【第百九十四話】魔法の両立
【視点:リーバルト・ギリア】
僕はすかさず勇者に火球を放った。
咄嗟に撃ったものだから威力こそ弱いが、不意をつくという目的であれば、申し分ないものだろう。
勇者の右半身が爆破に包みこまれて、剣が勇者の手から離れた。
シビルは……まだ生きてるな。
少なくとも死んではない。腹と口から大量の血が流れている以外は他に大怪我はなさそうだ。
僕は急いでシビルを肩に担いでその場から離れる。
僕の灰色のローブがシビルから流れている血によって赤く染まっていくが、そんなのは気にしてられない。
「スクリ! 治癒魔法お願い!」
僕は近くの瓦礫に隠れていたスクリにシビルを渡して、すぐに勇者の元へと戻る。
「お前か……アディメを洗脳した魔物め……」
勇者は左腕で右半身を抑えながら、恨めしそうに僕の方を見ながらそう言った。
まだ僕の事を魔物だと思っているのか。
僕は正真正銘人間種だ。魔人ではあるが。
「僕は人です」
「どこがだ! その角! 尻尾! 悪魔のような羽! どこをどうみても魔物だろう!!」
……何を言っているんだ?
僕はもしや自分がおかしいのかと、頭を触ってみたり、尻の方を見たり、背中を叩いてみたりしたが、そこに勇者の挙げたような、悪魔のような部位はなかった。
角はないし、尻尾もない、羽もついている訳がない。
あるいは5徹ぐらいして翼が授けられる事で有名な飲料を飲めば、そう見えるのかもしれないが。
「何を言ってるんだ……?」
「とぼけるな! 俺の目はごまかせないぞ……その忌々しい顔、見るだけで吐き気がする」
どんだけ僕は嫌われてるのだろう……。
そういった幻覚が見えるほど僕のことが嫌いなのか?
「アディメを洗脳した罪だ……殺してやる」
勇者がそう言って、僕の方ににじり寄ってきた。
剣こそ手から離れているが、その剣幕は凄まじい迫力だ。
「アディメさんを自由にすれば、僕はもうこの件には関わりません」
「アディメを自由にして何になる……彼女の親はもういないし、彼女の食い扶持はどうするんだ……!」
「人間は適応していくものです。あなたは過保護過ぎるのでは?」
僕は説得しようとそのように勇者に話しかけてみるが、未だに彼は僕の方にジリジリと歩いてきている。
「過保護がなんだ! 何もしないよりかはマシだろう!?」
「それはそうかもしれませんけど! だからといって人間をあんな劣悪な環境に引き入れるんですか!?」
「どこが劣悪だ!」
……目が腐ってるのか?
それとも、アディメさんの周りのことを一寸たりとも知らないのか。
どちらにせよ、碌なことではない。
「あの部屋の惨状を見て、あれを劣悪と感じない馬鹿がどこにいるんだ!!」
もはや敬語を使う必要すら感じなくなってきた。
これ以上、勇者を宣わらせても埒が明かない。
というか、僕が何を言ってもそれは勇者にとっての詭弁になるだけだろう。
僕は杖を構えて、岩の弾丸を飛ばす準備をした。
高速回転させて、精度と貫通力を上げる。
射出速度を出来る限り速く、弾丸が対象に命中した瞬間に爆裂させるように設定する。
「アディメさんを自由にさせてくれ」
僕はもう一度勇者に要求するが、彼の意見は相変わらずだった。
「駄目だ」
僕は岩の弾丸を勇者に放ちこんだ。
音の壁を突破した弾丸が、とてつもない爆音を立てながら勇者に命中した。
岩の弾丸が破裂を起こして、小さな白い煙をあげる。
「……まだ完全に発動しきれないか……」
そう言って勇者は胸の辺りをパタパタと叩いた。
やはり勇者は生きている。
まあ前回戦った時も全く魔法が効かなかったので、大方そうなるとは予想できていたが。
しかし、命中した部位はえぐれていし、出血もしている。
貫通とまではいかずとも、怪我を負わせられたのだ。
「アディメさんはどこだ」
「魔物如きに教えるか」
だから魔物じゃないって。
僕はそう言おうと思ったが、どうせそんなことを言っても彼は僕の話を信じてくれないので、諦めた。
「次は殺す勢いで行くからな」
僕はそう宣言して、勇者に杖をもう一度向けた。
さきほどの一撃も殺す勢いで放ったものだったが、今回のはもっと威力の高い攻撃だ。
「やれるもんならやってみろ」
勇者がそう言って、僕の目の前で両手を開いた。
どこまで舐め腐れば気が済むのだこいつは。
僕は杖に魔力を送り込み、次に放つ魔法の想像と創造をする。
今までやったことがなかった試みだが、この際だ、やってみることにしよう。
僕はそう思って詠唱を開始する。
「風の精霊よ、我の先に敵あり。して彼奴を空の彼方へと吹き飛ばさん力を求む──」
僕は風属性の魔法を詠唱するのと同時並行で、基礎魔法の発動もしてみる。
基礎魔法を発動する上で、集中力はかなり大事なものとなる。
集中力が途切れてしまえば、その時点でその基礎魔法は発動できなくなるのだ。
それがたとえどんなに完成された魔法だとしても、術者が魔法を手元から手放していない状態では、集中力が切れた瞬間に、その魔法の発動は振り出しに戻る。
そんな中で、詠唱魔法の詠唱を一言一句間違えないようにしなければならない。
基礎魔法の発動が途切れないよう集中しながら、詠唱魔法の詠唱をする。
魔法学校の先生でも出来る人は限られてくるだろう。
しかし、これができれば魔法の自在性が格段に上がってくる。
僕は砂をイメージした。そこらへんの、例えば公園の砂場とかにある、普通の砂だ。
ただ砂を生成するだけなら集中力もさほど必要ではない。
ただ砂を想像して、それをそこらの空間に放りやっていればいいのだから。
あとはただ、詠唱魔法の詠唱文を間違わずに気をつけて発声すればいいだけだ。
それだけで済む。
勇者も僕の魔法が効くわけ無いだろうと、油断しているようだし、ここで僕がミスをしなければいいだけのことなのだ。
詠唱の最後の部分に入った。
「──辺りを吹き飛ばしてみせよう。『暴風』」
僕と勇者の周囲に風が吹き始める。
強風注意報が発令されそうな勢いの強風だ。
それと同時に、僕が先程から基礎魔法でばら撒いていた砂が舞い上がり始める。
僕が今やっているのはただの目潰しだ。
砂を大量に生成して、風を吹かせることによって砂嵐を作る。
そこに攻撃の要素はないし、これ以上僕が魔法で何かをするわけでもない。
ダメージを与えるとするなら、そこらの瓦礫が吹き荒れる風によって飛んできて体に直撃するものがあるが、相手は勇者だ。瓦礫が飛んできた程度で効果はないだろう。
それに、これじゃあ僕も目の前は見えないし、勇者がどこにいるかなんて見当もつかない。
だが、これでいいのだ。
さっき僕は、『次は殺す勢いで行くからな』と格好をつけて言ったが、何も僕自身が勇者を殺すとは言っていない。
別に勇者を殺すのは、僕じゃなくてもいいのだ。
「今だ!!」
そう叫んだ瞬間、砂嵐の中で金属がぶつかり合う音がした。
剣と剣が擦れあうような音だ。
「勇者相手は初めてだよッ!」
砂嵐の中で、嬉しそうにそう叫ぶハッセルの声が聞こえた。




