【第百九十九話】今後
朝、馬車の中で僕が目を覚ますと、アディメさんが僕の腹の上に仰向けになって寝ていた。
寝相もそれほど悪くない。教会での生活で矯正されたのだろう。
これでもう、鯖折りを仕掛けられることも、首四の字固めを仕掛けられることもない。
まあそれほど悪くないってだけで、普通に僕の顔面を殴ってくるけど。
「朝から惚気けられるとイライラするんですが?」
アディメさんが僕の顔面を殴ってくる様子を見てスクリがそう言った。
顔面を殴ると言っても、ポカポカ叩いてくる程度なので、それほど痛くはない。なんだったら微笑ましく思えるほどの余裕は確保できているほどだ。
少なくとも、首四の字固めのときよりは痛くない。
「昨日の会話を聞いてそれ言えるの?」
僕は眉間にシワを寄せてスクリにそう言った。
昨日のアディメさんは、寝不足のせいもあるだろうが、全体的に弱っているようにも見えた。
勇者教団での生活と、僕の左腕欠損による不安が積み重なった結果があれなのだろう。
「昨日はお楽しみでしたね」
スクリはニヤニヤとしながらそう言った。
……ふざけてるのか?
「……ぶっ飛ばすよ?」
スクリは「冗談ですよぉ」とおどけるように僕に言ってみせた。
本当に言って良い冗談と悪い冗談を見極めてほしいのだが……まあスクリだ、無理に違いない。
「それで、今はどこに向かってるの?」
僕は僕の腹の上で寝ているアディメさんを起こすわけにもいかず、寝そべったままスクリにそう訊く。
馬車の揺れ具合から地面が舗装されていない、もしくは荒い道を走っている。
多分王都からは離れたのだろう。
「帝都です。ここはホッミリアの森ですね」
スクリがそう言って、馬車後方のカーテンを開けた。
どうりで周りに鳥のさえずりやら風で木が揺れる音など、色々な自然の音が聞こえるわけだ。
懐かしいな。確か2年前にシビルと帝国に不法入国するためにわざわざここを通ったんだっけ。
それが原因でホーラとルミリクの魔術団同士の戦闘に巻き込まれて死にかけたのも、今ではいい思い出だ。
「……シビルは、どこに行ったんだろうな」
「……さぁ」
辺りに沈黙の空気が流れ始めた。
シビルの話をするのは止めておこう。気まずい空気が流れてしまう。
今更、シビルのことを思い出して懐かしんでも、彼女はこの場にはいない。
「そう言えば、ハッセルは? 昨日の夜はいた気がするんだけど」
昨日の夜中に僕が目を覚ました時、彼は馬車の中で横になって眠っていた。
だけど今は馬車の中にはいない。となると、外で何かをしているのだろうか。
「馬車の護衛ですよ。勇者がいつ襲ってきてもおかしくはないですから」
あ、そうか。
確かにアディメさんを勇者から奪還したところでそれで終わりではないのか。
勇者がアディメさんを取り返しに襲ってくる可能性だってある。というか、取り返しに来る確率のほうが高いだろう。
それに、勇者以外にも色々な心配事がある。
森の中であれば馬車を狙って盗賊が襲ってくるかもしれないし、ここら一帯には危険な魔物が生息している。僕達はいつ危険な目にあってもおかしくはない状況なのだ。
ハッセルが護衛に出るのは妥当と言えるだろう。
「ハッセルなら安心だな」
勇者が本気で僕達を殺しにさえ来なければ、まあまずそれ以外の要因でハッセルが死ぬことは少ないだろう。
ハッセル以外にも他の近衛騎士団メンバーがいるのだから、無問題だ。
「……リーバルトさん」
スクリが先程とは打って変わって真剣な表情で僕の名前を呼んだ。
いつもの冗談を言うようなスクリではなさそうだ。
「なに?」
「今後はどうするんですか」
どうすると言われても……。別にどうするつもりもない。
強いて言うなら、放浪していた時期と同じように、冒険者として適当な依頼を受けて、日銭を稼ぐ毎日を続けるだけだ。
アディメさんが僕と一緒にいるかどうかで僕の選択は変わるかもしれないものの、それ以外で現状の僕がお金を稼ぐ手段も思いつきそうにもないので、大方そんな感じの生活をするだけだ。
「どうもしないよ」
「でも、ヘラーラさんがリーバルトさんと一緒にいるって選択をしたら……」
「それでも僕は今まで通り、酒場で依頼を受けてこなして、金を稼ぐだけだ」
僕がそう言うと、スクリは顔を少ししかめて口を開いた。
「安定した収入を手に入れたほうがいいですよ。それじゃあリーバルトさんが死んじゃったらヘラーラさんが何もできなくなります」
「学校を退学して、家からも国からも出ていった僕に、安定した収入なんて手に入れられるわけがないだろ。
それに、僕が死んだとしてもアディメさんはリミラスに任せればいい。アディメさんのことなら、リミラスも面倒を見てくれるだろうし」
そう。
別に僕が死んだとしても、彼女が生活に困るわけではない。
リミラスも協力的にはなってくれるだろうし、心配は少ないだろう。
「昨日のヘラーラさんとの会話を忘れたんですか?
リーバルトさんが死んだら彼女も死ぬ勢いですよ。じゃなきゃリーバルトさんが眠っていた4日の間、一睡もしないわけがないですから」
気を失ってからそんなに眠っていたのか、僕は。
4日間、彼女はそんな僕のために一睡もせず、ずっと僕のそばに居続けてくれたのか。
感謝してもしきれない。
だけど、スクリの言うことは流石に大袈裟すぎやしないかとも思う。
「アディメさんはそんなことじゃ死なないよ」
「その保証はどこにあるんですか」
「僕が保証する。この子は死なない」
「やっすい保証ですね。違法賭博でも使えません」
僕の保証はそんなに信用ならないのか。
というか、違法賭博自体、僕はリスクがあるから止めてほしいのだが。
「あなたは人を買い被り過ぎなんですよ。人は思っているよりも弱いものですし、弱さにも種類や個人差があります。それを理解してください」
「十分理解してるさ」
本当ですか? みたいな目でこちらをスクリは見つめてくる。
まあ確実にそう、と言えば嘘になるが、それでも人並みの理解度は持っているつもりだ。
これがどこからくる自信なのかは知り得ないが。
「それと……」
スクリはもう一度何かを言おうとしている。
なんだろう今度は。どれだけ僕に何を言っても、無駄だというのに。
「そのヘラーラさんの頭を撫でる動作、なんかキモいです」
スクリは、僕の事を蔑んだ目で見ながら、そう言ってきた。
アディメさんの髪の毛を丁寧に一本一本擦っていき、そのサラサラとした感触を感じるための撫で方のどこがキモいというのか。




