【第百八十九話】籠城戦
【視点:フーリア・ミーリア】
まさか、王都が戦場になるとは思いもしなかった。
そりゃそうだ。まさか大陸の中でも上位に位置する大国の首都に侵攻されるなんて普通はありえない。
それこそ魔王の誰かが魔族やらを連れて侵攻でもしてこない限りは、この国の首都はある程度安全だった。
そんな常識が崩れた今、私のように高を括っていた人々の大多数は帝国の剣と魔法で殺されたり、捕まっている。
まるでどこか蚊帳の外のように感じ始めていた戦場に邂逅する羽目になるなんて、一ヶ月以上前の私は思いもしなかったのだ。
その結果、私は王国魔術団司令本部なる場所で籠城戦を強いられている。
「食料は、あとどれくらいだ」
司令本部内に設けられている椅子に座っている私の横に、戦友というか、同時期にここに配属された同僚が座った。
「さぁ……あと4日か5日分程度かと」
残り食料も少ない。
倉庫に積み上げられた食料は、見た目上での数は多いが、いかんせんそれらを消費する人間のほうが食料よりも上回っているため、おそらくはそれぐらいしか持たないだろう。
非常食も無いことはないが、それでも3日分程度、せいぜい一週間が限界といったところだ。
「そうか……まずいな」
同僚……ミロルドはタバコを二本取り出して、一本を私に手渡してきた。
真っ白な紙タバコだ。
今の時期には珍しい上質なタバコだということがわかる。
「私は煙が苦手なので遠慮しときます。それに体も小さいですから影響が……」
「そうか? 今体の心配をしても、いつ死ぬかわからんのに……」
ミロルドはそういいながら私に手渡そうとしたタバコを懐にしまいこみ、火属性の基礎魔法でタバコに火をつけた。
フゥーと吐く煙が臭い。
「あ、すまん。煙が苦手なんだったな」
「いえ、大丈夫です」
まあ体が拒否反応を示すほど嫌な訳では無い。せいぜいちょっと臭いが気になる程度だ。
今更そんなの気にしてもしょうがない。
「ここでの生活に飽きてきたというのに、上層部はまだ俺たちをここに閉じ込めるのか」
「じゃなきゃあの人達は保身に走れませんからね」
「保身なんざ、崩壊寸前のこの国でやることじゃねえよ」
全く持ってそうだ、そう思ってしまっている私がいた。
もはやこの国に未来はない。ホーラ王国のままでは退行はあるけれど、発展はないように思えるのだ。
「過去の功績さえあれば退役兵やら傷痍兵ですらも戦場に戻ってこさせる馬鹿どもに、一泡吹かせてやりたいもんだ」
彼は私の右腕のあった場所と左目のあった場所とを交互に見た。
その目は同情的だ。
「降伏宣言はいつなされるんですかね」
私はその同情的な目を無視して、ミロルドにそう話しかけた。
同情されるのが今は一番嫌なのだ。しかし、だからといって人の親切心を反故にするわけにもいかず、対応に困っている。
「さぁ、明日か、3日後か、はたまたホーラが消し飛ぶその時までか……わからんな」
「その時まで生きていられるといいですね」
「全くだ」
私はもはや死ぬことを前提とした物言いになっていることを自覚しつつ、この状況で逆にどうやって生き残れるんだと考えてしまう。
生きてダイアーさんたちのところへ戻らなければ、彼らは悲しんでしまうのだろう。
私は約束を守る主義なので、彼らの思いを無下にする訳にはいかないし、リーバくん探しもまだ終わっていない。
まだ死にきれない。
「ホーラ第7騎士団と第8魔術団が寝返ったってよ」
「知ってます、その日から敵の攻撃が私達の戦術を利用してのものになりましたから」
「戦略情報を漏らした馬鹿が寝返ったやつにいるのは解せないな」
ミロルドがそう言ってタバコの火を消した瞬間、遠くで怒号のようなものが聞こえた。
まただ。今日で何回目になることやら。
「攻撃だー! 杖を構えろ! 防御態勢ー!」
直後、この司令本部内に爆発音が響き渡った。
大方、敵の火属性の魔法がこの建物の壁に命中したのだろう。
この建物自体は魔法耐性が付与されている建材を使っているので、流石にちょっとやそっとの魔法では壊れない。
「……急ぐぞ」
ミロルドはそう言って、吸い終わったタバコをそこらへんに投げやって、近くの窓の陰に立った。
彼は火の魔石のついた小さな魔法杖を左手に持ち、割れて風の吹き込んできている窓から外の様子をそっと覗く。
私も彼と一緒に窓の外を覗き込んだ……15人程度だろうか。帝国の魔術師が次々に魔法を放っている。
「焼き払うか?」
「周りに味方の戦士がいます。サポートもしくは1人1人堅実に潰してください」
「了解」
ミロルドはそう短い返事をして、窓から体を乗り出して基礎魔法を放った。
彼は光の球を敵に放った。
それは人を殺すには小さすぎるほどの威力だけど、決して当たっても平気かと言われるとそうでもない。
少なくとも骨折ないし打撲ぐらいはする。
だからそれに気づいた相手の魔術師は防御膜を張らなければならないし、当然その間に隙ができる。
敵に隙ができたことに気がついた、剣を持った味方の戦士がその魔術師に斬りかかった。
人が遠くで死ぬ光景はまるで幻覚でも見てるかのように淡々としている。
戦士はこちらに向かって短く手を振ったあと、また別の生きている敵に斬りかかりに行った。
私も頑張らなければいけない。
そう思った私は私の愛用の杖を左手で力強く握り込んで、魔法を放つ準備をする。
魔力が杖に持っていかれる感覚を覚えながら、私は頭の中で炎をイメージした。
小さな火を思い浮かべて、魔力をそれの形に練り上げていく。集中している必要があるため、忽然と目を瞑ってしまう。
小さな火の玉の完成だ。
私はそれが維持できている間に、ミロルドと同じように窓から身を乗り出し、目を見開き杖を構えた。
その瞬間だった。
まだ体内魔力が枯渇しているわけでもないのに、杖の先にあった小さな火の玉が消えた。
まるで一滴のインクを広大な海に落としたときのように、火の玉が薄く広がり、ふっと消えたのだ。
理由は簡単である。
私が魔法を放とうとしたその視線の先に、原因がいた。
ニヤニヤと笑いながらこちらを見ている目。
妙に露出の多い黒い服。右手には小さな鎌を、左手にはレイピアを持っている。
髪型は前から変わって黒いウェーブのかかったものになっているが、私はそいつの名前を忘れたことはない。
エシル・グレーズ。拷問卿と呼ばれ、私の右腕と左目を欠損させた張本人だ。




