【第二百十二話】狂人ども
張り紙を街の掲示板と市場の一部の店で張り出してもらえることになった。
ひとまずはこれでシビルの情報が集まると良いのだが……。
張り紙を見て僕たちの宿にやって来た人を出迎えるための当番を決めるため、僕たちは昨日スクリを一通り叱った後、色々と話し合った。
話し合いと言っても、僕も含めて3人どこでもいいなんて言うのだから、1人がどこの日を担当するか決めた途端にすぐに順番は決まったが。
話し合いの結果、日替わりで僕、スクリ、アディの順で当番をすることとなった。
ちなみにスクリは昨日フリル金貨3枚を無駄にしていたらしい。
アディがトイレに行っていたという短時間の間にフリル金貨3枚の損、逆に才能だろ。
いつになったら彼女はギャンブルを止めてくれるだろうか?
それで今日は僕が当番の日なのだが……。
ただ宿に留まっているというだけなので流石に暇だ。暇を持て余しすぎて、ついぞ天井の木材の目を数え始める始末。
今数えているだけでも天井の木材の目の数は27個を突破した。
僕がゆっくりと何百個もの木材の目を数え終えては、また数えるを5回は繰り返していたころ、30か40ぐらい目の数が前後することに苛立ちを覚えていた時に、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「すいません」
部屋の扉をノックした人物は扉の向こうでそのように言った。
どうやらお尋ね者のようだ。
「はーい。入ってください。天井の木材の目ならいくらでもありますよ」
「天井の木材の目……? あっえっと、失礼します……」
僕は部屋の扉を開けると、そこには茶髪の20かそこらへんの若い女性が立っていた。
僕のギャグは理解されなかったが、いい人そうだ。
「市場の張り紙を見てきたんですけど……」
女性は不安げに僕の事を見つめながらそう言ってきた。
さっきのギャグのせいで僕が変な目で見られている気がする。
流石にふざけすぎたかな? 一応僕はまともな人間で通しているのだが……。
「ああそうですか! ささ、どうぞ入って……」
僕はそう言って女性を宿の部屋の中へと案内する。
女性は少し不安げに部屋へと入ってきて、辺りを見渡した。そんなに心配しなくたって、誰も取って食おうとは思っていないのだが。
しかし、やはり張り紙作戦は効果があったな。
僕は椅子を向かい合わせに2つ並べ、その間に土属性の魔法で円を描いている机を作り出した。
女性は目の前に突如として現れた机に目を丸くしながらも、僕に促されるがまま椅子に座り、僕も女性の正面の椅子へと座る。
「凄いですね……魔術師なんですか?」
「ええ、まあ一応」
僕はそう言って、扉の近くに立てかけている僕の杖に目をやる。
女性の方も僕の杖に目をやって、感心したような表情で小さく首を振った。
「それで、張り紙の内容なんですが……」
僕がそう言うと女性は「ああ! はい」と返事をして、話を始めた。
人違いの話の可能性がある以上、現段階ではなんともいえない。
「今から大体3日前ぐらいに黒いフード付きのロングマントを着た人が、内壁を見上げてたんです」
3日前と言うと、僕たちがまだガードリアに着く前のときか。
「今って夏なのに、そんな暑そうな格好でいるなんて不思議だなって思って、こっそりと顔を覗いてみたんです」
そんな100人に聞いたら全員が不審者と答えそうな人物の顔をわざわざ覗きに行くとは、この人度胸あるな……。僕だったら間違いなく見てみぬふりをしている。
「そしたら、あの張り紙通りの、黒い髪の毛と金色の目をしてたんです」
そのフードの中身の顔の特徴だけ聞いてみると、確かにシビルだ。
しかし、内壁を見上げていたとはどういうことだろうか。少なくとも、シビルはこの街に1回は来ているので、そんなに物珍しく街を囲んでいる壁を見ることは少ないだろうに。
「壁を見上げるとはどんな風に?」
僕は気になってそう聞いた。
「細かい所まで観察するような目でした。顔を覗き込んでいる私の存在にも気づいていない程真剣に壁を観察をしてたんです」
この人どれぐらいの近さでシビルの顔覗き込んでたの?
言い方的に至近距離で覗き込んだみたいなニュアンスがあるような気もするけど……。
「どれぐらいの近さで覗き込んだんですか?」
「その人から見て右前方の大体1mぐらいの距離で覗き込みました」
近いな!?
それだけの距離と方角から自分の顔を覗き込まれたら、嫌でも気がつくような気もするのだが。
それほど熟考をしていたのだろうか? それとも気づいてはいたけど無視したのか?
シビルのことだからどちらもありうる。
「ち、ちなみにどんな風に覗き込みました……?」
「5秒間ぐらい上手く顔が見えないか首を動かしたりしていました」
不思議と僕の頭の中に、シビルの目の前でダンスのように首を回している女性の姿が思い浮かんだ。
怖い。
傍から見たら黒いローブ付きのロングマントを着た怪しい人物の前で、首をくねくねと動かしている変な人間がいる状況だ。
新しい怪異、もしくは儀式の類と勘違いされても特段おかしくはない。
「怖いです」
「ですよね……壁を見上げてる黒いフード付きのロングマントを被った人間なんて怖いですよね……」
それも怖いが、今僕の目の前にいる人物も少し怖い。
いきなり襲いかかってきたりしないよな……?
というか、勝手に女性の見た人物をシビルと決めつけていたが、本当にシビルかどうかは定かではない。
もしかしたら、どこかの宗教団体の信者かもしれないし、ただ壁に興味があるだけの壁マニアの可能性もまぁ無くはない。
どのみち狂人であることには変わりないが。
「あぁ、それと」
僕がもう怖いから終わってくれと願っていると、その願いも虚しく女性がそう言った。
「その後、その人の近くにまた同じ格好をした人が近づいてきたんです」
同じ格好をした人物が……?
シビルに仲間などいたのだろうか? でも配下はいないと言っていたし……とすると、シビルではないか、それとも僕と別れたあとに配下を作ったのか。
「それでその人達の話を盗み聞きしたんですけど……」
やはりこの女性の行動力はどうなっているのだろうか。
少し怖そうな人がいたから近づいて顔を至近距離で首をくねらせながら覗き、なんかまた怖そうな人が来て話し始めたから会話を盗み聞きする。
もう目の前の女性を単なる人間と思えなくなっている僕がいた。もはや何かの偶然か因果でやって来た妖怪ではないだろうか。
「やっぱり一人称が我で、二人称はお前さんでした」
その話を聞くとよりシビルの可能性が高まったな。
しかしだとしたら、その新しく増えた人物が誰なのか、なぜ壁を見上げていたのかの疑問が更に深まる。
「話は詳しくは聞き取れなかったんですけど、配下とか、お城だとかそんな単語が聞こえてきたんです」
配下? お城? 一体何の話だろうか。
どこかの国の城でも落とす気なのだろうか。一番近いところで言ったらリミラスのいるところだが……。
「その話の内容の中で、シビルという単語は聞こえましたか?」
僕がそう聞いてみると、女性は驚いたというような顔をして「聞こえました! 新しく来た方の人が様付けでそう言ってました!」と言った。
やはりシビルの可能性が高いな。まさか張り紙を張り出してから一発目でこんな情報が手に入るとは。
しかし様付けでシビルのことを呼ぶということは、やはり配下でも作ったのだろうか。
「その後、その人達がどこに行ったとかは知ってますか?」
「いえ、その人達がどこかへ行く前に、私のほうで用事があったので、その人達がどこかへ行ったとかは……」
まあ仕方がない。
しかし、シビルがこの街に訪れて、配下も連れていたという情報を手に入れただけでもかなりの収穫だ。
「ありがとうございます。そうだ、お礼にこの中の野菜でも持っていってください」
僕はそう言って、昨日スクリが貰ってきた野菜の入った紙袋を女性の前に開いてみせた。
何故か僕の手と足が震えている。
女性は「ありがとうございます」と言って紙袋の中からトマトを一つ取り、その後適当な雑談を済ませたあと、この部屋から出ていった。
今日の訪問者はその女性だけだったものの、シビル発見の大きな一歩となったのは間違いないだろう。
そう思って、僕はまた天井の木材の目を数え始めた。




