【第百七十八話】夢後
悪夢だ。
あんな夢、二度と見たくない。
これ以上寝たくもない。
真夜中だというのに、もう眠気も何もない。
クソ、クソ、クソクソクソ。
「んん……どうしましたリーバルトさん……」
スクリが目を擦りながら隣で起き上がった。
ああ、彼女を見ると、ここが現実なんだと嫌でも気付かされる。
「なんでもないよ。ちょっと尿意を催してね」
「そうですか……遠いとこでしてきてくださいね、臭いですから」
そう言って彼女はまた横になって眠り始めた。
僕は少しぬるい風を浴びるために、馬車から少し離れる。
「なんだリーバルト、起きたのか」
見張りをしているハッセルがそのように僕に話しかけてきた。
彼はいつもどおり強面で、松明に照らされている顔は、恐怖をより一層際立たせる。
もし僕が本当に尿意があったなら、ここで漏らしていただろう。
「少し悪い夢を見まして……」
「なんだ、悩みか?」
「まあそんなとこです」
僕はそう言って、彼の目の前に座り込んだ。
少し落ち着きたい。
「言いたくないなら別にいいが、相談に乗るぞ」
この人、顔は強面だが、性格としては普通に優しいらしい。
しかし、相談に乗ってくれるというのは嬉しいが、別に相談に乗ってくれても解決できる問題ではない……気がする。
「お気遣いありがとうございます……でも大丈夫です。そこまで大きい悩みじゃありませんから」
「そうか? ならいいが……」
ハッセルはそう言って、また見回りのために歩き始めた。
王都まであと1週間、もう王国領に入って随分と経っているというのに、全然接敵しない。
本当にホーラは負けそうなのだと分かる。
父さんや母さん、フーリアさんは無事だろうか。
これで村が壊滅していたら、いよいよおかしくなってしまいそうだ。
「わびしいなぁ」
こんな調子で本当にアディメさんを救出することができるのだろうか。
彼女を助ける過程で何かトラブルが起きて……僕はそれに対処できるのだろうか。
今暗く考えても仕方ないか。
暗く考えるのは、アディメさんを助けた後だ。
救出の失敗率は上げたくない。何があろうとも成功させてみせる。
たとえ、腕の一本失おうとも、僕は彼女を助け出してみせよう。
……なんて、誰もいないとこで宣言したって、なんにもならないのに。
「綺麗だ」
僕は空を見上げ、そう呟く。
空にはまばらに星が浮いており、それぞれがキラキラと光り輝いている。
空には前世の地球と同じように月が浮かんでいた。
度々気になるのだが、僕のいるこの星は、地球ととても良く似た環境だと感じるのだ。
魔法やら魔物、獣人がいるのは考えないとして、それ以外のものが地球と実に似通っている。
太陽もあれば、月もある。生物も魔物やらなんやらを抜きにしたら、牛や豚などといった動物どころか、麦やらリンゴも地球の物とほとんど存在している。
不思議だ。
まるで地球を……いや、宇宙自体をコピーしたものに魔力やらなんやらを付け足していったかのようだ。
流石にユーラシア大陸とか、そんなところまでは模倣されてはいないものの、それにしたって似過ぎだ。
こんな奇跡があるものだろうか。
この世界の技術も少しおかしい。
ところどころ、この中世みたいな時代観にそぐわないものだってある。
牛乳の低温殺菌法だって、この目の前に掘ってある塹壕だっておかしい。
塹壕に関しては第一次世界大戦の時にできた概念じゃないか。
魔術師だって、大国には多いが、それでも戦争に使うには少々少ない。
今でも騎士が優勢なぐらいだ。
戦場でも魔術師を見かけることは少ない。
せいぜい大きな戦場に一、二団あるぐらいだ。
そんな中で塹壕が自然発生するのはちょっと納得しがたいと僕は思う。
誰かが地球から持ち込んだようにしか思えない。
……僕の他に地球から来たやつがいる……なんて。
でもありえなくはない。
一番怪しいのは勇者かな? 日本人っぽい顔つきだったし。
少し落ち着いてきた。
今こんなことを考えても無駄にしかならないだろうし……仕方がない。寝るか。
またあの夢を見るかもしれないと思うと、憂鬱になりそうだ。
これ以上、夢の世界でロントくんの姿を見るのも嫌だし、アディメさんの姿を見るのも怖くなってきた。
……今頃、アディメさんは何をしているのだろうか。
勇者教団に捕まっている彼女の姿が想像できない。
リミラスの話によれば、彼女は教団内のどこかの部屋に隔離されているらしい。
どこか、というのも、流石に教団内部の情報は得られなかったらしいので、曖昧なでしかない。
それでも教団内はそれほど広くないはずだ。
部屋を総当りで行けば、それほど見つけるのは難しくないだろう。
アディメさんが僕の事を拒絶さえしなければ、多分予定通りに彼女を助け出せる……はず。
ああ不安になってきた。
そもそも、勇者が必ずしも戦場に駆けつけるとは思えないし……あんな奴とはもう二度と戦いたくない。
話も魔法もきかない人間相手は流石に僕も無理だ。
たとえ話は聞いてくれても、絶対納得はしてくれないだろうが。
まあその時はその時か。
今はアディメさんを助ける。それだけを念頭に置こう。
僕はそう考えて、また馬車へと戻った。
僕の覚めきってしまった眠気をまた取り戻すことは難しく、結局僕は朝日が馬を照らしつけはじめるその時まで、眠ることは出来なかった。




