【第二百十三話】あの話題
「新しい配下ですか……」
日が落ちて少し経ったころ、スクリ達が帰ってきたので僕は今日訪問してきた女性の話をした。
スクリは椅子に座りながら腕を組み、難しい顔をしている。
「その女性の話が嘘という可能性は?」
「多分無いと思うけど……詳しくはわからないね」
まさかわざわざ宿までやって来てホラ話を吹く人間などいないだろう。
もしいたとしたら、それは相当な暇人である。
「でもシビル=メルクディアの名前を知らない人って中々いませんよ? なんたって魔王なんですから」
「シビルの場合、どちらかと言うと憎悪の魔王って呼び名のほうが通じてるから……」
それに魔王にも色々といるらしい、憎悪の他にも、感嘆の魔王、恍惚の魔王、警戒の魔王なんてものもいるらしいし、シビルなんて名を知っている人のほうが少ないだろう。
もし仮に知っている人がいたとしても、余程のマニアでない限りは「シビル? あー聞いたことあるな」ぐらいにしか感じない。
もっとも、実際にシビルに会ってみると、果てしないほどの憎悪と畏れを感じるようだが。
「それもそうですけど……」
スクリはなにやら不満があるように吃った。
確かに現実味がないのはわかる。昔に行動を共にしていた奴が、いきなり配下を連れなにやら怪しいことをしているなんて話、信じる奴はそうそういないだろう。
しかし、別れて久しい友人と再会してみたらマルチの勧誘をしてきたなんて話もあるし、絶対にないという話ではない。
そもそも相手がシビルだ、普通にありえる。
「とりあえず、今はこれぐらいしか情報はないんだし明日に期待しておいたほうがいいかも」
「それもそうですね……」
スクリはそう言って、明日の自分の当番に備えるべく就寝の準備に入りかかった。
スクリがベッドのシーツを整え始めたので、僕もスクリと同じように自分のベッドのシーツのシワを伸ばす。
「まだ夜になってからそんなに経ってないよ?」
僕はシワを伸ばしつつスクリにそう訊いた。
彼女はベッドの整理を終えると、今度はベッド周りの床に魔法でそよ風を吹かせて簡単な掃除まで始める。
「今体力を回復しておかないと、明日いざという時に動けないですから」
いつにも増して今日のスクリは真面目だな……。
何か化け物でも取り憑いたのだろうか。
「スクリ……今日はもう休んだほうがいい」
「今休もうとしているんですけど?」
何言ってるんだこいつみたいな目でスクリは僕の事を見つめてくる。
「晩ご飯食べますか? スクリちゃん」
アディが野菜の入った紙袋を持ちながらスクリにそう訊く。
何か作ってくれるのだろうか。
「今日はいいかな。あと敬語はいいよ。私とアディちゃんの仲なんだから」
スクリがそう言うと、アディは「うん」と嬉しそうに答えた。
やっぱり僕よりもスクリの方がアディと打ち解けてないか……? なんだか疎外感を感じている僕がいた。
「リーバくんはどうする……?」
アディはまるで僕が断ってしまうのではないかと恐れているような雰囲気を出しながら、僕にそう訊いてくる。
「僕は食べるよ。何か作るの?」
僕がそう言うと、アディはほっと安心した溜息をついたあとに小さく頷いた。
「うん、スクリちゃんが貰ってきた野菜を使ってポトフを作ろうかなって」
「そうなの? 楽しみだな」
僕が少しだけ大きな声でそう言うと、アディは少し照れたように耳を赤くして「じゃ、じゃあキッチン借りてくるね」と言って、野菜の入った紙袋を持ってせっせと部屋の外へと出ていった。
ずいぶんと可愛いものだ。
「じゃ、私も寝ますから、静かにしておいてくださいね、リーバルトさん」
スクリはそう言って、ベッドに横たわって僕の方に背を向けてきた。
静かな部屋の中で僕は暇になったので、自分のベッドに座り込んで、近くに転がっていたスクリの魔術書を広げて読むことにした。
魔術書に載っているのはほとんどが治癒魔法ばかりで、詠唱魔法や基礎魔法についてはほとんど何も書かれていないが、それでも治癒魔法のことについてならある程度わかりやすく書かれている。
これだけでも暇つぶしができるな。僕はそう思って、最初のページの治癒魔法理論なる項目を黙読し始めた。
「……リーバルトさん」
僕が2ページ分読み終わり、次のページにさしかかろうとした瞬間に、寝ているはずのスクリがそのように僕の名前を呼んだ。
「寝るんじゃなかったの?」
僕は指を今読んでいるページに挟み込み、魔術書を閉じる。
スクリはやはり僕に背を向けながら横になっていて、彼女の表情を把握することが出来ない。
「あの時、勇者があなたと口論していた時に出ていた話題が、ずっと気になってるんですよ」
スクリは僕の言葉を無視してそのように言った。
あの時……というと僕が左腕を失って大量出血で気を失う直前でのことか。
その時の話題というのは、おそらくだが日本やら、転生やら、そこらへんの話だ。
「話題って?」
僕はしらばっくれる。
前世の事を教えてろくなことにならないのはわかりきっているのだ。
「忘れたとは言わせませんよ。ニホンやらトラックやら、聞いたことのない言葉をまるで2人だけの秘密という感じで交わし合って……あのときは私も気が動転していてあまり気づかなかったんですけど、よくよく考えてみればおかしいですよね」
スクリは問い詰めるようにして僕にそう言ってくる。
あまり気づかないでほしかった話題だ……。
「さぁ? 僕は何も知らないよ? 記憶違いじゃない?」
僕はそれでも何も知らないという体を貫き通す思いでそう言った。
何を言われようとも、僕は他人に僕の前世のことを話すつもりはない。
「…………私はいいですけど、アディちゃんはどう思うんでしょうね」
スクリは最後にそう言って、黙り込んだ。
僕は彼女に「おーい」だの「起きてる?」などの声を掛けてみるが、反応が返ってくることがないので、単に眠ってしまったか無視をしているのどちらかだろう。
アディがあれを聞いてどう思うか……か。
「そんなの、彼女にしかわからないだろう」
僕は反応を返すことのないスクリにそう言った。




