【第百八十七話】日記の後悔
6日目。
昨日から、ご飯として出されるスープが温かくなった。
これも全てピラーさんのおかげだと思う。あの人は私のことを妹のように可愛がってくれる。
私に姉ができたとしたら、あんな人がいいな。でも、私にはもう姉は出来ないのがわかっている以上、叶わない願いだけれど。
お父さんとお母さんに会いたい。
またお父さんに剣を教えてもらいたい。お母さんにオシャレを教えてもらいたい。
お母さんの、聖書を読んでいるときのあの声がまた聞きたい。
リーバくんに会いたい。
みんな、私の周りにはもういない。
7日目。
日記を書き続けて早くも一週間が経った。
まだ駄文の続いている文章だけれど、私の悩みを吐き出すにはちょうどいいかな。
人に聞かせたくない悩みを吐き出すには、日記が一番ちょうどいいかもしれない。
もっとも、これ以上なにか書くことがあるかといったら無いけれど。
もうそろそろ疲れてきた。
なんだか最近は活動する時間よりも、眠る時間のほうが長くなっている気がする。
今日だって、ピラーさんがお昼に起こしてくれた。
そのあと、私はピラーさんがいつも通りポットを回収して部屋をでていったのを見届けて、またベッドで横になった。
お昼ご飯の皿を回収しに来たピラーさんに、私がお昼ご飯に一口も手を付けていないことに気づかれて、叱られてしまった。
どんなに辛くてもご飯は食べなければいけない。このまま痩せ細っていく貴方は見たくない。そんなふうに怒ってくるピラーさんが珍しくって、唖然としながらも謝った。
このままピラーさんに迷惑はかけたくない。
今日はもう寝よう。
(しばらく同じような内容が続いたため、僕は進展があるところまで読み進める)
18日目。
ピラーさんが勇者に抗議したらしい。
あの子を保護という体の監禁をして、心が傷まないのか、人の心はどこに捨ててしまったのか云々。
別にそんなことをする必要がないのに、私がただご飯をあまり食べなくなっただけでそんなになる必要なんて無いのに。
私はピラーさんに大丈夫だよって言ったけれど、彼女はそんな私を悲しそうに見るばかりだ。
そんな目で見ないでよ。私が不幸みたいじゃん……。
いつものピラーさんでいてよ……。
24日目。
ピラーさんがいつもと違う様子で来た。
ヴェールのように綺麗だった髪がボサボサになってて、トパーズみたいに透きとおっていた目が虚ろだった。
彼女のその疲れ切った様子が怖くて、私は彼女に話しかけることができなかった。
何故彼女がそうなっていたのかがわからないほど、私は鈍感じゃないし馬鹿でもない。
誰かにやられたんだ。多分、教団協会関係者から。
私には見当もつかないから明日ピラーさんに直接話を聞いてみよう。
25日目。
やっぱり、ピラーさんはいじめられていた。
どうやら私のことで勇者に抗議したのが、勇者を好いていたシスター達の癪に触ってしまったらしい。
彼女は私に泣いて抱きついてきて、しきりに謝ってた。
辛いのは貴方の方なのに、私が、私が……。そんな風に泣いて、彼女は私の肩を抱いていた。
そんなピラーさんを、私は撫でて、慰めることしか出来なかった。
私はこんなに無力だったんだ。
リーバくんがいれば、こんなこと、すぐに解決できたのかな。
いいや、リーバくんが私を嫌ったから、私が嫌われるような態度を取ったから、こんな風になったんだ。
全部私が悪いんだ。
寝る。
33日目。
今日はピラーさんとは違う人が、私の昼食を持ってきた。
ピラーさんじゃなかったから、うまく喋りかけることが出来ずにあの人は部屋を出ていった。
あの人は一体だれだったんだろう。
ピラーさんは一体どこへいったんだろう。
胸騒ぎがする。
まさか……そんな訳はないと思うけれど……。
今日は寝よう。
35日目。
昨日はショックのあまり、日記を書くことを疎かにしてしまった。
ピラーさんがいなくなった。
勇者によって私の世話係を解任されたらしい。
新しい男の人が私の世話係として一昨日からやって来たけれど、ピラーさんのように優しくない。
無愛想だし、ポットを持っていくときはわざとらしく鼻を押さえて嫌そうに持っていく。
なんとなく私の体を見る視線もいやらしいというか、なんとなく、気持ち悪い。
勇者とは違った気持ち悪さがあった。
ピラーさんに会いたい……。なんだって私が……こんな目に……。
43日目。
今朝、魔法学校の校長先生が会いに来てくれた。
扉越しでの会話だったけれど、あの人はいつも通りの元気さを持っていて安心した。
リーバくんは、未だに見つかっていないらしい。
噂ではモルセラの街? っていう所にいたっていうのがあるらしいけれど、そこをどんなに捜索しても見つからなかったようだ。
とにかく今は頑張ってくれ、まだ踏ん張り時だ。そんなことを監視の人が目の前にいるだろうに、校長先生は言った。
こういうところがこの人の強いところなんだろうな。
この人はいつも頼りになるけれど、流石に勇者教団から私を助け出すことは難しいらしい。
立場とかそういうのが色々と絡んでくるんだろうなと私は考えているけれど、実際はどうなんだろう。
とりあえず、今日は久々に少し明るい気持ちになれた。
今日はもう寝よう。
63日目。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いきもちわるい。
世話係の男の人に体をまさぐられた。
必死に抵抗して、なんとか途中で辞めさせられたけど……。
あの下卑た笑みを、あのねっとりとした手付きを思い出すだけで吐きそう。
あの言動、文字にすら記録したくない。なにが、「本当は●●●●●●●?」なの? そんなわけない。
怖い。気色悪い。
助けて、助けて、リーバくんがいれば……。
明日が怖い。
あぁ、夜が明ける、朝になる、嫌、嫌、嫌。
明日は何をされるの? 怖い、怖い。
寝たくない……。
70日目。
世話係が解任された。
これで、あの気持ち悪い人から開放されたんだと思うと、安心した。
勇者が私の相談に乗ってくれたからあの世話係は解任されたので、勇者でもこんな時は役に立つらしい。
これでもうあの人から体をまさぐられることも、キスされそうになることも、裸にさせられそうになることも、なくなるんだ。
今日は安らかに眠れそう。
78日目。
もう嫌。
なんであの人が侵入できたの?
解任されたんじゃないの? なんでこの部屋の鍵を持っていたの?
机の上に置いていた聖書が落ちて、あの人の頭に当たるのがあとちょっと遅かったら、私は穢れていた。
多分、死んでる。
裸の無様な姿で血を流しながら死んでる。
まだ怖くて大声が出せない。
まだ生きてたらどうしよう……。
寒い……。
リーバくんはどこにいったの……?
会いたい、会いたいよ……。
79日目。
あの解任された男の人はやはり死んでいた。
私は何も悪くないのに事情聴取を受けて、もう心も体もクタクタになってる。
君は世話係とどれだけ問題を起こすんだ。って勇者に笑われながら言われたけど、私のせいじゃない。
ピラーさんは悪くないし、あの男の人は勝手にあっちから突っかかってきた。
なんでいつも私が悪いみたいな扱いを受けるの? おかしいよ。
メックスちゃんが、私の血は真っ黒だって、言ってきた。
私の血は赤いよ。
確認したもん。今。
爪が痛い。眠れるかな。
88にち。
ゆびがいたくて、うまくペンがにぎれない。
つめがはがれちゃったから、もじもかきにくい。
きょうはひとまずやめる。
かべがあかい。わたしのちはあかい。
95日目
リーバくん会いたい。
私はもう悪いことはしてないよ?
ならもうそろそろリーバくんが来てもおかしくないよね?
悪いことをした人の血は真っ黒だけど、私の血は赤いもん!
なのにメックスちゃんは私の血が黒いなんて言ってくるし……どうしようかな。
勇者も酷いよ。あの人、私をベッドに縛り付けてくるし……これ以上君を傷つけないためって、そんなの嘘に決まってる。
ああ、会いたいなぁ。
リーバくん。
(僕はそこで日記を一時的に閉じた)
これ以上ページをめくるのが怖くなってきた。
ページが進むに連れて文字数が増えてきていたが、その分解読不能な文字が出てくる。
決して僕が字を読むのが苦手だからという理由ではなく、単純に何の意味もない記号、文字の上に文字が複数重なり、文字が潰れてしまって解読が不能になっているのだ。
この日記を書いたのはアディメさんなのだろうけれど、本当にアディメさんが書いたのかと疑いたくなるほどだ。
一応、この日記を見る限り、彼女は僕の事を嫌ってはいない……と思う。
しかし僕に対して良い感情を抱いているかというとそれも違う気がする。
単なる好意ではない。
これはどちらかというと、狂気的なまでの羨望というか、そんなものだ。
「大丈夫でしょうか……?」
僕の後ろで、僕がずっと日記を読んでいるのを見守っていた魔術師がそのように訊いてきた。
心配してくれるとは、中々に優しいものだ。
「大丈夫です」
僕はそうは言うものの、少し精神が参ってきているのには間違いがなかった。
「まだ読み終えてないので、あと少しだけ……」
僕はそう言って閉じたページを開くために、日記の背表紙から、僕が読み進めていたページのところまで紙をパラパラとめくろうと考え、指を日記の腹にかける。
すると、日記の背表紙から最後のページを開こうとしたとき、2枚の紙が離れるのに少し抵抗を感じた。
まるでそこのページだけ糊付けされているかのようだ。
僕は少し日記をめくる力を強くして、最後のページを開いた。
その時、僕は背表紙からページの紙をめくるんじゃなかったと、後悔する。
ああ、魔術師の人達が言っていた、僕個人が堪えるものとは、これのことだったのか。
それは最後のページに塗りたくられていた。
書かれている、と表現するべきなんだろうが、これは塗りたくられていると表現した方が、いささか正しい気がする。
『リーバくん 好きだよ』
赤で塗りたくられているその文字は、妙に滲んでいた。




