【第二百話】惑い
ホッミリアの森での夜、僕達は馬車の外に出て食事をしていた。
焚き火の煙がもくもくと夜空に上がっている。
街灯のまだ存在しないであろうこの世界において、星は光り輝いていた。
「大怪我をしたときはいっぱい食って、体力を回復させるのが一番だ! ほら食え!」
ハッセルがそう言って、僕の顔に魔物の焼いた肉を押し付けてきた。
脂が僕の頬に付いて、ヌメヌメする。
「食べますから! 食べますからそれ1回僕から離して!」
僕は肉を押し付けてくるハッセルを遠ざけようと、彼の腕を掴むが中々離れようとはしてくれない。
この剛腕がよぉ……。
「はは! 滑稽ですねリーバルトさん!」
スクリがジョッキを片手にゲラゲラ笑いながら僕の方を指さしてきている。
こいつさては酒飲んだら調子乗るタイプだな?
「スクリおま……お小遣い減らすぞ!?」
「やれるもんならやってみろってもんですよぉ!! 私は何回でもあなたからお金くすねますからねー! へへ」
子供かよ……。
てか、絶対くすねた金全部ギャンブルに費やすつもりだこの野郎!!
「そろそろ騎士に突き出すよ!?」
「なっ……! 卑怯ですよ!」
スクリが前のめりになって、僕の服の襟元を掴んできた。
暴力にまで訴えかけるようになるとは……どれだけ堕ちるつもりなんだ……?
「はよ食え」
ハッセルが僕の口を無理やりこじ開けて、魔物の焼き肉を放り込んできた。
美味いのは美味いのだが、もうちょっと食べさせ方をお上品にしてもらいたい。
それこそお嬢様口調で『おほほ、リーバルトさんお食べになって〜!』とか言って……いや、強面のおっさんがそれをやったら泣く自信あるな。
夢に出そうだ。
「ほうひょっほおひょうひんひたへさへへふははいほぉ」
「食ってから喋れ。何言ってるか理解ができん」
ハッセルがそう言って、ジョッキに入っている酒をぐいと呷った。
僕はもうちょっとお上品に食べさせてくださいよぉ。と言おうとしたのだが、口に肉が詰め込まれているせいで、そんな発音になってしまったのだ。
「ふひ! ふひひ!」
スクリの笑い方なんか気持ち悪い……。
てか、なんで今笑った?
「随分と……仲がいいんですね……」
アディメさんが体操座りでその場に座って、そう呟いた。
僕達は彼女だけ仲間はずれにされているような構図になっていたことに気づかずに、会話をしていたのだ。
僕はアディメさんに何かを言おうとしたが、すぐに言葉が出てこず、代わりにスクリが喋った。
「ヘラーラさんもどんどん話していいんですよぉ?」
まるで飲み会の席でのうざい中年上司のように、スクリはアディメさんに話しかける。
彼女はアディメさんの肩に手を回し、ヒックと体を振動させた。
今度から人前でスクリに酒を飲ませるのはやめるか。
「いえ……私にはそんなこと……」
アディメさんはそう言って黙り込んだ。彼女は目を覚ましてから、ずっとこんな調子でいる。
ただの人見知りによるものであってほしいが、どうも僕との会話の口数も少ない。
昨日の夜の出来事をよほど悪いものとして捉えているのだろうか。僕はさほど気にしていないのだが……。
「アディメさん」
僕は口の中にあった肉を飲み込み、アディメさんの名前を呼ぶ。
彼女は僕が名前を呼んだ瞬間、体をビクリと震わせ、途端に怯えた表情へと変わった。
なんかやりずらいな……。
「大丈夫です。怒ってませんから」
僕は怯えた表情をしている彼女にそう言って、安心させようと画策するが、どうも上手くいっていないようで、彼女はスクリの方に体を寄せた。
かなり警戒されている。
というか、スクリの方に体寄せるって、スクリの方が信頼できるってことでは……?
僕、スクリに負けたの? このギャンブル凶に?
「僕はもう、アディメさんに黙って何処かに行くなんてことはしません」
「……嘘です」
「嘘じゃないです」
まあ信用されないのもわかる。
彼女が寝ている間に、何も言わずに勝手に部屋から出て放浪をし始めたのだって、僕だ。
信用しろという方が難しいだろう。
「何があってもアディメさんは見捨てませんし、アディメさんが僕を拒絶するなら、僕はそれを受け入れます」
「拒絶なんてしません! 私がリーバルトさんを拒絶するなんてことは絶対に…………すいません」
アディメさんは早口で言葉を発し始めたかと思うと、途端に俯きがちに謝り、手元にあるジョッキの中のビールを見つめてしまった。
僕の言葉が彼女に届いているのかは定かではないが、聞いてはくれているようだ。
それだけでも万々歳だと言えよう。
「皇帝のいる城までは時間がありますから。僕についていくかどうかは慎重に決めてください。
僕は多分──今まで通りにはいられないでしょうから」
一応、アディメさんには既に、リミラスと会うことは伝えているし、その時に今後、僕とどうしたいか、どんな風に生活したいかを決めておいてほしいという旨の話は済ませている。
今まで通りと言っても、まだ僕と再会して数日の彼女は、放浪してから今までの僕を知ってはいないだろうが。
だがしかし、今の僕は今後の行動を決めあぐねている。
アディメさん救出という目的は達成されたし、アディメさんないし、イルモラシア校長から逃げる必要もなくなった僕がこれ以上、大陸を旅する必要はない。
だが、王都は崩壊した。
勇者が参戦した今の戦況がどうなっているのかは知らないが、少なくとも王都が復興するのにはとても長い年月を費やすだろう。
大陸を旅する必要はなくなったが、王都に帰ることはできなくなった。
帰ったところで、僕はもうホーラ魔法学校を退学になっているだろうし、帰っても無駄だ。
それどころか、僕がアディメさんを勇者から奪還したことによって、王都に帰った瞬間、勇者教団に捕まる可能性もある。
帰れない。
じゃあ父さんと母さん、フーリアさんのいる実家に帰るか?
アディメさんを連れて?
無理だ。僕の両親は2人とも農家で、フーリアさんを養うだけでもそれなりにお金がかかる。
それにアディメさんと僕まで養うことになったら、多分彼らは今までの生活を送ることも難しくなるだろう。
となると必然的に、今までの生活を僕は送るしかなくなるのだが、アディメさんを養えるほどの収入を得るような仕事量を、冒険者業で僕がこなせるとは思えない。
それでも努力はしてみる。
僕が貧相な思いをしてでも、アディメさんを十分に満足させられる程度の働きはするつもりだ。
でも……正直、不安だ。
「私は……」
アディメさんが口を開いて、何かを発そうとした。
「嬢さん、リーバルトが言ってるのは、嬢ちゃんに苦しい思いをさせたくないから、できるだけ離れてほしいってことだ。
苦しい思いをする覚悟があるなら、別にリーバルトについて行ってもいいが、そんな覚悟、嬢さんに出来るか?」
ハッセルがアディメさんにそう言った。
アディメさんがハッセルの話を聞いて、僕の方を見つめてくる。
僕は彼女の視線に答えることができずに、地面を見た。
「まぁ、今すぐ決める必要はない。リーバルトの言う通り、時間はまだある。今は肉を喰らう時間だ」
そう言って、ハッセルは黙々と魔物の肉をかじり、ビールを飲んだ。
今日は何故か、不思議と酒の酔いが回ることはなかった。




