【第百九十話】エシル・グレーズ
「エシルゥゥ!!」
私でも意外に感じるほど激情した声だ。
でも、目の前に憎き敵がいて、誰が激情しないことがあろうか。
「!? どうしたフーリア!」
ミロルドが驚いて私の方を見てきた。
奴は私の右腕と左目を壊して、私の戦友までもを奪った。
死んでいい人間がいるとすれば、あいつだ。
「アタシはここよー! フーリアちゃーん!!」
遠くで私に手を振って、嬉々とした大きな声で私の名前をエシルは叫んだ。
私の名前を気安く呼ぶな。
私は自分の体を風で前方に吹き飛ばした。
ただでさえ割れかけていたガラスが完全に割れ、大きな音を響かせて欠片が外へと飛び散る。
「あーそびましょ!」
狂気的にエシルはそう叫んで、鎌とレイピアを構えたのが見えた。
私は空中で滑空している間、杖に魔力を送り込み、炎をイメージする。
最大火力の、とても大きい炎を。
周りに味方がいるのは承知しているけれど、こいつだけは絶対に殺さなければ。
そうしなければ、私のような人が出てくる。
それだけは阻止しなければ。
大きな犠牲のためには少ない犠牲を……。
いや、ただ単純に死んでほしい。
「あああぁぁぁっ!!」
私は空中で叫ぶ。
叫べばそれ相応の集中力が途切れて、魔法の発動が難しくなるというのに、私は脳で考えずに本能的に叫んだ。
何が何でも目の前にいるこいつだけは焼き払う。
その一心で私はエシルに杖の照準を合わせる。
「いいわぁ! その調子よ!」
エシルは構えをやめ、両手を大きく広げて抱擁する前の姿勢を取った。
どこまでふざければ気が済むのか。
私はエシルの胸に向かって、魔法を放つ。
直後、私の体は前方からの熱風によって、遥か後方へと吹き飛ばされた。
空中にいる以上、踏ん張ることは出来ない。されるがまま、火傷しそうな感覚のまま、目の前の大爆発を見ながら私は後ろへと吹き飛んだ。
「っぶねぇ!」
どうやら私が外に飛び出した瞬間、ミロルドも一緒に外に出ていたようで、私が地面に接地するその瞬間、彼はギリギリのところで私の体を受け止めた。
彼がいなければ、私は全身を強打して動けなくなっていただろう。
感謝しなければ……。
「あ、ありがとうございます……」
「ありがとうじゃねえ、ごめんなさいだろまずは」
ミロルドはそう矢継ぎ早に言って、私から視線を上にあげた。
爆風により、辺りの建物は倒壊して、地面の舗装された石道はどこかへと飛んでいき、土が露出している。
近くには、敵か味方かすら判別できない黒焦げの肉体が転がっていて、ヒュー、ヒューと苦しそうな呼吸をしていた。
「……ごめんなさい」
「話は後で聞くから、今は自分の体を労れ」
彼がそう言った時、彼は顔を少ししかめた。
彼は足に大きな怪我を負っていた。
彼の足には、私の起こした爆発により飛んできた木の破片が、深々と刺さっていた。
「すみません、私が勝手なことをしてしまったばっかりに……」
「だから、話は後で聞くって言ってるだろう」
ミロルドは平気そうな顔でそう言うが、その額には汗が浮かんでおり、やせ我慢だということがわかった。
私は申し訳ない気持ちになりながら、徐々に爆発の煙が晴れ始めてきているのを注視する。
今のでエシルは死んだのだろうか。
嫌な予感しかしない。
流石にこれで怪我を負っていないとは言い切れないが、死んだとはどうしても言えないのだ。
別に彼女が生きている姿を見たとか、そういうのではない。
ただ、自然とそう思えてならない。
その私の予感はどうやら的中していたようだ。
「熱い! お熱いわぁ! フーリアちゃん!」
私達の背後から気持ちの悪い猫撫で声が聞こえた。
爆発のあった方ではない、爆心地からそれなりに離れているここに、奴がいる。
彼女はやはり生きていた。
「素直に死んでくれれば良かったんですよ」
「あら! 言うようになったわねぇ! アタシ嬉しいわ」
「私はちっとも嬉しくないですがね」
そう言って、私はミロルドの体から離れて立ち上がる。
全身にずきずきとした痛みがあるが、それは単純に爆風の衝撃によるものだ。すぐに治まるだろう。
「フーリア……おまっ」
「いいんです」
エシルは生きてはいるものの、流石に何の被害も受けなかったわけではないらしい。
妙に露出のあった服は焦げ、装飾のあった部位が消し飛んでいて、もはやただの変なインナーとなっている。
「何故生きてるんです? 殺すつもりでいったんですけど」
「味方の魔術師ちゃん達が、アタシの周りに水の囲いを創り出しちゃったのよ。
その結果、魔術師ちゃん達は皆黒焦げになっちゃったし、その水の囲いも一瞬で蒸発してアタシの肩がこんなになっちゃった」
まるで魔術師達が自分を守ったのを残念がるように、エシルは言った。
彼女の右肩の皮膚は焼けただれていて、体のところどころにガラスのようなものが突き刺さっている。
「武器が全部飛んじゃったから、そこらへんに落ちてたナイフ一本だけしかないわ」
エシルがそう言って、私に一本のナイフを見せてきた。
彼女の言う通り、調理用に使うような普通の作りのナイフだ。
「奇遇ですね、私も杖がどこかに飛んで、今は支給された短剣一本だけです」
私はそう強がって言ってみるものの、実力差は明らかだ。
エシルの武器はただの料理用ナイフで、私の短剣は人を殺す用途のサブウェポン的な武器だけれど、多分私は勝てない。
彼女は剣士の役割で、私は魔術師である。剣の扱いは彼女のほうが長けているだろう。
それに、私は右腕がないし、左目もない。
利き手ではない左手で短剣を扱うのは難しいし、右目だけでは遠近感も掴みにくい。
その時点で、ナイフと短剣のアドバンテージは打ち消され、それどころか、私の不利へと状況は変わっているのだ。
「お手柔らかに、ね?」
エシルは少し首をかしげて、ウインクをしながら私にそう言った。
「こっちのセリフです」
何故か私の頬には笑みが浮かんできて、そう私は宣う。
勝率数パーセントの、勝てるかどうかすら怪しい戦いが始まった。




