【第百七十七話】これは吉兆か、不吉か
【視点:リーバルト・ギリア】
「リーバくん! おはようございます!」
「ん……。あ、あぇ? なんでアディメさん?」
僕の顔を覗き込んでいるアディメさんに、僕はそう言った。
「いやだなー! 寝ぼけてるんですか?」
寝ぼけ……? ここは、学校の寮の寝室……?
てことは今までずっと寝てたのか……?
「あ、えっと……アディメさん?」
「どうしました?」
彼女は不思議そうな顔で僕の事を見る。
随分と懐かしく感じるその頬に僕は触れる。
彼女は「ヒャッ!?」と可愛い声を出した。
「その、ごめんね?」
「……? なんで謝るんですか」
そんなおかしい人を見るような目で僕を見つめないでくれ……。
「いや……あはは、なんでだろうね」
僕はそんな風に言ってごまかす。
アディメさんを拒絶したことも夢なら、別に現実で謝る必要はないか。
それにしても、変なシーンのところで起きたな。
アディメさん救出のために、王都に向かっている馬車に乗っている途中で起きるとは。
「下でロントさん達が待ってますよ!」
「あぁ、うん、わかった。先に行ってて」
「はい!」
アディメさんはそう元気よく返事をして、部屋の外に出た。
彼女の頬に触れていた僕の手が空く。
扉の外で、彼女が階段を下っている音が聞こえた。
それにしても……夢みたいだ。いや、夢だったんだけれども。
随分と長い夢を見ていた気がする。
まさかロントくんが死んで、みんなと決別する夢を見るとは。
アディメさんの様子もよく考えたらおかしかったかもしれないし、逆にあれで夢だと気づかなかった僕は、どうしようもなく馬鹿だったな。
「ふぅー。良かったぁ……」
あれが現実だったら、本当にキツかった。
ただ、ツレやスクリ、シビルとの出会いも無かったというのは、寂しいな……。
いや、そもそもあれらは僕の脳が勝手に創り出した幻想なのか。
となると、存外寂しくない……訳にはならないだろう。
……下に向かうか。
「お! 随分とうなされたね! こりゃ酷い悪夢だったわけだ!」
僕が階段を降りて、共用スペースに足を踏み入れると、ロントくんが僕の姿を見て開口一番にそう言った。
「そんなにうなされてたの!?」
「うん! 時折僕の名前を叫ぶもんだから! おかしくっておかしくって!」
そう言ってロントくんは笑いをこらえきれない様子でいる。
そんなに笑う必要ないじゃないか……。
でも……平和だ。いつも通りだ。
「リーバくん! 朝ごはんを食べましょう!」
アディメさんがそう言うと、それにロントくんが同意する。
「そうだね、丁度パンを買ってきたんだ。──とびきり不味いのをね」
なんでそんなもの買ってきたんだ……。
今月はお金にも余裕があるはずなのに。
確か大体フリル金貨……何枚だっけ? まあいい。後で確認すれば良いことだし。
「ただいまー。おっリーバルト起きてる」
ハーミルくんが玄関へと続く扉から出てきた。
多分、外の花への水やりをしてきたのだろう。
「ちょうどよかった。今から朝食だから、ハーミルくんも座って」
僕はそんな風に言って、目の前にある長めのソファに座り込んだ。
僕の隣にアディメさんが座り込んで、密着してきた。
「あの……アディメさん?」
「どうしました?」
「近いね……?」
「そうですか?」
アディメさんはそれだけ言ってパンを齧り始めた。
色々と近い……。
アディメさんは夢の世界でも、現実でもあまり変わってないな……。
「よ! ラブラブー!」
ロントくんがそんな風に言ってからかってきた。
あんたもルラーシアちゃんと付き合っているやろがい!
「僕に対する当てつけと見ていい?」
ハーミルくんが僕達のことを恨めしそうに見つめてきている。
彼は……ああ、そういやそうだったな……。
「そんな目で3人して見つめないでくれ! いいよ! 僕はどうせ好きになってくれる人も彼女もいないよ!!」
ハーミルくんは悲しそうにそう叫んで、パンにがっついた。
「ほら、フィモラーちゃんとか……同級生の子とかさ……色々といると僕は思うよ?
それにハーミルくんも一応大物貴族の子だし……」
「一応って何だよ! 僕は正真正銘父さんの第一子だよ!」
あっ駄目だこれ。何を言っても多分悪い方向に行くタイプの会話だ。
今の彼にどう言葉をかけようが、彼は変に曲解して塞ぎ込むな、これ。
それにしても……本当に平和だ。
「リーバルト、どうしたの? なんかボーっとしてるけど」
「えっ? ああいや、平和だなーって」
「僕に彼女がいないことが平和!?」
「まあまあハーミル、そういう事もあるさ」
ロントくんがそう言ってクスクスと笑う。
それにつられて僕の隣にいるアディメさんも笑い始め、僕も笑った。
「なんだみんなして!! 僕泣くよ!? 泣くよ!?」
ああ、平和だ。
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「うーん、どうしましょう……」
僕は今、アディメさんと市場に来ている。
建前としては買い物の手伝い、本音はデートらしい。
『らしい』というのも、アディメさんが突然「買い物に行きましょう!」と言ってきたのを、ロントくんが「これはデートだよ」と教えてくれたからだ。
まあ彼女の真意がわからないので、何とも言えないが。
それでも彼女の服装は見るからに力が入っていて、白いワンピースを纏っており、頭には僕のあげた青いリボンの付いた麦わら帽子をかぶっている。
「どうしたの?」
「いえ、今日の夕御飯は何にしようかなと」
これデートじゃなくて本当に買い物の可能性あるな。
まあ別にいい。
彼女が幸せに外で外出できていること自体、僕としては嬉しい。
それがたとえただの買い物だとしても、彼女が自由なのだと実感できればそれでいいのだ。
「あれ?」
「どうしました? リーバくん」
「あっいや、なんでもないよ」
……なんでアディメさんは外出できているのだろう?
だって彼女が外出できないのは、彼女がその身を追われているからであって……。
彼女が身を追われている理由は?
勇者の元から消えたから……。
僕の記憶上、この問題が解決したという記憶は、存在しない。
「ねえアディメさん」
「なんですか?」
アディメさんが振り向いた瞬間、彼女の首元にキラッと光るものが見えた。
僕がメリーワンダーの街で買った、光の魔石が埋め込まれている首飾りだ。
何故だ。何故そこにある。
だって、現実ではメリーワンダーの街に行ってないはずだ……。
いや、なんでメリーワンダーの街に行っていないことを断言できる? おかしい。
駄目だ、これ以上考えるな。
これ以上考えたら……駄目だ、ダメだ。
「……どうしました?」
「あ、アディメさんはさ、今は、勇者教団に追われてたり……する?」
僕は恐る恐る訊いてみる。
僕はなんでこんなことを訊いているんだろう。
彼女の次にくるであろう回答が来るのを恐れて、頭がはち切れそうだ。
「いやだなぁリーバくん! 私はもう追われてませんよ!」
「そう……そうだよね! あはは……」
よかった。もう追われていないのか。
じゃあ、もうあの問題は解決していることになるわけで。
なんで僕はその事を覚えていないのか。
「リーバルトさん」
アディメさんは僕の名前を略さずに呼んだ。
彼女は僕に背を向けていて、その可愛らしい顔を見ることができない。
どちらかというと、見たくないのだ。
だから、僕の脳は彼女の後ろ姿を考えた。
「なに?」
僕がそう反応すると、アディメさんは振り返った。
「早く私を助け出してください」
振り返った彼女は涙を浮かべていた。




