【第百七十九話】帝国王国大公国
「そろそろ着くぞ……戦場だ、何があるかわからんから、気をつけろよ」
ハッセルがそう言って、馬車から身を乗り出した。
僕達も彼と同じように馬車から身を乗り出して、外の様子を見る。
視線の向こうに王都が見えた。
──黒煙が上がっている。
「もう始まってますね……」
「昨日からだ。周りを見ろ、テントやら馬車やらの残骸がある。
大方、ホーラがここに防衛戦を張って、破れたんだろう」
僕はハッセルの言ったように周りに目をやると、確かにそこにはテントの白い布や、馬車の木の破片があちこちに転がっていた。
ついでに、赤い液体がこびりついた大地に、死体も。
「うっぷ……」
「死体は見慣れてるんじゃないのか?」
「人間の死体は別ですよ……」
「白き雷鳴のはどうした」
どうやら白き雷鳴のメンバーを殺したのが僕とシビルということを、彼は知っているらしい。
おそらくリミラスが喋ったのだろう。
できれば黙っててほしかったなぁ……。
「あの時は違います」
「都合がいい体だな?」
それは冗談で言っているのだろうか。
白き雷鳴のメンバーの死体を見た時と、今目の前に転がっている死体を見る時とで、迫る緊迫感が違うのだ。
あの時は竜と戦った直後で、少しテンションが高かったのもあるかもしれないが。
「戦場で大事な事はなんですか?」
僕は話を変えようとハッセルとそのように訊いてみる。
敵を見たら迷わず殺すこと、とでも言ってきそうだな。
「死ぬな、だ」
あら思ったよりシンプル。
でも、難度は僕の考えていたものと比べて段違いに難しいだろう。
死ぬななんて、幼稚園児でもできる命令ではあるが、それは親から守られた、平和な状況での命令での話だ。
今は戦争中であり、自分の身は自分で守るが掟。
死ねと言ったほうが簡単だろう。
……住民は避難しているのだろうか。
いや、そもそも周りの街はもう帝国のものになっているから、避難してもあまり良くはない状況ではある。
それに、王都にいる兵士なら大丈夫だと高を括っていた人も多そうだ。
でも、避難していてほしい。
というか……あれ? もしこれでアディメさんが教団から別の所へ避難させられたら、どうするんだ?
「あの……」
「なんだ?」
「もしアディメさんがどこか遠くの街に避難していたら、どうするんですか」
僕は心配になり、ハッセルにそのように訊いてみた。
彼は僕の問いにしばらく悩みこむかと思いきや、即答をしてくる。
「それはない。近くの街には全て検問を設けてるから、アディメ・へラーラに似た人物が来ればこちらに伝わってくる。
それに王都で安全なところと言えば、王国領ではない勇者教団の教会が安全だからな」
あれ、教団の教会って王国の領外なのか。
てことは勇者教団の教会は大使館のように教団側の敷地ということなのだろうか。
「それって教団側の領土ってことに鳴るんですか?」
「まあ、そうだな」
「それじゃ僕達が侵入したら大問題じゃ……」
「だからだ」
「え?」
僕は何故か笑顔で僕の方を指さしているハッセルを見上げた。
なんだろう。凄い嫌な予感がする。
「今回の作戦、帝国人である俺たちは王国人であるお前の捕虜で、強制的に教団内に入って少女を連れ出せと命令された。
ああ! なんて可哀想な俺たち……まさかこんな子供の兵士の捕虜になるなんて!」
責任全部こっちに着せるつもりか!!??
いやでも! それでも結局実行したハッセルたちにも多少の罰は……。
「国際条約でな、捕虜は保護されるべきで、強制的に労働させたり、殺したりしてはならないって決められてるんだ。
もし労働をさせた場合は、その捕虜の主であるお前に全責任が付けられる」
なんでこういう時に限って国際条約みたいなのがあるんだよ!
時代観的に出てくるのはもうちょっと先の方でしょうが!
「え……てことはこの三台の馬車って全部……」
「お前が押収したもの……ということになっている」
リミラス嵌めやがったなぁぁぁ!
「まあ要はバレなければ問題ないんだ。ガ・ン・バ・レ!」
失敗したらどうしようとか、そういうのではなく、失敗してはならない事態になっている。
こういうことになるなら、もうちょっとリミラスに条件やらを提出すればよかった……。
「頑張ってくださいね!」
スクリはそう言って、ハッセルと同じような笑顔を向けてきた。
この馬車の中で、笑顔が2人と、真顔が1人。
「せめて……せめてスクリだけは僕と同じような扱いに……」
「そうだなぁ……スクリ・インカフ、お前は何処の国の人間だ」
「あっえ? 私は……ルミリク帝国人です……よ?」
「違います! こいつラストレシア大公国の人間です!!」
「裏切りましたねリーバルトさんッ!?」
ふん、1人だけ助かろうとするのが悪いんだ。
堕ちるなら一緒に堕ちようや、スクリさんよぉ。
「うむ……使え……いや、駄目だ」
「なんで!?」
「何故ホーラ兵がラストレシア兵と一緒にいる? ってことになるだろ?
ルミリクはラストレシア大公国とは戦争してないからな」
ハッセルがそう言っているさなか、僕の横で顔芸をしてきているスクリがいる。
この青髪……僕よりも年上だと言うのに行動がいちいち幼稚すぎる……。
「それにしてもお前、ラストレシア人だったのか」
「え? ええ、まあ」
スクリがそんな風に言うと、彼は少しニヤリとした表情を浮かべて黙り込んだ。
え、なに怖い……。
「そろそろ門だぞ……」
馬の手綱を握っている兵士が僕達にそう話しかけてきた。
教団侵入作戦の時まで刻々と近づいている。




