【第百九十二話】憎悪の魔王は御伽話に夢を見る
【視点:シビル=メルクディア】
「終わったか?」
我は配下であるヘリサスに向かってそう言う。
「はい!」
元気よくそう返事するヘリサスは、まるで自分の主に対して服従している犬のようだ。
いや、自分の主に対して服従しているというのは間違っていない。
こいつは正真正銘、我の部下であり、配下だ。
それにしても……。
「本当にこれであっているのか?」
我はそう言って、目の前に積み上げられたものを見上げた。
品質は悪くない。上質なものは揃っているし、もし例の話が本当ならば、十分過ぎるものだろう。
しかし、例の話が本当なのかがわからない。
「はい! 私の知人から手紙で送られてきた、あの手帳の翻訳ではそう書かれていますから!」
「それならいいが……」
実際に我も翻訳された手帳は見てみたが、翻訳者の誤訳の可能性だってある。
これだけで本当に体の失った部位を再生させることが出来るのか……?
まあ、失敗したとしても、それだけなら別に問題はないが……。
弊害があったら不味い。我の計画を実行できなくなる可能性があるのは非常に不味い。
「なぁ……本当に」
「大丈夫です!」
それなら別に良いが……。
本当に、本当に大丈夫だろうか?
まあ我が何かを言っても、今のようにヘリサスはひたすら「大丈夫です」を繰り返すだろうが……。
それにしても、エシル・グレーズが向かった方向で起こった大爆発はどうなったのだろうか。
遠目から見ただけでも、爆発が起きた箇所はとてつもない濃さの魔力が広がっていた。
つまり、敵か味方かどちらかの魔術師があの爆発を起こしたのだろう。
あの爆発の大きさは普通の人間が起こせるようなものではない。
少なくとも、魔人か、それと同等の魔力を持った人間でなければ、そう易々とあの爆発は起こせないだろう。
「向かうか……」
「どちらへ?」
「先程の爆発が起こった場所だ。あそこは確かホーラの魔術団の司令本部があった場所だな?」
「そうです」
となると、そこにエシルの探していた人物がいることになる。
まさかその人間が……?
いや、まさか。
しかし、向かわないことにはわからないものだから、行くしか無いだろう。
「じゃあ向かうぞ」
「え、でも用意したこれらは……」
「我だけで行く、お前さんはそれらをそこら辺の建物に隠しておけ」
「はい!」
ヘリサスが元気よくそう返事したのを最後に、我は爆発の起こった場所へと向かった。
◇
「……嘘だと思いたいな、これは」
我は目の前に転がっているエシル・グレーズの首と胴体を見ながらそう呟いた。
つい1時間程前に喋り散らかしていた人間が死んでいるとは、誰も思うまい。
それも拷問卿・エシル・グレーズが、だ。
我はこいつのことが心底嫌いだったが、戦闘力だけは見張るものがあった。
少なくとも、我とこいつが戦えば、我がこいつを殺すのに3分はかかる。
それほどまでにこいつは強い。
そんな奴の首が目の前で転がっている。
周りを見ると、黒焦げの死体が転がっていて、ここにあったはずの司令本部も無くなっている。
あるのは残骸のみだ。
おそらく先程の爆発で全てが持っていかれたのだろう。
「だが、直接の原因ではなさそうだな」
少なくとも、エシルの胴体の方はそれほど焦げていない。
せいぜい右肩が焼けただれている程度で、それ以外で火傷は少ない。あるのは無数の刺し傷と頭部の出血、頬に何かが貫通した跡程度だ。
空間を漂っている魔力を見るに、相当の魔力量がここでは使われたらしい。
まあ、司令本部での攻防戦もあったろうから、エシルを殺した人物がどれほどの魔力容量を持っていたかは分からないが。
「──君は帝国人か?」
我の真後ろで、誰かがそのように話しかけてきた。若い男の声だ。多分20にも満たない年齢だろう。
私はゆっくりと振り返り、その姿を見る。
「我は……そうだな、帝国人ということにしておこう」
「なら悪いことは言わない。投降しろ、君はまだ小さい」
男は我の血まみれの服装を見てそう言ってきた。
男の首元には勇者教団の勇者であることを指し示している名札がぶら下がっている。
なるほど、こいつにエシルは殺されたわけだ。
それなら納得もいく。
「我はこれでも31歳になる」
「投降するだけでいい」
「無理だ」
我がそう言うと、勇者は「はぁ」と溜息をついた。
その瞬間、奴の周りを漂っている魔力の様子が変わった。
先程まで雲の流れのように穏やかだった空間の魔力の流れが、嵐のように激しくなり乱れ始めたのだ。
これが勇者の力か。
「もう一度警告する。投降しろ」
「嫌だと言ったら……どうする?」
「殺す」
魔力の反応が徐々に激しくなって、周りに伝達していっている。
ああ、肌に触れている魔力がピリピリする。
こんな奴は初めてだ。これは本気でかからねばなるまい。
骨があるやつという程度を超えている。
我と同格……いや、若しくはそれ以上か?
楽しみだ。たまらなく楽しみだ。久しぶりに本格的な殺し合いが体感できる。
「我は憎悪の魔王 シビル=メルクディア!」
我は年甲斐もなく興奮をして、男にそう名乗った。
自分の名前をこんなにも高らかに戦闘の場で名乗るのは、いつぶりだろうか。
「俺は勇者、伏木 勇介だ」
伏木、なるほど伏木か。
名札に名前が書かれているが、その名前の下には、あの不思議な手帳に書かれていた文字と似たような文字が書かれている。
興味深い。実に興味深い。
試しに伏木の周りの魔力を操作してみようとするが、どうしても奴の周りの魔力が操作できない。
いや、操作はできるのだが、いかんせん乱れが大きすぎて、魔力を自在に動かすことが出来ないのだ。
まるで我のこの目の能力に対抗するために作られているように感じる。
ああ、これほどまでにこの世に生まれ落ちたことを嬉しく思ったことはない。
殺し合いだ。まともな殺し合いが出来る。
「我の見た目は気にしないのか?」
不思議と笑みがこぼれてしまう。
我がそう言うと、伏木は腰にかけていた鞘から刀身を見せた。
その真っ白に輝く刀身は、勇者教団の制服であろう白い衣姿とマッチしている。
「31歳なんだろ? それにお前から漂う雰囲気が普通じゃない。
魔王というのも嘘じゃなさそうだしな」
「……ふはは。やはり魔王の相手は勇者じゃなければ務まらない」
「……そうだな」
我は10個の巨大な火球を創り出して、それらを我を中心にして円状に配置する。
伏木は我のその攻撃の準備を見て、白き刀身の剣を構えた。
魔王対勇者。甘美な響きだ。




