【第二百十四話】え? どっち?
僕は昨日の女性の話を聞いて、壁の直ぐ側まで行ってみた。
壁のどこらへんでシビルっぽい人物を見つけたかを聞いておけばよかったと後悔しながらも、僕は壁に触れてみる。
感触は普通の石で出来た壁だ。
おそらく魔法耐性のある石の素材を使っているのだろうとはわかるが、それ以上に興味がそそられる点は無いような気もする。
それとも、ここにはないだけで他のところに特徴的な点があるのだろうか?
そもそも、シビルが壁を見て何になるのかすらわからないから、壁自体の特徴を把握するのは難しいだろう。
僕は壁に沿ってガードリアの街を歩き始めた。
歩いている途中で壁を見上げたり、何かおかしなところが無いかを確認してみるが、たまに壁の上に見張りの帝国兵がいるだけで、それ以上に何かがあるなんてことはない。
今は日陰があるから良いものの、それでも今は夏だからか暑い。
このまま壁伝いに歩いていくと、日光に当たる場所に出てしまう。できるだけ涼しくいたいものだが……。
「暑い……」
今日は前日と比べて特別暑いようで、たまにすれ違う人も皆かなり汗をかいていた。
僕はとにかく歩いては壁の観察を繰り返し、シビルらしき人物が何を見つけたかを探すが、依然としてそういったものが見つかる気配はない。
シビルは何を元にして行動をしている?
いや、そもそも壁にはなんの変哲もなくて、壁の役割自体に目的があったのではないだろうか?
元来、ガードリアの街はホーラ王国の兵が侵攻時において、帝都に辿り着く前に通るであろう防衛に重要な場所だ。
街自体の歴史も古く、この街が建造されたのは400年も昔だという。
何回も改修工事が続けられてこの壁があると考えると、この壁が建造されてからもそれなりに時間が経っているはずだ。
この壁が建造されて以来、ホーラ王国がこれ以上先に進行することはなかったという。
そこにシビルは目をつけたのではないだろうか。
今後、自分の脅威もしくは利益となるものの見本としてこれを見に来たのではないか?
……なんて、シビルの心の内がわからないのに決めつけるのは早計か。
僕はその後も数時間壁の周りを歩き続け、最終的になんの成果もないまま壁を一周してしまった。
もし、女性の言っていた人物がシビルだとして、彼女はまだこの街にいるのだろうか。
いや、いたとしても僕たちの目の前に姿を現すことはないだろうし、あいつは同じ場所にしばらく留まるなんてことはしない。用件が済んだら次のところへと向かうだろう。
せめて、そのシビルらしき人物が次に向かう場所を知りたい。
僕はその後、市場の方へと出てみてシビルの事を街の人に聞いてみたが、やはり有力な情報はでなかった。
◇
「リーバくん!」
日が沈んでいる途中、僕はその声が聴こえた瞬間に背中に抱きつかれた。
僕の視界の右端に夕日を反射している緑の髪の毛が見える。
「今日は大胆だね……?」
僕がそう言うと、アディはえへへと恥ずかしそうに笑って僕の隣を歩き始めた。
精神状態も見る限りは良好だ。
多分、彼女のもともとの性格はこのように明るいのだろう。そんな彼女があのように自暴自棄になっていたり、ネガティブな考えに陥らせていたほど、勇者との日々が地獄だったことがわかる。
「シビルのことは何か分かった?」
「ううん……何も」
「やっぱりか……僕もだよ」
僕はそう言って落胆の溜息をつく。
中々シビルの情報は集まらない。道端で人に聞くという作戦自体が駄目なのだろうか。
となると、張り紙作戦を推進していくのが一番良いような気もするが、昨日が特別運が良かっただけで、別に張り紙の効力自体は道端を歩いている人に聞くのとあまり変わらない可能性もある。
もうちょっと別の方法を考えてみるか……?
そのように考えながら歩いていたら、ふと隣でアディが鼻唄を歌っていることに気がついた。
「……なにか買ってあげるよ」
僕はなんとなくアディに何かをプレゼントしたい気持ちになったのでそう言ってみる。
その言葉を聞いたアディは、目を丸くして僕の方を見つめてくる。
「いいの!?」
まるで子どものようにアディはそう言って、僕の目をじっと見つめてきた。
夕焼けの光を反射している彼女の目が綺麗だ。
「うん。ただ、あまり高いものは勘弁してね……?」
流石に最近は出費も凄まじいからな……。誰かさんのせいでフリル金貨3枚分が飛んでいったし、次の支援金がくるまで少しは節約したいところだ。
「うん!」
彼女は朗らかに笑ってそう返事をする。
僕はアディに連れられるままガードリアの中心を歩く。
ガードリアの中心にある市場は、帝都の城の近くの市場よりかは幾分か規模は小さいが、それでもある程度は豊かである。
「あそこに行こう!」
アディはそう言って、一つの雑貨店の方を指さして僕の手を引っ張り、そこへと向かう。
僕の手を握っている彼女の手は白く小さいが、それでも僕の手を強く掴んでいて離さない。
僕たちが雑貨店の中に入ると、店員である老婆が僕たちのことをちらりと横目で見てきたが、それ以上はなんの面白みも感じなかったのか、老婆はすぐに僕たちから視線を逸らした。
店の品揃えはそれなりに良く、物静かな雰囲気が漂っている店だ。
店主は少し無愛想に思えるが、悪い人のようには見えない。
「何を買うの?」
僕は何かを探しているアディにそう訊いてみた。
アディは商品棚を次から次へと端から端まで見て、何か一つの物を見つけるようにしきりに首と目を動かしている。
「えっとね……あった!」
そう言ってアディが商品棚から取ったものは、灰色の表紙が特徴的な単行本ほどの大きさの本だ。
何かの小説だろうか? 剣を扱うアディなら剣術書という可能性もある。
「本? 何か読むの?」
「ううん。手帳だよ」
「日記でもつけるの?」
僕がそう言うと、アディは「そんなところかな?」と言って僕にそれを手渡してきた。
「何も灰色の表紙を選ばなくても……そこに綺麗な赤色とか、緑色もあるし……」
「いや。灰色がいい」
アディは絶対に意見は変えないというような力強い目で僕の事を見つめてきた。
灰色が好きなのだろうか。
まあ好きな色だというのであればそれでいいのだが……。
「すいません。これください」
僕はそう思って、店主の老婆にその灰色の手帳を見せた。
老婆は僕が手に持っている手帳を目を凝らしながら見ている。
「それは……フリル銀貨3枚だよ」
やはり紙でできたものは高いな。
いくら魔法のおかげで紙の生産が早いとはいえ、それでも現代日本のようにそこまで安いわけじゃない。
現代技術が恋しいなぁ……。
「わかりました……」
僕はそう言って、財布の中からフリル銀貨3枚を取り出して店主の老婆にそれを渡した。
「ありがとさん。彼女さんも、感謝しときな」
老婆がそう言ったので、僕は少し動揺した。
そのように見えるのか……。いやそうなのか?
一応、僕は彼女に好きとは言ったが……あれは恋が成就したという判定になっているか?
よくよく考えてみたら、アディと僕は付き合っているのかどうか少しばかり曖昧に思える。
アディの反応を見ればわかるだろうか。
そう思って僕は隣のアディの顔を見てみると、彼女は顔を赤くしてうつむいていた。
……どっちだ?
彼女的には僕と付き合っていると思っているのか? それとも思っていないのか?
あれ? まずい!? このままじゃ僕に、勝手に付き合っていると勘違いしていた痛い男か、まさか付き合っているとは思っていなかったクズ男かのどっちかの烙印が押されてしまう!?
「……? リーバくん? どうしたの?」
「あ!? え!? あぁ! うん、なんでもないよ?」
明らかに動揺してしまった。
今の僕たちは……どっちなんだ!?




