第69話:ユートの選択
ミラがユートの体を抱きしめて泣いている。
アルトは膝をつき、震えたまま動けなかった。
広間は静かだった。
二つの戦いは終わった。こんな終わり方で。
「——ふふ」
笑い声が聞こえた。
「ふふふふ……」
ディアルだった。
片腕の魔族が、穏やかに——心の底から嬉しそうに笑っている。
「素晴らしい。——実に、素晴らしい」
「あなた方には、感謝の言葉を述べなければなりませんね」
「——何を……言って……」
アルトが掠れた声で言った。
「これで全てが揃いました」
ディアルの笑みが、深くなった。
「魔王様復活の条件——その剣士の魔核が魔道具に取り込まれた今、人間の限界を超えた絶望のエネルギーは魔道具の中に。妖精の魔力はあの小娘が。魔王様の魂は魔道具の中に封印されたまま。そして——高位の魔族の肉体」
ディアルが一歩、踏み出した。
「——全て、揃いました。ありがとうございます」
「そん、な——」
ユートの犠牲が——ディアルの計画を完成させた。
その事実が、アルトの頭を殴りつけた。
——だがそれを理解する暇すら、与えられなかった。
ディアルが動いた。
一瞬。
まばたきの間に——アルトの目の前に立っていた。
「では——頂きますね」
ディアルの手がバルを掴み取った。
アルトから引き剥がすように——軽々と。
「バ——ッ!!」
同時に、ディアルの片腕から放たれた魔力の衝撃波が、アルトの体を吹き飛ばした。
「がはっ——!!」
壁に叩きつけられ、全身に衝撃が走る。
ミラも——ユートの体を抱いたまま、衝撃波に巻き込まれて吹き飛んだ。
「きゃあっ——!!」
ユートの体と一緒に床を転がり、広間の隅に打ち付けられる。
たった一撃。
ディアルの片腕から放たれた、たった一撃で——二人ともが動けなくなった。
* * *
ディアルがバルを持って、魔法陣に向かって歩いていく。
『——離せッ!! この野郎ッ!! 離しやがれッ!!!』
バルが叫んだ。口をバタバタと開閉させ、ディアルの手に噛みつこうとする。だが——封印で力の大半を失ったバルでは、ディアルに傷一つつけられない。
『アルトッ!! アルトォォッ!!! 来いッ——助けに来いッ!!!』
アルトは壁の下で呻いていた。体が動かない。衝撃で肺が潰れたかのように、息ができない。
「バル……ッ」
手を伸ばす。だが——届かない。
ディアルが魔法陣の前に立った。
リアラが繋がれたまま、その光景を見ていた。
「——あなたは……」
リアラがかすれた声で言った。
「何を、しようとして——」
「魔王様をお迎えするのです」
ディアルが穏やかに微笑んだ。
そしてバルを魔法陣の中心に置き——自身も、魔法陣の上に立った。
「さぁ——始めましょう」
ディアルの両腕が、天に向かって掲げられた。
魔法陣が——轟音を上げて起動した。
* * *
「あああああああああああああああ!!!!」
リアラの悲鳴が広間を引き裂いた。
エメラルド色の光がリアラの体から引き出されていく。妖精の血族の魔力が、魔法陣に吸い上げられていた。
「リアラ!!!」
アルトが叫んだ。体を無理矢理に動かす。必死に立ち上がり、魔法陣に向かって走った。
『ギャアアアアアアアッ——!!!!』
バルの絶叫が重なった。
魔法陣の力に捕らわれ、バルの体が宙に浮かぶ。赤黒い光がバルを包み、取り込まれた魔核のエネルギーと——その中に封印された魔王の魂を、強制的に引き抜こうとしていた。
『痛い——ッ!! いでぇぇぇ——!! 俺の中から——何かが——引っ張り、出され——いでぇよぉぉぉッ!!!』
バルの傷跡の銀色の紋様が砕けていく。
赤黒い光の塊が亀裂から噴出し——魔王の核が、バルから引き抜かれた。
『…………いてぇ……よ……畜生……』
バルの声が震えた。泣いているようだった。
リアラの魔力。
バルの中のユートの心臓の代わりをしていた魔核と、奥底に封印されし魔王の核。
三つの条件が一点に集束していく。
「お待たせしました——ルーナ様」
ディアルが最後に微笑んだ。
「あなたの忠実な僕が——最後の扉を開きます」
ディアルの体が——魔力に変換されていく。肉体が解け、赤黒い光となって魔法陣に吸い込まれていく。笑みを浮かべたまま。満足げに。
「人間の皆さん。——どうか、覚えておいてください。私たちがなぜ怒っていたのかを」
ディアルが——消えた。
四つ目の条件が満たされる。
魔法陣が、最大の輝きを放つ。
「リアラ——ッ!!! バル——ッ!!!」
アルトが魔法陣に飛び込もうとした。
——弾かれた。
溢れ出す魔力の嵐が壁のように立ちはだかり、アルトの体を吹き飛ばした。何度立ち上がっても、何度突進しても——弾かれる。
「くそッ——くそッ!! 届けよ——ッ!!!」
ミラは——動けなかった。
ユートの体を抱いたまま、魔法陣を見つめている。涙が流れているのに、声が出ない。何も——何もできない。
バルが——リアラが——ユートが——
全てが、奪われていく。
魔法陣の光が、天を貫いた。




