【第二百八話】宿での夜
……なにこれ。
特にやることも無いけれど、何かをやらないとこの空間のいい知れぬ圧に耐えられないと言うか……。
「……」
「……」
外はもうすっかり暗くなってしまっていて、宿の部屋の明かりは壁にある蝋燭数本という、まぁまぁ暗い中だ。
アディの横顔は温かい暖色の光を浴びており、彼女の深緑色の髪の毛の一本一本が光を反射していて、すごく綺麗である。
彼女は僕の隣、隣と言っても僕と彼女の間にはそれなりに距離があるけれど、同じベッドの上に座っている。
彼女も気まずいのか、口を軽くつぐんでいる。
何か話題を作らないと……せめて話すことだけでもどうにかできないものか……。
僕はそう思ってずっと閉じていた口を開いた。
「あ、あの……」
「アッなに!?」
「……あぁいや、やっぱりなんでもないや……」
「う、うん!」
「……」
「……」
どうしようかなこれ。
何を話しかけようにも、話しかける話題が殆ど見つからない。
いつもだったらすぐに訊きたいことが湧いてくるのに……。
相変わらず僕と彼女の間には何か気まずい壁のようなものがあり、その壁が実に邪魔だ。
かといって僕にそんな壁を破壊することも、乗り越えるような力もない。
本当にどうしようかな……。
元はと言えば、スクリが全て悪いと思う。
僕たちがこんな状況になったのは彼女のせいなのでは?
僕はそう思って、つい数時間前の記憶を遡った。
−−−−−−−−−
「いやー今日はいろいろな物が買えましたね!」
「そうだね」
僕はスクリとアディの荷物を両手に抱えながら、そう言った。
本当はアディの荷物だけ持って帰ろうとしたのに、スクリが「私のためにありがとうございます!」みたいな事を言って、僕の腕の上に服やら何やらがはいった紙袋を乗せてきたのだ。
普通に滅茶苦茶に重い。
アディの荷物の重さを1とするなら、彼女は9だ。
「スクリ? 何買ったのこれ? すごく重いんだけど」
「いやだなぁ、乙女に重いって言うなんて……酷いですよぉ?」
「荷物だよ?」
僕がそう言うと、彼女は「冗談ですよぉ」と言って僕の背中を叩いた。
なんでこんな扱いを受けているんだろう、僕は。
「そんなんで弱音を吐かないでください。ショウガとにんにくとキャベツと人参とあと……」
「待て」
「なんです?」
なんでそんな野菜ばっかりを買ってきているのだろうか。
スクリはそこまで野菜が大好きというわけではなかったはずだ……。
何か裏がある? でもどんな?
「なんでそんな野菜ばかりなの?」
「それは……無償に食べたくなったと言うかですね……もちろん自分で料理は作りますよ? これでもわたしのお料理スキルは天下一品ですから!」
何を誇っているんだろうか?
無性に食べたくなったとはいえ、選択された野菜のチョイスが謎だ。
キャベツと人参はまぁ、野菜の中でもそれなりに代表的だから良いとして、ショウガとにんにくはなぜ?
それにしても今は夏だが穫れる季節も考えると、野菜によってはかなり高額なものもあったのではないだろうか。
「なんでそんなショウガとかそういうの……」
「好きなんですよ! ああもういいじゃないですか!? 早く今日泊まる宿に行きましょう!?」
なぜかいやにスクリは焦ったようにして僕たちが泊まる予定の宿へと急かした。
僕たちが宿に着いた頃には、スクリに急がされたのと、彼女の謎の野菜ばかりがはいった重たい紙袋を持っていたせいか、僕の呼吸は少し乱れていた。
「いらっしゃい。何日泊まる予定だい?」
宿の主人がそう訪ねてきたので、僕が応えようとすると、スクリが任せてくださいと言わんばかりに僕の口を抑えた。
「一週間程度お願いできますか?」
「3人だと一日でフリル銀貨3枚の価格だけど、いいのかい? 一週間程度なら金貨1枚と銀貨1枚になるけど……」
「大丈夫です!」
スクリは元気よく返事をした。
僕はもうつかれたし、彼女の応答もしっかりしている。ここは彼女に任せたほうがいいかな。
僕はそう思って、少しその場にしゃがんで足を休めた。
「あっ、あと」
スクリが僕たちの部屋の準備をしている主人に向かってそう言った。
「なんだい?」
「部屋を2部屋にできませんか?」
「ああ、男女別にするのかい? 別に構わないよ」
今更になって僕と別れて寝るのか……なんだか寂しいな。
同じ部屋のベッドで寝たくないというのも、別に悪くは感じない。僕も一応男だ、そこらへんを警戒するのも大事だろう。
僕はそう納得して、近くの椅子に腰をかけようとした時だった。
「あぁいえ、私とこの2人の部屋で分けるんですよ」
……は?
いや、は?
「何かあったのかい?」
「そこまで暗い感じではないですよ? ただ、ちょっとねぇ?」
スクリがそう言って金貨と銀貨を1枚ずつ主人に渡し、意地悪そうな笑みを浮かべて僕たちの方を見てきた。
それを見た主人も「あぁ!」と小さく声を漏らして、仲睦まじそうな者同士を見るような目で僕たちを見てくる。
なんだよその目……。
「ちょっスクリそんな話僕聞いて……!」
口を無理やり抑えられた。
「はいこれ2部屋分の鍵、部屋はこの道の突き当りを曲がってすぐにあるところだから、じゃ、頑張ってなー!」
主人に応援されるがまま、僕たちは部屋へと連れて行かれる。
なんで……なんでこうなった!?
−−−−−−−−−
その結果が、この気まずい空間である。
まさかスクリのやつ、本当に別の部屋に泊まりやがったし、なんだったら「精がつきますよぉ!!」と言って今日買ったショウガやらなんやらの野菜を使ったスープまで持ってきやがった。
あの野郎、最初からこうすることを見越してやがった……。
「あ、あの……リーバくん」
アディが僕の名前を呼んだ。
「ななな、何かな?」
思ったよりも緊張していたのか、結構声が震えてしまっている。
アディは気まずそうな顔をしつつ、手を自分の背中の方へと移動させた。
何をするつもりなのだろうか。
「これあげる……」
そう言って彼女が渡してきたのは、きれいな水の魔石の付いた首飾りだった。
ちょうど、僕が彼女にあげた光の魔石の首飾りと似た形をしている。
いわゆるお揃というものだ。
「おぉ……ありがとう!」
僕がそう言ってアディからその首飾りを受け取ると、彼女は少し恥ずかしそうな顔をしながらも少し嬉しそうに笑う。
……今が頃合いだろうか。
「じゃあ僕からも……」
僕はそう言って、自分のバッグの中から一つのものを取り出した。
良かった、ぐちゃぐちゃになってないか心配だったけれど、どこも問題はないようだ。
「それ……」
「うん、前のは勇者教団に取られたままだからね」
そう言って僕がアディに渡したものは、青いリボンの付いた麦わら帽子だ。
彼女は麦わら帽子を受け取ると、目を丸くしてそれを見つめている。
麦わら帽子じゃなくて、他のものにしておいたほうがよかっただろうか?
「嫌だった?」
「ううん! 嬉しい!」
そう言ってアディは早速僕があげた青いリボンのついた麦わら帽子を被った。
僕も彼女に合わせて、彼女から貰った首飾りを首にかける。
彼女は嬉しそうに麦わら帽子をかぶっていて、どうやら僕のプレゼントを喜んでくれたようだ。
プレゼントを渡してがっかりされたらどうしようなんて考えていたから、心臓の鼓動が未だにうるさい。
ドンッドンッと床を叩いてるみたいな心音が部屋中に響いて……いや、これ普通に部屋の外から聞こえるような……。
違う、本当に部屋の外から床を何かで叩きつけるような音が聞こえる。
するとアディも異変に気づいたのか、扉の方を振り返った。
部屋の外、扉のすぐそこで何かがのたうち回っているような、そんな音が聞こえる。また、時折『あぁーッ!』と、ナニかのうめき声のようなものも聞こえてくる。
なんだ……?
「アディは離れてて」
まさか勇者教団関係者がアディを連れ戻しに来たのか?
だとすればかなりまずい。
相手にもよるが、それなりに危険な状況だ。
僕は杖を取り、忍び足で扉に近づく。
未だにドンッドンッという音は絶えず扉の外から聴こえる。
「誰ですか!?」
僕が扉の外の主にそう訊くと、音がやんだ。
そして直後、その音の主であろう者がドタドタと走るような音が響いたので、僕は咄嗟に扉を開けてその主の方に杖を構える。
「おとなしくし……! スクリ?」
僕が杖を構えた先にいたのは「あはは……」と何かを誤魔化すような小さな笑みを浮かべているスクリだった。




