【第二百七話】帝都市場
「……せっかく再会を果たしたんですから! お祝いをしましょうよ!」
未だに気まずい空気が流れている中、スクリが気を使ってそのように言ってきた。
確かに、よくよく考えてみたら、アディと再会をしてのお祝いをしていなかったように感じる。
僕の右手には、つい先程使用人から渡されたフリル金貨30枚が入っている麻袋がある。
「そうだね……よし! 何か美味しいものでも買おうか!」
この空気を変えるべく、僕もスクリと同じように場を盛り上げようとそのように言った。
ここは帝都だ、美味しいものはいくらでもあるだろう。
「ひとまず市場にいきましょう! そしたら何か良い物があるはずです!」
スクリがそう言って、市場の方に走り出した。
僕も彼女の後を追おうと、アディの方を振り返って彼女に手を差し伸べる。
「ほら、アディも」
僕がそのように言うと、彼女は俯きながら小さな声で言った。
「……ありがとう、リーバくん」
彼女の声は心なしか怯えているようにも、申し訳無さそうにしているようにも聞こえる。
「いいよ、もともとは僕が悪いんだし。それにお礼ならスクリに言うと良いじゃないかな」
気まずい空気を変えてくれたのはスクリだから、僕にお礼をするというのは少しばかり違うような気がする。
僕からもスクリに感謝をしておこうか。
「そうだね……うん! 行こう!」
すると、アディの方も元気になったのか、僕の差し伸べた手を彼女は取って、逆に僕が彼女に手を引っ張られるような形になった。
良かった、元気になってくれた。
「遅いですよー! 2人とも−!」
市場の方に向かっているスクリが僕たちにそう叫んできた。
周りの人達が僕たちのことを少しだけ変な目で見てきているが、それらを僕たちは気にせずに走る。
今日ぐらいは楽しい日として過ごしても、誰も怒りはしないだろう。
◇
僕たちはその後、市場でいろいろな物を買って、食べて、遊んでを繰り返した。
流石は大国の首都、しかも城の近くということもあって、市場の物品の豊かさは今まで見てきた中では1〜2を争う程潤っていた。
押し返されてはいるものの、未だに戦争でも優位にあるので、それも加わって市場の喧騒もずっと楽しげである。
「リーバルトさん見てくださいよ! この魔石、この質でフリル金貨3枚は破格だと思いません!?」
スクリが魔石屋に立ち寄って、水の魔石を指さして僕に同意を求めるようにそう言ってきた。
スクリの指さしている水の魔石は確かに品質が良く、これを魔法杖にはめればそれなりに効力を示すだろうということがわかる。
「確かに、結構いいね」
「ですよね! それでその……」
スクリは妙にもじもじとして、少し甘えるような表情を僕に見せてきた。
大方、僕に買ってほしいのだろう。
まあ日頃から彼女にはお世話になっているし、今日ぐらいはそれなりの出費にも目を瞑ってやろうじゃないか。
それに、ギャンブルをされるよりかは全然マシだ。
「よしわかった! 買ってやろうじゃないか!」
「さっすがリーバルトさん! よっ色男!」
色男なんて単語久しぶりに聞いたな……。
僕はそう思いながらスクリの指さした魔石を買おうと手を伸ばした瞬間、後ろからとてつもない覇気のようなものを感じた。
これは……某赤髪の……!
「……」
違った。赤髪でもなんでもなく、普通に緑髪のアディだった。
彼女は額にシワを寄せて、何故か怒っているようだ。
「あ、アディ……? 僕何かしたかな……?」
なんで怒ってるんだ!?
また僕なんかやっちゃいました? てやつか!?
え、怖……。
「……」
アディは僕の言葉に特に何か答えるわけでもなく、それ以上言葉も発することはない。
本当に怖い……なんだろう……。
猫獣人に鼻の下を伸ばしていたことがばれたか? それともスクリに対する僕の態度が悪かったとか?
全然わからない……。
その時、彼女の首元で小さく輝きを発している光の魔石が僕の目に付いた。
……そういえば、あれは彼女に買ってあげたものだっけ。
「もうしかして、スクリに僕が魔石を買おうとしたから、嫉妬した感じ……?」
僕がそう言うと、彼女は僕からプイッと目をそらした。
どうやらそのようだ。
「これはアディのときとは違って、いつものお礼だよ? 別にそういった意味はなくてね……本当だよ!?」
「そういった意味って、なに……?」
少し不機嫌な様子でアディがそう言った。
これ結構お怒りの様子だな……。
「そういった意味っていうのは……その……」
僕がそう言い淀んでいると、彼女は溜息を吐いた後、僕の反応を楽しむように微笑んだ。
「嘘だよ、そんなことで私は怒らないもん」
あっ嘘……。
割とかなり焦った……。
「心臓に悪い……」
「ごめんね、ちょっと意地悪したくなっちゃって……」
そう言って胸を撫で下ろしている僕の顔を微笑みながら覗き込んでいる彼女は、天使のようにも小悪魔のようにも見える。
「惚気ける前に、早く買ってください」
今度は冗談抜きでスクリが不機嫌になりはじめたので、僕はすぐにフリル金貨3枚を払って彼女に水の魔石を買ってあげた。
僕たちはその後も市場を色々と回った。
スクリとアディが女の子同士で買い物をしてみたいというので、僕はある用事を済ませてそこらへんのベンチに座る。
「──やあ、楽しそうだね」
「……誰ですか?」
僕の目の前に見知らぬ人物が座った。
名も知らぬ黒髪のお姉さんだ。
「アージテタ・エルドラド」
はて、アージテタという名の黒髪の人物は知らない。僕が知っているのは不思議な雰囲気を放つ金髪少女の方のテタだ。
「スクリ・インカフのときと同じ」
僕はそう言われて、王都侵攻作戦兼アディ捜索作戦のときの教会での出来事を思い出した。
そういえば、あの時、スクリの様子が少しおかしかった。彼女はまるでテタのような言動を取っていた思い出がある。
「乗っ取ったのか?」
「すぐに戻るから安心して」
彼女はそう言って、僕の持っている肉を挟んでいるパンを見つめてきた。
その目は酷く淡々としているが、どうも物欲しそうだ。
「……食べるか?」
「どうしてもって言うなら」
素直じゃないと僕は思いながら、テタと名乗る黒髪のお姉さんにパンを半分あげた。
その姿で彼女の本体は空腹を満たせるのだろうか?
「それで、何か用か?」
僕はパンを齧りながら彼女にそう訊いた。
大抵テタと名乗る人物が現れたときは、何か重大なことが起こる前兆なのだ。
「今回はなんでもない。ただ顔を見に来ただけ」
彼女のその言葉を聞いて、僕は少し安心した。
どうやら今回は、僕の恩師が危険な目にあっているわけでも、好きな人が囚われているわけでもないようだ。
「そうか、それなら良かった」
「うん」
彼女はそのように返事をして、僕の顔をまじまじと見つめてきた。
僕のあげたパンを齧る様子はない。
「……」
「……」
僕らの間に沈黙が流れて、なんとも言えない空間ができあがっている。
何を話そうか僕が迷っていると、テタと名乗るお姉さんが席を立った。
「行くのか?」
「うん、そっちの安否も確認できたから」
僕の安否って……そんな危険な出来事に巻き込まれたわけでも……いや、普通に巻き込まれたというか、自分から首を突っ込んだっけな。
「じゃあ、また」
彼女はそう言って僕に小さく手を振り、どこかへと消えてしまった。
やはり、いつも通りマイペースな少女だ。不思議でたまらない。
「リーバルトさーん!」
不思議少女(お姉さん?)と別れてすぐ、スクリ達が女の子同士の買い物を済ませて僕の方へとやって来た。
彼女たちの両手には、ぱんぱんの紙袋が乗っている。
「そんなに何買ってきたの?」
僕がそう訊くと、スクリ達は「服とかそこらへんですよ? 一応出費はフリル金貨4枚で済ませましたから」
まあ一応お金は残ったほうなのか……?
彼女たちにも娯楽は必要だから何かを言うつもりはない。
「じゃあ宿にでも向かおうか」
僕がそう言うと、スクリが「はい!」と元気よく叫んだ。
……なぜアディは、宿の単語を聞いた瞬間に顔を赤らめたのだろうか?




