【第二百五話】皇帝と少女
「では、早速、話し合いもとい事後処理を始めることにしようか」
リミラスはそう言って、机に肘を付き、手を組んだ。
その目は悲願が達成されたかのような、穏やかながらも、活気に満ちたような目になっている。
この人もアディが救出されて嬉しいのだろう。
「一部始終は全てハッセルから伺っている。……ルミリク兵が勇者教団に襲撃をしたこともな」
「皇帝陛下、その件は誠に申し訳……」
「よい」
リミラスはハッセルの謝罪をそのように流し、少し身じろぎをした。
「上手く兵を扱えていない俺にも問題がある。お前が謝る必要はない」
リミラスはそうは言っているものの、少し顔には不機嫌さが漂っている。
よほど帝国兵が勇者教団に襲撃をしたのに、焦りを感じているのだろう。
「それに……やりようはある。教団と関係が悪くなることはあれど、交戦状態には陥らないようにするさ」
彼は少し面倒くさそうな目をしながらも少し微笑んだ。
一体何をするつもりなのだろうか。
勇者教団は勇者を戦争に参戦させたのだから、交戦状態にもう陥っていることは言っておいたほうがいいのだろうか。
「勇者は確か戦闘に参加していた気がするんですけど……」
僕は彼にそう言った。
直後に彼の隣にいる魔術師が少し不機嫌そうな顔をしたので、僕は咄嗟に「すみません!」と謝る。
ちょっと口が軽すぎたか。
「一応ホーラ王国側の要請で勇者は出撃しているに過ぎない。要請の内容は王都の防衛のみだ。それ以上は勇者教団もあまり動きはしないだろう」
なるほど。
しかし、それでも勇者教団の入口はひどい有り様になっていたような気がするのだが、そんな状態でどうやって交戦状態に陥らないように……?
そんな風に考えているのがリミラスにはわかったのだろう。彼は僕の思考に答えるように口を開いた。
「まあ、金を積めばある程度は許容してくれるさ。……それがたとえ、何十人もの命と建物が滅茶苦茶にされても、だ」
賄賂か、と思った。
やはりこの世界は金なのかと憂いたくなる。
しかし、これ以上のちゃんとしたやり方で簡単に解決できる問題でもないことは知っている。
どうすればいいのだろうか。
「別に気に病む必要はない。日常茶飯事だからな」
リミラスはそう言って、疲れたような表情をした。
この方法で彼は皇帝という地位を維持し続けてきたのだろうか。そう考えると、皇帝という立場も楽ではなさそうだ。
「さてと、アディメ・ヘラーラよ」
リミラスがそうアディの名前を呼ぶと、彼女はビクリと体を震わせ、怯えた表情でリミラスの方を向いた。
「はい……」
「ふむ……まぁ最後に直接会って話したのは君が3歳にも満たない時だからな。怖がるのも無理はない」
「あの時は……お世話になりました……」
アディは怯えた様子を見せながらも、リミラスの言葉にそう返した。
アディは前にもリミラスに出会ったことがあるのか。
3歳の時のことを覚えているというのも中々にすごい。
「調子はどうだ?」
「元気……です」
「そうか、良かった」
リミラスはそう言って安心しきったような表情をした後に、椅子にもたれかかった。
彼にアディのあの日記を読ませたら、どんな反応をするのだろうか。
ちょっと見てみたいような気もするが、アディが嫌がるだろうし、止めておくか。
「君の父上が亡くなって、もう4年程度は経つな……ああ、戦争も始まってからもう5年以上は経つのか……」
「そう……ですね」
アディは気まずそうに自分の手元を見る。
確かに、何か言葉を発するには気の重くなるような話題だ。自分の肉親の死の話が掘り返されて、良い気持ちになる人間は少ないだろう。
「っと、すまない。君には辛い内容だったか。デリカシーがなかった」
それを理解したのか、リミラスも申し訳無さそうな顔をして、頭を下げてアディに謝った。
こればかりは彼の隣にいる、気難しそうな護衛の魔術師も何かを言ってくることはない。
「い、いえ、頭を上げてください。皇帝陛下も辛いでしょうから……」
「それはそうだが……」
リミラスが未だに謝りたさそうにアディのことを見るが、その時にハッセルがリミラスに耳打ちをした。
リミラスはハッセルの言葉に時折頷き、やがて彼はハッセルに向かって何かを話し始める。
聞き耳を立てようとしても、2人の話している声はこの静寂の中でも聞こえることはなく、いかに小さな声で喋っているのかがわかる。
「すまない。本題に入ろう。
アディメ・ヘラーラよ、君は今後どうするんだ?」
リミラスは再びテーブルに肘を付いて、目の前で両手を組んだ。
その目は据えられていて、アディの動向を監視しているような、そんな目つきをしている。
「リーバくんに付いていきます」
彼女は一切の思考の時間すら無かったように即答をした。
リミラスもある程度は予想していたのか、彼女がそう言ったあと「ふむ」と声を漏らした。
「部屋に入る前の会話を聞いてたら、そんな回答が返ってくるやも、とは思っていたが」
え? 聞かれてたの?
「その……リーバルト……ブフッ、いや失敬、まさかそこまでアディメ・ヘラーラのことが……フッ」
この人までからかってくるのは想定外なんだが……。
僕はアディの方に視線を向けると、照れた様子でテーブルクロスのシワを見つめていて、スクリが殴り倒したいぐらいうざい顔でこちらを見つめてきている。
ていうか、リミラスの隣に立っているハッセルも口元が微妙に歪んでるし。
そんなに、そんなにも僕のあの失言が変だったのか!?
「まあ仲睦まじいことは結構だが、リーバルト、お前は彼女を養うことはできるのか?」
リミラスからその言葉が投げかけられて来て、僕は羞恥心でいっぱいだった感情が、すぐに冷静に染まっていくのを感じた。
「……正直、不安です」
僕がそう言うと、彼はやっぱりな、というように溜息をついた。
「収入は冒険者業の依頼の達成料のみか?」
「いいえ、たまに手に入るお金もありますけど、それだけじゃとてもアディメさんを養うことは……」
たまに手に入るお金というのは、スクリが自身のお小遣いや僕のお金を勝手に使って稼いできた違法賭博の勝ち金だ。
いつもは負けているのに、それらの負けを帳消しにするような大金をたまに稼いでくるのだから、本当に扱いが難しい。
「そうか……」
リミラスは少しの間黙り込んで、何かを考えているようだった。
僕はハッセルの方に目配せをすると、彼は大丈夫だというような目で訴えかけてきた。
一応、補助の件については話してくれてはいるらしい。
「アディメ・ヘラーラよ、どうしても彼に付いて行きたいのか?」
「はい。自分の意見を変えるつもりはありません」
アディは断固たる意思でそう言っているようだ。
アディのその言葉を聞いたリミラスも、彼女の意志を曲げることを難しいと判断をしたのか、僕の方に何かを無言で訴えかけてきたが、僕は首を横に振り、無理だという合図を送った。
流石の僕でも彼女の意見を変えることは不可能だ。
リミラスは少し目の上のシワをよせて、口を開く。
「……支援を出してやらないこともない」
リミラスは何かを渋るような声でそう言った。
いや……これはどちらかというと……。何かを利用できそうだと考えているような……そんな裏があるような……。
「だが、条件がある」
リミラスは真顔で僕を睨みつけてきて、そう言った。
僕は今までの経験と記憶を思い起こして、前にもこんな状況にあったことがあるなと思った。
こういった時、大抵は嫌な出来事でしかないのだ。
「……何ですか」
「シビル=メルクディアが戦闘から離脱して、行方を眩ませた。お前に探してほしい」
彼が僕にそう告げた時、彼の眼光ははっきりと僕を睨んでいて、怒りにまみれているようだった。
これにて【第六章】少女救出編、終了です。
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