【第二百十五話】どっちだろうね
宿に帰っている途中、アディは自身の手帳を大切そうに抱きしめながらふんふんと先程よりも上機嫌に鼻唄を歌っていた。
「手帳が欲しかったの?」
僕がそう言うと、彼女は「うん!」と返事をして、手帳の中身を開いた。
白紙。まあ手帳だから当たり前だが。
「どういうことを書くつもりなの?」
僕は彼女にそう訊いてみたが「秘密」とアディは口元に人差し指を立てて僕にそう言った。
秘密というのであれば仕方ないか。
僕は勇者のように勝手に人の書いたものを覗き込むような人間ではないのだ。
「そういえばリーバくん」
アディが手帳を閉じ、視線を前に向けたまま僕の名前を呼んだ。
「なに?」
「さっき、私が話しかけた時に露骨に動揺していたけど、なんで?」
彼女は普通のトーンでそう言うが、僕を怪しんでいることがわかる。
なんて言ったものか……。
「えっと……つい話しかけられてびっくりしたと言いますか……」
圧倒的言い訳感が凄まじい。
先程の出来事があった今に「僕たち、付き合ってるの?」なんて言おうものなら、彼女の心になんらかの影響を与えるのは必然だろう。
なんとかして、なんとかしてでも今この場をやり過ごさなければいけない……。
「……ホントは?」
案の定彼女は僕の言葉を言い訳と見抜き、僕の方を睨みながらそう言ってきた。
「ホントも何も……本当にびっくりしただけですよ……?」
「敬語を使うなんてリーバくんらしくないね?」
アディは僕の顔に自身の顔を近づけてそう言ってきた。
少しばかり不味い状況かもしれない。
周りの人の目が完全にトラブルが起こっているカップルに対して向けるものになっている。
「えーっと、そんのですね……」
段々と状況は悪くなるばかり、段々と彼女の目がマジになっていくばかり。
まだ彼女の怒りがピークに達していない今なら、もういっそのことゲロってしまった方が良いのでは? という案すら僕の脳内に出始めている。
「また私に隠し事するの?」
それを言われたらどうしようもない。
彼女に隠し事をしてしまっていることがバレたりしたら、後になって傷になることが分かっている以上、僕は吐くしかないのだろう。
ただ……大丈夫かな……?
「怒らない……?」
「…………場合によっては」
彼女は少しの間悩んだ後に僕にそう言ってきた。場合によっては怒らないらしい。
つまりは怒る可能性のほうが大きいわけで……かと言って黙っていても状況が好調するとは思えないしな……。
悩みどころだ。
「傷つくかもしれないけど、いい?」
僕は恐る恐るそう訊いてみる。
彼女は少し不安げな顔になりながら、同意なのかどうかといった曖昧で小さな頷きをした。
僕はまた恐る恐る口を開いた。
「僕たちって、付き合ってるの?」
【視点変更:スクリ・インカフ】
せっかく今日に備えて昨日は早く寝たのに、夕方になった今でも訪問者は1人も来ないとは……。
最近では他にもフリル金貨3枚が裏闘技場で飛んだし、それで私はリーバルトさんに叱られたし……私って神様に嫌われているのでは?
「あー暇だー」
このままじゃ寝てしまいそうだ。
早くに寝て、早くに起きた弊害かな? 少し睡魔が襲ってきてる……。
「……リーバルトさん、へそくり隠してないかな?」
眠気覚ましにでも探してみようか。あの人がまさか全財産を持ち歩くわけが無い。盗まれた時のように少しは宿に金を置いてるはずだ!
案外ベッドの下とかに隠してたり……?
……まあ無いか。
私がお金をくすねまくったせいかあの人、お金を隠す場所が巧妙になったしなぁ。
「この前は確か机の裏側に……無いか」
となると、椅子の裏? でもわざわざそんなわかりやすい場所にあの人がお金を置くとは思えないしなぁ。いや、貼る? まあどっちでもいいか。
ベッドシーツの下! ……にも無い。
蝋燭台の下! 机の引き出しの奥! まさか二重底……? ではないか。
駄目だ、日に日に巧妙さが増してる……。
もしあの人がこの宿の主人にお金を預けてたら、これ以上何をしようと無駄だしなぁ。
「あー! なんでギャンブルの一つもさせてくれないんですかぁ!?」
どこか遠くからリーバルトさんが叫ぶような声がしなかったでもない。
しかし……本当に暇だな。
天井の木材の目でも数えてみようか?
でもそんな暇人レベルマックスの所業なんてやりたくないし……というかそんな行為をやる人とは関わり合いになりたくないというか……。
「……遅いな」
そろそろリーバルトさん達が帰ってきてもおかしくはない時間なはず。
外も暗くなってきたし、何かあったのだろうか?
まあリーバルトさんは杖を持ってるし、よほどのことじゃなければ問題はないな!
その分、私がリーバルトさんのへそくりを探す時間が増えますねぇ!?
……いや、誰かが私の部屋に近づいてきてる……リーバルトさん? でもかなり急いでるし……。
私は心優しい人間だから扉を開けてあげることにしましょう。
本当は株を稼いで金を貰うためですけど……。
「はいはいー、今開けますよ──」
私は扉のドアノブに手を掛けて、扉を前に押した。
これでリーバルトさんの私に対する株はうなぎ登りなはずだ! ふへへ、貰ったお金で何をしようか……。
カードゲームで稼ぐのもありだけど……やはり裏闘技場が一番手汗握るし……悩みどころだ。
「スクリちゃんッ!!」
私が出迎えた人物はリーバルトさんではなかったようだ。
私は出迎えた人物に抱きつかれた勢いで後ろに倒れた。
「いてて……アディちゃん?」
私が出迎えた人物は、緑色の髪はぼさぼさになっていて、目元には泣き腫らした跡があった。




