【第百八十話】死体と学校と友人と
王都の門をくぐると、そこには外にあるものよりも遥かに多い数の死体が転がっていた。
胴が2つに分れているものや、我が子らしきものを抱えているもの、焼け焦げたもの、乱暴されたもの。
言葉に形容したくないものもあった。
吐きそうだ。
「おぇぇぇ」
実際、僕の隣ではスクリが嘔吐している。
僕達は門をくぐってすぐに馬車を降りて徒歩で移動する。
持ち物は戦闘に使うもの以外は最低限に、現地調達で賄う予定だ。
「教会に着くまでに接敵する可能性がある。民間人相手も気をつけろ」
「民間人? 民間人は関係ないんじゃ……」
「家族を嬲り殺したヤツの仲間が目の前にいたら、どうする?」
「……」
ハッセルの言う通り、相手がいくら一般人であろうとも気を抜かないでおこう。
今の僕はあくまでルミリク帝国の兵士なのだから。
……建前ではホーラ兵になっているが。
僕は約11名の仲間を連れて、勇者教団の教会へと向かう。
たしか教会は市場の近くにあったはずだ。
ここからだと、走ってざっと20分ほどはかかる。道中には魔法学校もあったはずだ。
「急ぎましょう」
僕はできるだけ人に、強いては敵に出会わないことを祈って、移動を開始した。
移動している道中、僕の鼻につくのは、辺りに漂っている肉の焦臭さと、赤い液体から発せられる鉄の鉄臭さだ。
液体の近くには死体も転がっているが……あまり見ないようにしている。
これ以上は僕の胃がもたない。
こんなに地は混沌にまみれているのに、空は残酷なほどに青く、澄んでいる。
まるで今日が何の変哲もない一日だとでも言わんばかりに、太陽は僕らを等しく照らして、影を作り続けている。
「あとどれくらい走るんですか!?」
まだ走ってから5分も経っていないのに、スクリがそんなふうに訊いてきた。
体力なさすぎでしょ……。
「あと15〜6分くらいだよ」
「えぇー!」
落胆したようにスクリはそう声を漏らす。
本当に先程まで死体を見て嘔吐していた人間なのか? これが。
「まあそんな厳しい顔をするな、誰だって疲れはある」
ハッセルがスクリに味方をするようなことを言っているが、流石にちょっと速いくらいの小走り5分程度で疲れるのは体力が無いと思う。
そりゃスクリが運動をしないような人間なら、たしかに疲れるのだろうが、こいつは冒険者だ。
日頃から森で動き回ってた奴がなんで疲れるんだ?
「リーバルトさん」
仲間である騎士の1人が僕に耳打ちをしてきた。
何か報告でもあるのだろうか。
「その人、休憩中、リーバルトさんがいない間に食料をどか食いしてました」
まるで呆れたようなその声に、僕は驚きと、恥ずかしさを覚えた。
僕がいない間に何やってんだ!?
え? じゃあさっきは死体を見て吐いてたんじゃなくて、ただ単に食べすぎて吐いてただけ……?
「……本当?」
「本当です」
人の心とか無いんか?
今の僕だって、死体を見ながら必死に吐き気を抑えているというのに、彼女は食べ過ぎで吐きかけているって……。
無理やり明るく振る舞って、吐き気を誤魔化している僕が馬鹿みたいじゃないか。
「……ペースアップしましょう」
「ちょっとリーバルトさぁん! 私が疲れてるのが見えないんですかぁ?」
スクリは冗談を、というような目で僕の方を見ているが、しかし、僕が真顔でいると、どうやら彼女も僕が本気であると感じたようだ。
彼女の額に汗がにじみ出てきている。
「え……本当に? 嘘でしょ……」
「そうとなればもっと走るぞぉ!!」
ハッセルが元気よくそう叫んで、僕達の前を先行し始めた。
おぅし! その調子だ!
スクリは悲痛そうな顔をしながらハッセルとともに走り始めた。
いい気味だ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「止まりましょう」
「ん、なぜだ?」
僕が指示を出すと、ハッセルが足を止めて、僕にそう訊いてきた。
僕達の目の前には、ホーラ魔法学校がある。
「学校……だな? 通ってたのか?」
この男、意外と察しがいいな。
リミラスがどれくらい漏らしたかにもよるが、僕がホーラの出身だからという情報で、魔法学校に通っていたと予測するのは中々に器用なことだ。
「ええ、2年ほど前に」
2年ほど前に、僕が出ていった。
今の魔法学校は奇跡的に無傷と言うか、周りの家々は全て崩壊しているというのに、ここだけはほとんどの建物が無傷である。
入口には大量の血液が血溜まりを作っているが、死体は見つからない。
片付けられたと見るのが良いだろう。
魔法を学ぶ学校だからか、魔法などに耐性があるのが功を制したのだろう。
でなければ、今頃ここは粗大ゴミの山と化していた。
「こりゃ避難所扱いだな。
ルミリク兵士も、優秀な魔術師の集まる魔法学校の攻撃は避けたいらしい」
「怒らないんですか? ここだけ破壊してないんですよ?」
スクリがハッセルに向かってそう言った。
「正直俺だって同じ判断をするからな。魔法学校の教師……特にイルモラシアは相手にはしたくない」
流石校長先生とでも言うべきか。
彼女への畏敬は他国にまで広がっているらしい。
僕は校庭で寝転がっている避難者を見る。
校舎の中まで入り切らなかったのだろう。
よく見ると、校庭には魔法学校の教師の服装である、黒いローブを羽織っている人間が歩き回っている。
避難者を守っているのだろうか。
あっ、1人こっちに気がついた。
杖を構えて、警戒しているな、あれは。
「どうする? 寄るか?」
ハッセルが僕にそう提案をしてくる。
「大丈夫です。寄ったらここが戦場になるだけですから」
遠くで僕達に杖を向けている教師が僕の顔をジロジロと見てきている。
どこかで見たことがあるような顔とでも思っているのだろうか。
覚えててくれれば嬉しいのだが。
まあ遠くにいる人間の顔を識別することは難しいだろう。
どうせわかってくれないな。
「それじゃあ、向かい──」
僕がそう呟いた瞬間、ちらっと見えた校舎の廊下に見覚えのある横顔が見えた。
少し背丈が大きくなって、男にしては長い栗色の髪をした少年……いや、青年になっている。
ハーミルくんだ。
ハーミルくんがいる。
「どうしました?」
スクリが僕の様子がおかしいことに気づき、僕の顔を覗き込んできた。
ああ、久しぶりだ。
彼の姿を見るのは……本当に……久しぶり……。
「わわ!? どうしたんですいきなり泣き出して!?」
「え? ……い、いや、なんでもないよ。うん、なんでもない。
……それより、行こうか」
できれば、もうちょっとマシな状況で彼の姿を見たかったと思いながら、僕は勇者教団の教会へと向かった。
今の僕には、まだハーミルくんと面と向かって話す度胸はない。
たった数秒で友人の姿を見て涙を流す僕には、まだ彼と話すのは早すぎる。
僕達はその後、魔法学校、市場を通り、ついに勇者教団の教会へとたどり着いた。
道中で接敵しなかったのは、幸運によるものだろうか。
それとも、もうここら一帯の戦闘は終了していることになっているのだろうか。
もし後者だとしたら、勇者が教会に帰ってきている可能性が高い。
勇者がルミリク兵相手に負けるとも思えないし……できれば、まだどこか遠くで戦っていてほしいものだ。
「これより、アディメ・へラーラ救出作戦を開始する。いいな?」
リーダーは僕であるというのに、ハッセルがそのように仲間に言った。
計11人の仲間たちは次々に頷き、それぞれ武器を構え始める。
「非戦闘員は殺すな。攻撃してくるやつだけ殺せ。
もしアディメ・へラーラに該当しそうな人物がいれば、保護して全体に伝えろ、いいな!?」
「「おう!!」」
少女救出作戦、開始だ。




