【第二百四話】スクリとアディ
僕達の乗った馬車が帝都に着き、僕は久々に戻ってきた都の景色を見ながら、馬車でリミラスのいる城まで向かった。
城について、僕たちが通された部屋は、いつもの皇帝の間ではなく、応接室のような場所だった。
ハッセルは応接間に着くと「俺は皇帝陛下を呼んでくるから、少し失礼する」と言って、部屋から出ていった。
「……清潔な場所ですねぇ」
スクリが応接室の中を歩き回りながら内装を見ている。
ここは全体的に赤が基調とされた部屋で、壁には大きな絵画が何十個も飾られており、僕が座っているこの椅子にも様々な装飾が施されている。
目の前にある長机だってテーブルクロスが張られているし、床には何やら高そうな素材で作られたカーペットだって敷かれている。
こんな対応を受けたことがなかったからか、少し緊張してしまっている僕がいた。
「あ、アディはこういうとこに来たことってあるの?」
僕は自身の緊張を紛らわすためにアディにそう訊いてみる。
「確か小さい時にお父さんに連れられて来たことがあります」
彼女の父親はリミラスの友人なんだっけか。
それなら確かにリミラスと父親との話し合いの場で、アディがこのような場所に連れられてきていてもおかしくはないだろう。
しかし……アディの敬語はどうにかならないものか。また気を使われている感覚がすると言うか、少し前は敬語が抜けていたのだけれど、何が原因で敬語を使ってしまっているのだろうか?
「アディ、敬語は使わなくていいよ」
「……はい」
アディはそう言って、僕の方に椅子を少し寄せてきた。
「あ、惚気だ。喧嘩売ってますね」
スクリがそう言って僕に拳を構えた。
「これぐらいは、べっ別にいいだろ!? こんなことで敏感になってないで、いい加減スクリもいい相手見つけなよ!」
「はい地雷踏みましたー! リーバルトさんそういうところがモテないんですよー!」
「モテないって失礼だな! ぼっ僕は別にモテないわけじゃなくて、モテてるけど気にしてないだけで、それもこれも僕はアディがいるからいいってだけ……な、んだ……」
なんだろう。今とんでもなく恥ずかしいことを口走った気がする。
いや、気がするじゃない。普通にとんでもなく恥ずかしいことを口走った。
ちょっとだけ顔が熱いな。
あ、あれ? アディメさんの顔が見れないや……あれ?
と、とりあえずアディには謝っておいたほうがいいよな……?
「あ、あの、ごめん」
「い、いえ大丈夫です……!」
穴があったら入りたい。
あ、本当に恥ずかしい。
なんで? なんで僕あんなこと言ったの? あんな恥ずかしい言葉なんで咄嗟に出たの?
アッ、イヤァ……アッアッアッ……。
「……これ素でやってたら本当に才能ですよ」
「わざとじゃないって……」
未だにアディの方を向くことが難しい。
彼女は今、どんな顔をしているのだろうか……。
「あ、あの、リーバくん……その、ありがとう……」
アディ……!
なんて優しい人なんだろうか。
僕のこんな失言でさえ許容してくれるなんて……スクリとは大違いだ……。
「……ッチィ!!」
露骨に嫌な顔をしてスクリが舌打ちをした。
スクリは面倒くさそうな顔をして、アディの隣に座り、彼女の肩に腕を回した。
スクリはアディに何故か密着して、少し悪い顔をしている。なにか悪戯でも仕掛ける気だな……。
横並びに座っているというのに、ここまで表情がわかりやすいのはスクリぐらいではないだろうか?
「……え、でも……」
「大丈夫だから……うん、こうして……」
何やら僕に内緒で2人はコソコソ話をしているらしい。
一体何を話しているのかを聞き耳を立てても、どうにも2人の声が小さくて話の内容を掴むことは出来ない。
「でもインカフさんは……」
「私はいいの、別の部屋に…………あと、敬語はいらないし、スクリでいいよ」
「うん……わかった」
なんだか僕よりも打ち解けてないか?
というか別の部屋? なんの話だ?
それにアディの耳もなんだか赤いし……本当に何の話をしているんだろう。
「何を話してるの?」
「アッ!? いや! なんでもないよ!?」
あはは、とアディは耳の後ろをポリポリと掻きながらそう言った。
なんでもないことはないだろうけど……変に訊きすぎるのも面倒くさいと思われかねないし……ここは普通に納得しておこう。
「そうなの?」
「う、うん!」
敬語が抜けている。今ので少しは僕たちに心を開いてくれたのだろうか。
もしそうだとしたら、嬉しいことこの上ない。
「ちょっとリーバルトさん! 乙女の会話に口を挟まないでくださいよ!」
男子禁制の会話だったのか。
それは確かに聞き耳を立てるのはよろしくなかった。
「それはごめん」
「だからモテないんですよ!」
「それはもうさっき聞いた!」
モテない事を何回も擦りおって……。
こんな僕でも一応傷つくことぐらいは理解してほしいものだ。
「そうですか、だったら……だから猫獣人相手にキモいんですよ!!」
「純粋に傷つけてくるね!?」
確かに猫の獣人の人に対してはちょっと気持ち悪いことは自覚していたけど!
それでも面と向かってそう言われるのは、こちらとしても自尊心にヒビがはいるというものだ。
「猫獣人って、どういうこと? リーバくん?」
アディがそう言って僕の事を見つめてくる。
ちょっと口元に笑みが入っているけれど、彼女が細めている目は全然笑ってない……。
ちょっ、怖い……。
可愛い顔ではあるけれど、なんか怒りのオーラみたいなのが滲み出てる。
「違うの。別に僕はその、別に何もしていないっていうか、別にやましいことはないんだけどね? その、羽目を外したい日ってあるよね? その羽目を外したくなる日はフリーダムになりたくてね? 別に何もしてないよ? 本当だよ? だけど、ちょっと、本当にちょっとだけ猫獣人の人と話していただけで……」
変に声が上ずってしまい、僕のその説明になっていない説明は逆に怪しさが上がってしまっていた。
「猫獣人の人に鼻の下伸ばしてただけですもんねー!」
「ちょっスクリ」
「へぇ」
おぅ……アディ、僕の腕を掴んでどうしたんだろうな。
あれおかしいな、全然振りほどけないや。
あ、笑み消えた。真顔だ。
「私以外にも好きって言ったの?」
「いえ、言ってません。言われたことがあるだけで……」
「言われた?」
あっやべ。
「ちちちち違うんですよ、ほら、アディのこと言ったの! アディにしか好きって言われたことは無いって意味で……」
「嘘下手すぎません……?」
「スクリ黙って!」
痛い痛い。彼女の僕の腕を握っている力がどんどんと強くなっていく。
これ以上は潰れそう。
ちょっマジ……!
あいたたた。
「失礼する」
僕たちがそんな事をやっていると、部屋の扉の向こうから聞き覚えのある声がした。
アディの手が咄嗟に僕の腕から離れ、スクリも姿勢を整える。
その直後、扉が開き、3人の男が入ってきた。
1人はハッセルで、もう1人は大きな杖を持った魔術師である。
大方、中心にいる人物の護衛役なのだろう。
彼ら2人を挟んで、少し威厳が増したように感じる、リミラス・カーンが僕の目の前に座った。
「──まずはありがとう、とでも言っておくべきだろうかね」




