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『ノロマ、死ぬなよ』〜毒舌カバンと最弱少年の英雄譚〜  作者: 塩とわかめ
第二章:沈黙の相棒と、孤独な剣士の反撃
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第74話:三人の誓い

 山を下り、最寄りの街に辿り着いた翌日。


 三人は宿の一室に集まっていた。

 窓の外は曇り空。風もない、静かな日だった。街の人々はいつもと変わらない日常を送っているが、空の赤黒い筋に不安そうな視線を向けていた。何かが変わった。世界が——少しだけ歪んだ。それを、みんなが感じている。


 ユートはベッドに横たわったまま、天井を見つめていた。

 胸の中に——エイルの残滓がある。仮の心臓として、かろうじて動いている。いつまで保つかはわからない。一度死んで、借り物の力で蘇った命だった。でも——この命がある限り、やることがある。


「ユート。体の調子は?」


 ミラがドアを開けて入ってきた。左腕を吊っているが、表情はすっきりしていた。


「まあまあ、かな。胸が時々痛むけど——動ける。食えるし、走れるし、剣も振れる。昨日の夕飯、久しぶりに味がした」


「……あんまり無理しないで」


「お前が言うなよ。左腕、まだ動かないだろ」


 ミラが苦笑した。


「お互い様ね」


 ユートが体を起こし、ミラの隣に座った。二人の間の距離が、二年前よりも近い。


「……ミラ。二年間、一人で探してくれたんだってな。アルトのことも、俺のことも」


 ミラが一瞬固まった。


「……アルトが言ったの?」


「ああ。——ありがとう。俺は、お前に探してもらえるような人間じゃなかったのに。勝手なことをした俺を、二年も——」


「バカ言わないで」


 ミラの声が掠れた。目を逸らして——小さく鼻をすすった。


「……見つけたんだから。ちゃんと帰ってきなさいよ、今度は。二度目は、許さないから」


「——ああ。約束する」


 * * *


 アルトが部屋に入ってきた。手にはバルを抱えている。

 相変わらず——沈黙したまま。呼びかけても返事はない。


 アルトはバルをテーブルの上に置いた。

 いつもなら「置くな! 持て! 俺様をテーブルに置くなんざ百年早ぇ!」と怒鳴るはずの口が、閉じたままだった。


「……ユートさん、ミラさん。少し、話をしませんか」


 アルトは観察ノートを広げた。何度も丁寧に描かれた文字や図。仲間の情報。魔法のパターン。戦闘の記録。そして——白紙のページ。これからのことを、ここに書く。


「やるべきことを——整理したいんです」


「一つ。リアラを取り戻す」


「二つ。ルーナさんを救う。——倒すんじゃなく、救う。エイルさんの遺志でもあるけど、それだけじゃない。あの人は——悪い人じゃないと思うから」


「三つ。バルを復活させる方法を探す」


 三つの目標を書き出し、アルトが顔を上げた。


「全部やります。どれも諦めない」


 ユートが拳を握った。


「——ああ。俺も行く。あの子を——ルーナを、今度こそ助ける。エイルの代わりじゃない。俺自身が、助けたいんだ。あの子の笑顔を——もう一度、見たい」


 ミラが杖を握り直した。


「私も。リアラもバルも——もう誰も失わない。今度こそ。この杖は——仲間を守るために使う」


 三人の目が合った。

 ボロボロで、全員どこか壊れていて、万全とは程遠い。でも——目だけは、折れていなかった。


 * * *


 その夜。


 アルトは宿の屋根の上にいた。

 膝の上にバルを置いて、星のない空を見上げていた。赤黒い筋が走る空に、それでも月だけは——薄く光っていた。


「バル」


 小さな声で呼びかけた。


「聞こえてるかわかんないけど。——俺たち、また旅に出るよ」


 返事はない。


「二年前さ。お前が黙っちゃった時——俺、毎日話しかけてた。覚えてるだろ。くだらない話ばっかり。今日何食ったとか、どの方角に行くかとか。返事がなくても、喋り続けた。お前がいつか目を覚ました時に、退屈しないようにって」


 アルトはバルの表面を指でなぞった。銀色の紋様は消えて、ただの古びたバッグに見えた。でも——この手触りは、あの頃と同じだ。


「今は——話しかけるのがちょっと怖い。返事がないのが怖いんじゃなくて。お前がもう——本当にいなくなったのかもしれないって思うのが、怖い」


 風が吹いた。冷たい風。赤黒い空から降りてくるような、不吉な風。


「でもさ。お前に似たんだよ、俺。諦めが悪いのは。お前がいつも言ってたじゃん。『俺様は世界最強の魔道具だ』って。世界最強がこんなところで終わるわけないだろ」


 アルトはバルを持ち上げて、背中に背負い直した。


「だから——待ってて。絶対に連れ戻す。お前の毒舌がない旅は、静かすぎて退屈だから」


 曇り空の向こうに——北東の空がある。

 リアラが連れていかれた方角。ルーナが消えた方角。


 二年前——アルトは一人で旅に出た。

 何もわからず、何もできず、空っぽのバルを背負って。


 今は三人いる。

 全員ボロボロで。全員何かを失っていて。

 それでも——もう一人じゃない。


「——行こう。今度は、三人で」


 誰にも聞こえない声で——アルトは呟いた。

 月が、ほんの少しだけ——明るくなった気がした。

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