてた」


にやけた笑みを浮かべたまま、ワッツはカミーアを射抜くように見据える。


カミーア:「……何してたっていいだろ」


低く、吐き捨てるような声だった。


ワッツ:「こいつらを使って、俺の周りを嗅ぎ回ってただろ」


ワッツは両隣に座るブルトスとジャンへ、順に視線を向けた。


ジャンの顔には、わずかな不安が浮かんでいる。


一方のブルトスは、相変わらず涼しい顔で酒を口に運んでいた。


カミーア:「何もやってねぇよ。関係ねぇだろ、そいつらは」


ようやくカミーアは顔を上げた。


ワッツの視線を、真正面から受け止める。


ワッツ:「まあ、さしずめ仇を討つ機会でも伺ってたってところだろうがよ」


ワッツは椅子からゆっくりと立ち上がる。


ワッツ:「だけどな――」


一歩。


また一歩。


カミーアとの距離を詰めていく。


だが、カミーアも退かない。


一歩たりとも下がらず、真っ向から睨み返す。


次の瞬間――


ワッツは両腕を大きく広げ、店中に響く声で吼えた。


ワッツ:「俺は逃げも隠れもしねぇんだ! コソコソやってねぇで、とっととかかってきやがれ!!」


怒号が、酒場の隅々まで叩きつけられる。


ざわめいていた客たちが、一斉にこちらを振り向いた。


ワッツ:「負け犬が」


その一言で――


店内のざわめきが、すっと消えた。


誰も口を開かない。


誰も動かない。


カミーアは、低く呟いた。


カミーア:「……そのうちな」


それだけ言うと、くるりと踵を返す。


立ち去ろうとした――その時だった。


背後から、静かな声が落ちる。


ワッツ:「シャルクスに会ったんだってな」


その一言で。


カミーアの足が止まった。


振り向かないまま、短く返す。


カミーア:「……だから?」


ワッツは、小さく息を吐いた。


ワッツ:「明日からファーミストに遠征だ。おめぇも来い」


カミーアはゆっくりと振り返る。


眉が、きつく吊り上がっていた。


カミーア:「はぁ? なんであたいも行かなきゃなんねぇんだよ」


ワッツは、ぐっと視線を据えた。


そして、言い放つ。


ワッツ:「シャルクスのことを知りたきゃ――来るんだな」


それだけだった。


ワッツはもう何も言わず、カミーアに背を向ける。


そのまま、静かに酒場の出口へ歩いていった。


カミーア:「……」


カミーアは言葉を失い、ただその背中を見つめていた。


やがて、ブルトスとジャンが近づいてくる。


ブルトス:「どうするつもりだ?」


問いかけられても、カミーアはすぐには答えなかった。


シャルクスのこと。


ワッツの狙い。


ファーミストという行き先。


胸の奥で、いくつもの思いが絡み合う。


しばしの沈黙。


やがてカミーアは、静かに顔を上げた。


カミーア:「行こう。ファーミストに」


その瞳には、もう迷いはなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ