表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ノロマ、死ぬなよ』〜毒舌カバンと最弱少年の英雄譚〜  作者: 塩とわかめ
第二章:沈黙の相棒と、孤独な剣士の反撃
74/76

第70話:復活

 光が収まった時——そこに、一人の女性が立っていた。


 長い銀色の髪が風もないのに揺れている。

 尖った耳。妖精族の外見。だがその身に纏う魔力は——禍々しく、巨大で、この世のものとは思えなかった。空間そのものが歪み、床の石が粉々に砕けて宙に浮いている。

 広間に満ちていた赤黒い光が、この女性の体に吸い込まれるように収束していく。世界の力そのものが、彼女の元に集まっている。


 魔王。


 ——ルーナ。


 緑色の瞳が、ゆっくりと開いた。

 深い、底知れない色。千年の時間を封じ込めたような目。


「——ここ、は」


 ルーナの声が、微かに震えた。

 一瞬——ほんの一瞬だけ、その目には困惑があった。まるでどこにいるのかわからない迷子のような。長い眠りから覚めたばかりの、頼りなさ。


 だがすぐに、赤黒い光が瞳を覆い隠した。

 ディアルの憎しみが、ルーナの意識を塗り潰す。バルの中に封印されていた力が、ディアルの手で歪められ、ルーナの自我を侵食している。


「————」


 空気が変わった。

 温度が下がる。地面が軋む。魔法陣が砕ける。

 比喩ではなく、世界の法則が書き換わっていくような感覚。アルトの魔法剣がひとりでに輝き、ミラの杖が暴れ馬のように魔力を噴き出す。


 ルーナの体から放たれた魔力が衝撃波となり、黒の祭壇を崩壊させ始めた。黒い石壁が砕け、天井が崩れ落ちる。柱が次々に折れ、広間全体が地鳴りのような音を立てて崩壊していく。


 その衝撃波の余波で——遠く離れた空の色が、一瞬赤黒く変わった。世界中の魔力が揺れたかのような、不気味な震動。ミラの杖が暴走し、制御していない魔力が火花のように散った。


「っ——何? 今、杖が勝手に——魔力の流れがおかしい?」


 空間の魔力が乱れ始めている。魔王の復活がもたらした異変の最初の兆候だった。


 * * *


 崩壊する祭壇の中で、アルトは見た。


 ルーナが——リアラの元へ歩いていく。崩れ落ちる天井の破片が、ルーナの周囲だけを避けるように落ちていく。まるで世界そのものが道を開けているように。

 光の鎖から解放されたリアラは地面に崩れ落ちていた。意識があるのかわからない。魔力を搾り取られた体が、小さく震えている。


 ルーナの手がリアラに伸びた。

 リアラの体がルーナの魔力に包まれる。


「やめろ——! リアラに触るな——!!」


 アルトが駆け出した。だが魔力の壁に弾かれる。全身を殴られたような衝撃で、吹き飛ばされて石壁に叩きつけられた。起き上がろうとしたが、体が動かない。


 ルーナの手がリアラを抱き上げた。

 不思議なことに——ルーナの手つきは、乱暴ではなかった。まるで壊れ物を扱うように、慎重に。赤ん坊を抱くような、そんな優しさがあった。ディアルの命令で動いているはずなのに——この手つきだけが、命令とは違う何かに従っている。


 リアラが薄い意識の中で、ルーナの顔を見た。銀色の髪が頬にかかる。冷たいはずの魔王の手が——なぜか温かかった。


「……あなた……泣いてるの……?」


 ルーナの紅い瞳の奥で——確かに、光が揺れていた。涙のように。千年封じられていた誰かの記憶が、リアラの温かい魔力に触れて——一瞬だけ、浮かび上がったのかもしれない。


 だがその揺らぎは一瞬で消え、ルーナの体が魔力に包まれた。


 リアラが最後の力で呟いた。


「——大丈夫。……大丈夫だから」


 その声が誰に向けたものだったのか——アルトに、自分自身に、それとも——目の前で泣いている、この女性に。


 光が膨れ上がり——


 ルーナとリアラの姿が——


 消えた。


 * * *


 後に残ったのは——崩壊する祭壇と。

 冷たくなったユートと。

 空っぽになったバルと。

 左腕を負傷したミラと。

 そして——何もできなかったアルト。


 全てを失った。


 ユートは死に、リアラは魔王に連れ去られ、バルは空っぽになり、ディアルは笑いながら消えた。

 四日間の準備、四日間の強行軍。二年間の成長も。何一つ——届かなかった。


 アルトは膝をついた。


「リアラ……」


 手を伸ばしても、もう何も掴めなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ